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パイナップルの思い出

私が生まれたのは、福島県の小さな町だ。
今は農家は少なくなったけど、私が子供のころは、農家か兼業農家の家がほとんどだった。
うちは、祖父母が農業、父親が勤め人、母は内職していた。
小さい頃は、父親の仕事がちょいちょい変わってたことをなんとなく覚えてる。

小学校に入るころには、家具や金物、農具、プロパンガスや野菜の苗まで売っているお店に勤務していた。
○○商店ていう名前だったけど、今でいうホームセンターみたいな感じかな。そこで、営業みたいな仕事をしてたんだと思う。

物心ついた時から、父親は怖くて嫌いな存在だった。
弟たちも同じように思っていたと思う。
怒鳴られたくないから、いつも顔色をうかがっていた。
祖父母と喧嘩ばかりしてる、しかも遊び人。
朝帰りは当たり前だった。

小学校二年生の時、幼稚園や学校になんか来たことない父親が、なぜか、父親参観日に来ることになった。
来るってことを知ったとき、嬉しいのか、嫌なのか、自分でもわからなかった。

国語の授業参観だった。
担任は、梅津文子先生。
昨日の夕飯は何だったか、考えないと思いだせないのに、小二の時の担任の名前はフルネームで覚えてる。
当時たぶん30歳くらいだったんじゃないかな。
過疎気味の農村地域にはいないタイプの品のあるきれいな先生だった。
結婚していたのか、独身だったのか、その辺の記憶はない。

予告通り、授業開始前に、父親は教室に来ていた。
そわそわした。そして、ものすごく緊張した。


その日の国語の授業は、とても斬新で素敵な内容だった。

先生が隠していたパイナップルを出して、まずみんなに触らせ、皮の上から匂いを嗅がせた。
パイナップルを売っているお店なんか近隣にあるはずもなく、たぶん生まれて初めて生のパイナップルを見た。
パイナップルと言えば、輪っかになってる缶詰めしか知らなかった。
(缶詰めのパイナップルやミカンは、風邪をひいて寝込んだ時に食べさせてもらえるごちそうで大好きだった。)

本物のパイナップルは、きっとものすごく高級なんだろうと思って、さらに緊張した。

クラス全員が前に集まって、パイナップルを鑑賞したあと、今度は、先生がパイナップルを半分に切った。
すごくいい香りが広がった。
みんな興奮して、わいわいしていた。
私は父親が気になって、声は出せなかった。
これを食べられるのか、食べられないのかが気になっていた。

香りをじゅうぶん堪能したあと、先生は、みんなの期待通り、パイナップルを小さく切り始めた。
食べられる可能性が高くなった。
声は出さずに歓喜した。

先生は、みんなに一切れずつパイナップルを配った。
「食べてみよう、どんな味がするかな?」
先生が言って、おそらく全員が生まれて初めて、生のパイナップル食べた。
(食べたことあるって、自慢する子は誰もいなかった記憶。)

美味しい!なんて美味しいんだ!
生のパイナップルの美味しさにびっくりした。
授業中に果物を食べるなんて、もちろん初めて。
それに今日は、年一回の父親参観日。
みんな、わいわいがやがや興奮していた。

私は父親がいることが気になって、みんなとわいわい出来ずにいた。

「パイナップルを触って、嗅いで、食べて、どんな気持ちになったかな。
どんな風に思ったかな。書いてみよう。」

そんなようなことを先生が言って、みんな席に戻った。
国語が好きで書くことも好きだっだ私は、すぐに書けた。
書き終わると、また父親が気になった。



パイナップルの皮はチクチクしてる
さわるといたいけどいいにおい
切ったらもっといいにおい
たべたらちょっとすっぱいけどすごくおいしい




こんなようなことを書いたと思う。
いよいよ発表する時間だ。
発表したい子は手を挙げるように、先生が言った。
次々手が挙がった。
いつもなら、すぐに手を挙げる私が、手を挙げれずにいた。
みんなの発表は、上の空で聞いていたと思う。
いつも手を挙げないタイプの男子も張り切って手を挙げて発表した。

私は焦った。手を挙げて発表したい。
いつもなら、とっくに手を挙げてる。
でも、父親に出来栄えをどう思われるかが怖くて、勇気が出なかった。
書いた内容をバカにされるのが怖かった。
先生も、あれ?いつも発表するのにどうしたのかな?と思ったんじゃないかな。
先生の期待に応えられない罪悪感も湧いてきた。

手を挙げるか、挙げないか、、
どうしよう、どうしよう、、どうしよう、、

葛藤してるうちに、授業は終わってしまった。
授業参観中、一言も声を出さずに終わってしまった。


暗い気持ちで家に帰ると、茶の間に父親と母親がいた。
私の帰りを待っていたかのように、父親がでっかい声で喋りだした。

「naruは、全然だめだ!○○は、たいしたもんだ。でっかい声でちゃんと言ってたぞー。naruはさっぱりだ。わざわざ行くことなかったな。」

母親は黙っていたような気がする。

ほんとは書けていたのに。
ほんとは一番早いくらいに書き終わっていたのに。
出来てなかったわけじゃない。
お父さんがいるから、怖くて手が挙げられなかっただけだ。
○○くんより私の方がいつもは勉強できるのに。

言い訳することも泣いてしまうことも出来ず、小二の私は、授業参観で手を挙げられない、出来の悪い子として、黙って下を向いてることしか出来なかった。

そして、授業参観に一回来ただけで、先生やクラスを知り尽くしたような、父親の饒舌っぷりは、どこまでも続く、、。


あれから、40年以上経ったけど、パイナップルを見ると今も時々思い出す。
父親が参観日に来たのは、後にも先にも、この一回だけだ。

(パイナップルは今も好きだし、人を傷つける天才の父親は超健在です。)


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