いつだって本音は
某月某日
久しぶりの美容院へ行く。髪を3カ月も伸ばしっぱなしにしていたのは、下手したら人生初のことだ。
人生初は、もう一個ある。それは、肩につくほどの長さのヘアスタイルを楽しんで維持していたこと。
長くしないといけない理由はなかったけど、ミニボブからボブになり、顔周りにレイヤーを入れたウルフ風ボブになり、ランダムに毛先カラーをし、小さなお団子がつくれるくらいまで伸ばした。初めてのスタイルばかりだったけど、どれも楽しかったのは、美容師のタカハシさんの腕があってこそ。
そんな髪の、およそ半分を切り落とした。reborn(生まれ変わる)というか、restart(原点に帰る)というか。そんな気分で、耳にかからないくらいまで、ばっさりいってくださいとお願いした。
清々しく、思い切り良く。シャキン、シャキン。あっと言う間に切り落とされる。耳元で聞こえるチャキッ、ジャキッ。襟足近くはバリカンでバババババ。細かな毛がパラパラ落ちる。ああ、久しぶりの感覚だ。
眼鏡をかけて、仕上がりとご対面。まるい。ツヤツヤしている。なんていい髪型だろう。足取りが軽いどころか、1cmくらい浮いているような心持ちで、お店をあとにする。
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某月某日
チームリーダーとの、週に1回のよろず相談の日。パソコンに映ったリーダーが、はっと息を呑む。
(リーダー)えっ髪切ったよね?
(私)はい、後ろ髪はもうないです!(横を向いて後ろ髪を手でパサパサなでる)
(リーダー)わあっ、本当に似合うね!栗のようだね!
リーダーの例えの力に脱帽した。ちなみに、リーダーは根っからのショートカット好きで、心の底から褒めてくれていた。
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某月某日
会社の先輩3人と、仕事終わりに呑みに行く。同じ部署ではあるけど、担当サービスはばらばら、社歴も年齢もばらばらな、楽しい集まり。
色々話しているなかで、私の仕事について話題がうつる。担当業務が複数あって大変じゃない?何か後輩に引き継いでもいいのかも?と言ってもらった。
それに対して、自分でも初めて言語化する内容がすらすら出てくる。いま取り組んでいる業務を通じて何をやりたいか。どんな思いでいるか。そういったことが口をついて出る。
話している内容を第二の自分が聞いていた。私はいまの職場が好きで、職場の人にとってちょっとでもいい環境をつくりたい、そのためにやりたいことがあるんだ、と初めて知った。
口に出して分かる気持ちがある。
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某月某日
気になっていた古着屋で買った、黄色のチェックのワンピースを着る。70年代、カナダ製。ジャージのような素材で、プルオーバー仕様。この年代らしく、大きくて長い襟が特徴だ。絶対にやりたいと思っていた、濃紺のデニム合わせで出掛ける。
待ち合わせ場所に、彼女は先に着いていた。私の姿を見つけて、笑顔で手を振ってくれた。顔いっぱいに笑う彼女に、嬉しくなる。
やっぱり、デニムなんですね!初めて会ったときの自己紹介で、ジーンズが好きって言っていましたもんね!
まったく身に覚えがない。たしかに、ボトムスの定番がジーンズだし、デニムパンツに限らず、スカートやジャケット、シャツもデニム生地が好きだったりするけども。本人がさっぱり覚えていないことを、鮮明に覚えている人がいることに、面白いなと思う。
色々な話をした。仕事のこと。家族のこと。やりたいこと。やりたくないこと。
悩みや思うところが色々とあるようだった。それでも朗らかに、飾らずに話す彼女は素敵だと思った。自分自身も、まだ見たことのないあの人も、笑顔になってくれたらそれでいい。逆にそのためならひたすらに行動する。そういう芯がある人だった。
ただ、彼女自身は自分の素敵なところにあまり気付いていないようで。あなたは素敵だよ。それって誰でもできることじゃないよ。そう伝えた。
しんどい状況でも、久しぶりに会った人にいっぱいの笑顔を向けられる彼女が、健やかに過ごせますように。近所の神社で神さまにお願いしてみる。
20240602 Written by NARUKURU