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やさしい人
大学を卒業して、東京に住んで、一回引っ越しをして、住んでいるまちに馴染んだ頃。大学のときの先輩から「会いに行っていい?」と連絡をもらった。ぜひ来てくださいと返信した。今日は待ちに待った、約束の日。
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バッグを開けては閉め、開けては閉めを繰り返す。忘れ物なし。もう一度身だしなみをチェックして、意気揚々、駅まで先輩を迎えに行く。
いつもは一人で歩く道を、しばらくぶりに会う先輩を連れて行く。このご飯屋さんおいしいですよ、とか、ここのお店の店員さん面白いんです、とか紹介しながら。自分の暮らすまちを大切な人に案内するのが、こんなに嬉しいことだとは知らなかった。
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お散歩したりご飯を食べたりしつつ、とにかく話し続けた。3年くらい会っていなかったので、仕事の話だけでも膨大な量のネタがある。これまでにやってきたこと、今やっていること、これから挑戦してみたいこと、どれをとっても普段関わることのない分野の話だった。私から先輩への質問攻めになってしまった。
話を聴きながら、先輩はどういう経緯でそういう仕事をやりたいと思ったのかな、とか、普段はどういうことを考えているのかな、とか気になることがたくさん出てきた。それと同時に、学生の頃たくさんお世話になっていた先輩だけど、好きなものとか普段何しているとかは、これっぽっちも知らなかったことに思い至る。
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なぜ知らないんだろう、と考えを巡らす。学生のときは自分のことでいっぱいいっぱいで、自分の話しかしていなかった気がする。そして先輩は、そんな私の話を何度も何度も聴いてくれた。
今回も先輩から声をかけて、私の住むまちまでわざわざ足を運んでくれた。繰り返すようだが、3年ぶりなのに。私は話し上手でも聴き上手でもないのに。隣を歩く先輩は「なんてことない」みたいな顔をしているけれど、優しいとかじゃ表しきれない、本当にすごいことだ。
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一緒にいるというのにこんなことを考えて、一人感極まって恥ずかしかった。でも嬉しい気持ちや感謝を伝えないのはもっと恥ずかしいことだと思って、本当にありがとうございますと言った。伝え方が下手で、多分一割も伝わっていない。
先輩がしてくれたように、今度は私が先輩が住むあのまちへ行こう。そして先輩が普段歩くまちなみのなかで、先輩が好きなことをちょっとずつでも知れたらいい。先輩が話してくれるときは一生懸命耳を傾けよう。そう思った。
20230514 Written by NARUKURU