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大切にすること・共有すること
まもなくクラウドファンディング公開を控えています。うずうずしてるものの、審査が終わらないと公開できないので来年度に向けてのアクションをしてみようと思います。自分の中で大切にしていることを「種」としてここに蒔いてみます。
僕が23,24歳ごろから絵という「言葉を持たないもの」を扱うようになってもうすぐ10年になる。まだまだ言葉にはできていなくて霧かかっている感覚はあるけれど。(言葉にする必要もないのかもしれない)
noteタイトルに<ワークショップの基本的な考え方>として書いてみたものの、これっていろんな分野に生かせるかもしれない。と直感的に思ったので、タイトルを変えました。前置きは長くなりましたが、普段子育て広場や大学などでワークショップを実施する際に子どもから大人だけでなく、一貫して大切にしていることがあります。
そして来年度、共感してくださる方へ、一緒にやりたい方へレクチャーできるような体制を作りたいと思っています。
ーーーー以下覚書のようなものーーーー
子はたからプロジェクトおよびワークを実施する際に前提条件として僕の感覚的な表記ではあるが
「大切なこと」を列挙しました。
◆あくまでも実演者、ファシリテーターは光をあてるものとして主役ではなく黒子である。
参加者(対象者)一人一人の感じ方や表現を優先する。
◆自分が納得する解釈を創り出すことも大切ではあるがそれを優先するのではなく、
できる限り実演者はその「安心・納得したいという私」を黙殺する或いは意識を潜めるべきだろう。
この経験の蓄積が自己や対象への「対話」 の重要性を経験することになる。
◆ワークショップまたはイベントを実施する際、
こちらのアクションに対しての反応を限定させないよう努める。(
例)無反応(にみえる)、沈黙などを良しとする。
言えないのか、言いたくないのか、こちらが気づいていないのか、見逃したのか。いずれにせよ。こちらの安心のための言動は基本的に重要視しないよう努める。
◆作品ではなく表現されたものとして捉える。解釈ではなく、鑑賞を優先する。
◆相互に異なる感じ方は違う。この「違い」や「異なり」を味わえるように工夫する。
もし表現発表を実施した際、あるいはこちらから声かけをする際、感じ方を相互に承認する形で受容できる環境づくりを意識する。
◆自己(私)の感じ方が、その表現に含まれているということを意識する(無意識に自己の世界が相手の表現内に存在するから)
◆事前の知識は必要ないと言えば大袈裟にはなるが、対象者や表現をよく観察し、非言語的および言語的な活動を通して、
自分の声と対象の声を聴くことができる。
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具体的かつどのようにするのか?という質問が予想されそうだけれども、それをなるべく体感できるような講座を実施できるように動いています。感じる・聴くという感覚値が要素としては濃いと思います。
蒔いた種が誰かに届きますように。
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