NARUKAMI Notes 002 『中国・アメリカ 謎SF』
柴田元幸・小島敬太 編訳
『中国・アメリカ 謎SF』
白水社, 2021.1
SFというとハリウッド映画的なエンタメを想像してしまいがちだが、元来は科学をバックグラウンドとした文学のようだ。
今より遥かに発展した科学の力を想定し、強大なその力を手に入れたことにより人間がどう変容するか、あるいはしないのか。興味のつきないテーマだ。
この本には訳者が厳選した中国とアメリカの7つのSF短編が収録されている。実は娯楽作品でない文学的SFはあまり読んだことがなかったので、新鮮な感じがあった。
ちなみに中国を小島敬太氏、アメリカを柴田元幸氏が担当する。
テーマは大きく分けて3つ。各テーマに米中それぞれ1つずつの作品があてられる。
自我とは何か?は「マーおばさん」(中)と「曖昧機械-試験問題」(米)。いずれも謎の機械を巡る物語で、人が作り出したはずの機械により人が影響を受け、意識を変容させていく。AIの発展が著しい昨今、私たちの社会も変容していっているので、フィクションとして流せないところはある。
未知の領域への旅は「焼肉プラネット」(中)と「新海巨大症」(米)。環境の変化に適応せざるを得なくなったときの人間の意識の変化をシミュレートしていく様が面白い。なお「焼肉」はタイトルで予想できる通りコメディである。変化への適応へのストレスというか、追い込まれると色々と地が出てくるものだ。
科学の発展と人間は「改良人間」(中)、「降下物」(米)。進歩した科学により起こる人間の変容を描く。視点はともに現代からのタイムトラベラー、つまり現在の私たちに近い視点になっており、果たして人類は幸福になれたのかがどこか皮肉混じりに描かれる。こうなれば幸福である「はず」という意識が先行してしまうと、行き先を見失うことになるのではないか。そんなことを考えてしまった。
これら6編に加えてショート作品「猫が夜中に集まる理由」が収録されている。猫の集会に宇宙的な意味付けをするという視点が面白い。
SF小説というとどうもハヤカワのバタ臭い洋モノイラストのイメージがあり、何となく手が出ていなかったが、この本を読み興味が出てきた。
とりあえずはアイザック・アシモフあたり、古典の名作から手をつけてみようか。
課題図書は増える一方である。