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不思議な儀式:パン種って何だね
今回の記事テーマを「パン種」と決めてから、このタイトルは絶対使えと心の中のダジャレ王がどっかの女将よろしく囁いたので、従うことにしました。私は悪くありません。
今回は、聖書の中に出てくる「パン種」について、またその祭事について書いてみようと思います。聖書に出てくる「パン種」って過越祭のことでしょ、なんて思いました?まあまあ、読んでみてください。
パン種と言われても、パンを作ったことがない人にはピンとこないですよね。では「酵母」というのをご存知でしょうか。酵母とは微生物(菌類)の一種なのですが、これをパン生地に練り込むことで生地がアルコール発酵し、その結果膨らんだパンが出来上がります。
この酵母のことを「種」と表現していて、アルコール発酵した生地は、焼くためと、次のパンを作る時に使う「種」として少量残しておきます。これを「パン種」と言います。種を入れないパンと言った時には、酵母の入っていない(膨らんでいない)パンということです。
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私の友人は「パン種を冷蔵庫で飼っている」と表現していました。微生物といえども生き物なので「飼っている」も間違ってはいませんねw
聖書の中のパン種
では、旧約聖書の中で「パン種」はどのように記述されているのでしょうか。
七日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない。その初めの日に家からパン種を取り除かなければならない。第一日から第七日までに、種を入れたパンを食べる人はみなイスラエルから断たれるであろう。
この「7」という数字。聖書では特別な数字として多数出てきます。7の説明は後に回すとして、今は特別な数字とだけ頭の隅に置いて読み進めてください。
続いて、新約聖書ではどのように書かれているか、マタイ・マルコの福音書から抜粋します。
天国は、パン種のようなものである。女がそれを取って3サトンの粉の中に混ぜると、全体がふくらんでくる。
パリサイ人のパン種とヘロデのパン種とを、よくよく警戒せよ
旧約聖書の出エジプト記12章には「酵母」という言葉が13回も登場し、とにかく「種を入れたパンを食べるな」「種を入れたパンを食べるやつはイスラエルの民にあらず」的な内容となります。一方、新約聖書では比喩として「パン種」を使用していることが分かります。
一般的な解釈として、パン種は「罪」の象徴とされています。その理由として、パンの発酵作用は素材をすぐに腐敗させるから。そこから、「腐敗した者」「偽善者」という比喩になり、反対に、種を入れないパンは「腐敗していない=罪のない者=聖体」を意味します。
ちなみに、先ほどの福音書に出てくるパリサイ人はユダヤ教ファリサイ派であり、ヘロデはユダヤ教サドカイ派のことを指しており、どちらもイエス・キリストと対立していたことから、同じユダヤ教と言えども思想が違うことを比喩して、このようなたとえ話を残したのだろうと伺えます。
では、天国の比喩は「腐敗した世界」なのかというとそうではなく、これは有名な「からし種とパン種」のたとえ話から。からし種は、当時知られていたすべての種のうちで最も小さなもののひとつ。その小さな種が、いったん地に蒔かれるとやがて信じられないほどの大きさに成長して葉を茂らせ、空の鳥が葉の陰に巣をつくるほどになる。パン種も同様で、粉を膨らませるのに大量のパン種は必要なく、ほんの僅かなパン種によって、3サトンの粉を膨らますことができる、という話です。
3サトンというのは、およそ40リットルにあたります。
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さてさて、これは一般的な解釈の話。私は「パン種=罪」や「小さなことからコツコツと」が言いたい訳ではありません。一般的に知られていない解釈を綴りたいと思います。
暦から理解する
出エジプト記に「七日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない」の一文がありましたが、これを実施する祭事があります。それが「過越祭(ペサハ)」です。過越祭は、イスラエルの民がエジプトの奴隷状態から解放されたことを記念するユダヤ教の祭りです。
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「種入れぬパン」は、エジプトを出る時にパンを膨らませる時間がなかったことに由来します。そのため過越祭では、出エジプトの急な出発を思い起こさせるものとして食べられています。
イスラエルの民にとって過越祭は大変重要な祭りですが、それ以外にも主要な祭りがあと2つあるのをご存知でしょうか。それは「五旬祭(シャブオット)」「仮庵祭(スコット)」です。これらも「パン種」を理解する上で大事な祭りとなりますので、詳しく紹介します。
その前に、祭事に欠かせないユダヤ暦について。ユダヤ暦は「太陰太陽暦」です。これは紀元前6世紀ごろ、バビロン捕囚の際に古代バビロニアの影響を受けたと言われています。
その古代バビロニアは、紀元前8世紀ごろに太陰太陽暦に移行。19年の太陰暦に7回の閏月を置く必要があることに気づき、暦として取り入れてきました。具体的には、19年のうち12年は29日と30日を交互に12ヶ月分繰り返し、後の7年は30日の閏月を加えて13ヶ月となるようにしました。
この計算方法が一般的に知られるのは紀元前4世紀、アテネの天文学者メトンが提唱してからです。ということは、古代バビロニア人はメトンが提唱するよりも前に、それも数百年も前に気づいていたということになります。
ユダヤ教の主要な三大巡礼祭をユダヤ暦に当てはめると下記のような時期にあたります。
ユダヤ暦 *()内は太陽暦
第1月 ニサン (3−4月)★過越祭
第2月 イッヤル (4−5月)
第3月 シヴァン (5−6月)★五旬祭
第4月 タンムズ (6−7月)
第5月 アブ (7−8月)
第6月 エルル (8−9月)
第7月 ティシュリー (9−10月)★仮庵祭
第8月 マルケスワン (10−11月)
第9月 キスレウ (11月−12月)
第10月 テベテ (12月−1月)
第11月 セバテ (1月−2月)
第12月/第13月 アダル (2月−3月)
さてこれからお話しするのは、祭りの内容とそこに紐づく錬金術の考え方です。錬金術についてよく分からないという人は、先にこちらの記事を読むことをおすすめします。
三大巡礼祭
過越祭(ペサハ)
過越祭はニサンの月15日〜21日の7日間行われます。「出エジプト記」によると、神は死の天使を遣わして十の災いをもたらし、エジプトのすべての初子を打つことになっていました。しかし、死の天使が来る前に、神はモーセに次のように命じます。「子羊を屠り、その血を戸口につけるようイスラエル人に告げなさい」。そしてその夜、天使は戸口についた血を見ると、彼らの家を「過ぎ越した」とされたことが過越祭の由来です。
この過越祭で7日間食べられるのが種を入れないパン「マッツァー」と言われる、薄いパンになります。
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五旬祭(シャブオット)
シャブオットという言葉は「週」または「7」の複数形であり、過越祭の7週間後に行われる祭事になります。つまり、過越祭より7日間×7週=49日後がシャブオットです。
シャブオットは、出エジプトから50日を数えてシナイ山に神が降臨し、トーラー(律法)を授与したことの記念です。この日は、労働が禁じられる聖会の日であり、タナハ(ヘブライ語聖書)を学習する日とされます。
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仮庵祭(スコット)
仮庵祭は、第7月(ティシュリー)の15日から7日間祝われます。出エジプトのときに荒野で天幕に住んだことに由来し、祭りでは木で覆われた仮小屋(仮庵)を作り、その中で祝宴の食事をするのが特徴です。4種類の植物「ナツメヤシの葉」「クダモノトケイソウ(シトロン)」「ミルトス」「ヤナギ」を束ねて、東西南北上下に振り「あらゆる場所に神が存在する」ことを示し、神に捧げます。そして7日間に渡り全焼の生贄を決まった数(7の倍数)分捧げます。すべてのゲストを歓迎し、もてなしの心を示すと言われていますが、象徴的な考え方では「ユダヤの祖先7名を順番に歓迎する」の意味になります(1日目からアブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、アロン、ヨセフ、ダビデの7日目まで)。
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これがユダヤ教の三大巡礼祭になります。共通しているのは出エジプトを祝うことと、やたらと「7」を重視しているということです。
三大巡礼祭は、カナン人の「豊穣の祭」「小麦の祭」「秋の収穫祭」に影響を受けた可能性が高いと言われており、元は「収穫の祭」として行われていたもの。過越祭は「大麦」、シャブオットは「小麦」、仮庵祭は「果物」の収穫期に該当します。これが歴史の出来事と結びつき、出エジプトを記念する祭りとして認識され広まっていったのでしょう。
ただのお祭りなんてない
過越祭の大麦、シャブオットの小麦、仮庵祭の果物はイスラエルの地を祝福する7つの産物にあたります。7つの産物は、神の祝福と豊かさを象徴し、特にエルサレム神殿での供え物や祭りの際に重要な役割を果たしました。
小麦、大麦、ぶどう、いちじく及びざくろのある地、油のオリブの木、および蜜のある地
あなたが食べる食物に欠けることなく、なんの乏しいこともない地である。その地の石は鉄であって、その山からは銅を掘り取ることができる。
ここからは、錬金術を交えてお話しします。
錬金術は、金属に限らず様々な物質、人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成する試みを指します。そしてその過程で、対象は三段階に変化します。
ニグレド(焼成)
アルベド(浄化、変容)
ルベド(統合)
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大麦
大麦は「貧しさ」を象徴します。小麦よりも安価であったため庶民の主食とされていたためです。また「神の恵み」「贖い」の象徴であると言われますが、それはルツという貧しい未亡人のお話が関係しています。貧しいルツが、大麦の収穫を通して、最終的にその土地の有力者であるボアズと結婚し、ダビデ王の家系の祖先となった。ざっくりまとめると、こんなシンデレラストーリーです。貧しくも信仰深かったルツが神の恵みを受け、裕福な家に嫁ぎ子を産み、その血筋は世代を超えダビデ王という立派な王様の誕生に繋がるという話から、大麦は「神の恵み」と象徴されるようになりました。
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貧しさは浄化されていない物質を表しています。レトルトの中で火にかけられる原質(プリマ・マテリア)です。ルツが大麦を拾っている姿は、動物的な本能であり肉体に留まっている魂であり、ひたすら火にかけられる物質のように、忍耐や修練の過程とも捉えることができます。
また、過越祭で食べられる「種を入れないパン」は発酵せず未熟で粗野なエネルギーを表したもの。錬金術の「ニグレド」。物質的な世界を表しています。
小麦
小麦の収穫祭はシャブオットです。シャブオットは「シナイ山でのトーラー(律法)の授与」を祝うお祭りです。象徴は、「豊かさ」「知恵」「律法」などを表します。
ここで大事なのは、シャブオットではなく、シャブオットまでの期間です。覚えていますか?
シャブオットという言葉は「週」または「7」の複数形であり、過越祭の7週間後に行われる祭事になります。過越祭より7日間×7週=49日後がシャブオットです。
過越祭からシャブオットまで、つまりはエジプト解放からトーラー授与までの49日間を表します。この期間は「オメルの期間」と言い、祝い事を控え謙虚な姿勢で過ごします。この期間に行う「瞑想」は、セフィロトの7つの属性を7週と7日で組み合わせて49の方法で毎日行います。肉体的な自由から霊的な自由への「魂の旅」を表します。
週、日ごとの属性
1週目:1日目:ケセド(慈愛)
2週目:2日目:ゲブラー(力)
3週目:3日目:ティファレト(美と調和)
4週目:4日目:ネツァハ(忍耐)
5週目:5日目:ホド(謙虚さ)
6週目:6日目:イェソド(結合)
7週目:7日目:マルクト(王国、実現)
週と日の組み合わせ
1週目×1日目:慈愛×慈愛、×2日目:慈愛×力...
2週目×1日目:調和×慈愛、×2日目:調和×力...
3週目×1日目:忍耐×慈愛、×2日目:忍耐×力...
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各週に起点となるセフィラがあり、起点から7つそれぞれのセフィラを一日ずつ巡ります。それを7日間、7週分繰り返します。
そのほか、律法や神の教えを学び、一日一日に祈りを捧げ自己の精錬に勤しみます。繰り返し学び、繰り返し自己と向き合います。そうして「叡智」を得られる準備を整えます。
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小麦は種を入れると発酵して大きく膨らみます。種を入れないパンとは対照的に成熟や完成を象徴しており、人間が霊的に成長し、律法を受け取る準備ができたと解釈することができます。
錬金術では、物質が灰から気体へと変化を遂げ、純粋で精錬されたものへと変化することを意味しています。これが「アルベド」であり、自己の浄化や変容を表しています。
仮庵
最後は仮庵祭です。「仮庵」つまり仮の住まいとは、この世の儚さを意味し、神の光(オール・エイン・ソフ)を受ける器を象徴します。儀式で使用される4種類の植物は、それぞれに意味を持ちます。
ナツメヤシの葉:
味はあるが香りがない
知識はあるが善行がない人
体の脊柱にあたる。行動力、強さを象徴クダモノトケイソウ(シトロン):
味も香りもある
知識も善行もある人
体の心にあたる。信仰心、知恵、完全性を象徴ミルトス:
味はないが香りはある
知識はないが善行がある人
体の目にあたる。美徳、視点の清らかさを象徴ヤナギ:
味も香りもない
知識も善行もない人
体の口にあたる。謙虚さ、忍耐の象徴
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この4種類の植物は錬金術の四元素を表し、儀式の中で植物を振る方位は東西南北上下の六面、つまり立方体を象徴するもの。立方体は物質世界であり、私たちの肉体を表しています。物質世界を構成する四元素と、霊的な世界からの恵みや繋がりを感じる儀式です。
これは錬金術での「ルベド」。純粋で精錬されたものをさらに火にかけることで、新たなものへと生まれ変わることを意味します。霊的なエネルギー(三角形)を物質界の器(立方体)で受けとる行為と考えられます。
ただの異国の宗教的な祭りだと思っていたものが、少し違って見えませんか。意味を知ると、見方が変わります。
なぜ7を重視するのか
創世記では7日間で世界を作り、黙示録には「世界の終わりには7つの封印を7天使が開ける時、7本のラッパが鳴り渡り、緋色の婦人が7つの丘で休むときに来るだろう」と書かれています。
なぜ、そこまでに「7」を重視するのか。7が神聖な数とされるのは何故だろうか。これを理解するには、「当たり前」のメガネを外す必要があります。何故なら、私たちは当然のように学校で学び、当たり前すぎて目の前にあってもその神秘に気付かないからです。
ここは学校もない時代、便利な機械もなく、あるのは自然の産物だけ、アスファルトの道路はなく、皮のサンダルで土の上を歩きます。家の灯りは蝋燭の火、朝になると朝日が窓から差し込みます。こんな世界にいると思って読んでください。
夜、見上げると大小様々の星々がゆっくりと円を描くように流れていきます。よく見ると、星々とは違う動きをする不思議な星が5つ。毎晩観察すると、大きく移動している星もあれば、全く動かないように見える星もある。右から左へ動いていると思えば、左から右へ逆行し始めたりと、まるで星に意思があるように面白い動きをします。私たちを見守る天の存在は太陽、月だけかと思ったら、他にも5つ存在していることに気づきます。
7つの星は幾何学模様のダンスを踊り、地上の産物にもその足跡を残していることも見つけました。
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月は、7日ごとにその表情を変化させます。最初の表情に戻るのに28日間ありました。28日間を13回繰り返すと同じ季節がやってきました。春です。
私の体も変化が起こります。14歳になると初潮がきて、生理は28日周期でやってきます。28歳で妊娠出産、可愛い赤子を授かりました。我が子は誕生から14日目で光を目で追い始めて、21日目で目をキョロキョロさせました。7ヶ月後に歯が生え始め、14ヶ月後にはしっかり座ることができるようになりました。7歳で乳歯が抜け、すくすく成長してくれました。そして、私は49歳で閉経しました。
私たちの生活は自然と7のリズムを刻みます。人間の免疫の拒否反応は7日おき、神経伝達物質や尿・血圧・心拍にも7日のリズムがあると発見されています。
古代の人は自分たちの生命に「7」を感じていたのでしょう。彼らは聖なる数として「7」崇めました。
テトラクテュスというのがありますが、一番上が至高の存在、上の3つの点が上位(霊的)世界で、下の7つの点が下位(物質)の世界。10で完全な数、全ての世界を表します。
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「7」は上位世界と下位世界の橋渡し役であったり、男性性の数3と女性性の数4を足すと7であるように両者の結合であったり、「7」は特別な数字であることが分かります。
実際にあなたが知っている算数でも「7」が真ん中であることを証明することができます。1から6までの数を掛け算してみてください。そしたら7をスキップして、今度は8から10までの数を掛け算してみて。両者は幾つになりましたか?
では次にお互いに7を入れてみます。1から7までの数を掛け算して、次に7から10までを掛け算してみてください。さてどうでしょうか。
1×2×3×4×5×6 = 8×9×10
1×2×3×4×5×6×7 = 7×8×9×10
2つの世界をつなぐ橋であることが分かる不思議な数字です。
古代の人が特別な数字と捉え、特に「宗教を表す数」や「生命の数」として扱ったことも理解できるのではないでしょうか。
ただの数字?違います。まだメガネがかかってますよ。
さらに理解するにはカバラを知る必要があります。
モーセがシナイ山で神より受け取った律法。その中に秘密の不文の律法があり、それがカバラと言われています。
フリーメーソンの研究家アルバート・パイクは以下のようにカバラを説明しています。
理念と図形の必然的結合、簡単な文字による最も実在の聖別、「言葉」と「文字」と「数」の「三位一体」、アルファベットのように単純で、「言」のように深遠にして無限な哲学、ピュタゴラスよりもっと完璧かつ明晰な公理体系、十本の指を折るだけで要約しうる神学、幼児の掌にも載せることのできる「無限」、そして十個の暗号、二十二の文字、三角形、正方形、そして円、これら一切がカバラの基本的要素なのである。
セフィロトには1−10までセフィラと呼ばれる球がありますが、1ケテル、2コクマー、3ビナーは至高世界の存在とされます。1はすべての始まりであり、分割できない唯一完全の数。2は1から生まれる対極、二元性。そして3は三位一体、三次元、神の意思の具現化です。これらの存在は名もなき者、名前を呼んではいけない者とされ、私たちが使う数字として扱いませんしカウントもしません。ですので、至高世界より下の4−10が私たちの世界、7の世界という考え方なのです。
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最後のひとりごと
パン種から三大巡礼祭まで広げてお話しいたしました。種を入れないパンとは錬金術で言うと「純粋な物質」です。民族に例えるとどうでしょうか。神に選ばれた民族は、自分たちの血を守ります。純血です。他の血を入れないということは、他の民族との子を生まないということ。パンは女性の体であり、種は男性の精子だと捉えることはおかしいでしょうか。生命の数字に守られた祭事において種を入れないパンというのは、自分たちは同じ血を持つ仲間であることを再認識する機会なのかもしれません。
気に留めなければ、気にもならない「種入れぬパン」、疑問をもてば立派な学び。ただのパン、されどパン。飯テロとなったか、学びとなったか。後者であること願います。
最後までお読みいただきありがとうございます。
それではまた次の記事で。
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