(4)地形について-竹簡孫子 計篇第一
「天」がそうであったように、「孫子」の中に出てくる言葉は、孫子の本文の中で説明があるという仮説を立てて読んでいくと、意味がわからないとされていたところでも意味を解読することができるようになっていきます。
地とは、高下・広狭・遠近・険易、死生なり。
「地」については、孫子の全文の中で様々な解説がされておりますが、特に地形篇第十の冒頭の文章が、計篇の五事の内容に合致していることが読み解けます。
【現代訳】
孫子は言う。「敵味方の間にある戦場の種類には、「通」の地形があり、「挂」の地形があり、「支」の地形があり「隘」の地形があり、「険」の地形があり、「遠」の地形がある」と。自軍にも敵軍にとっても往き来しやすい場所を「通」の地形という。「通」の地形では、敵よりも先に高地で生命を養いやすい場所を陣取って、補給路を確保した上で戦えば有利になります。
行くときは容易でありながら、引き返す時に難義する場所を「挂」の地形という。「挂」の地形では、敵に備えがなければ勝つことができますが、敵に備えがあれば攻め入っても勝つことができず、引き返す事ができないので不利になります。
自軍にとっても敵軍にとっても、行けば不利になる場所を「支」の地形という。「支」の地形では、敵軍が我が軍の利益を与えて誘ってきても、我が軍は応ずる事はなく、引き返してその地から離れて、敵軍の半数を誘い込んでから反撃すれば有利になります。
軍隊が入りきらない狭い「隘」の地形では、自軍が先に占拠して、空間を自軍で満たして敵軍を待ち受けなさい。もし敵が先にその地を占拠し、狭い空間が敵によって満たされておれば、仮に自軍に勢いがあっても攻めてはいけない。まだ敵軍で満たされていなければ、自軍に勢いがあるならば勢いに従い攻めなさい。
要害堅固の「険」の地形では、自軍が先に到着し、必ず高地で生命を養える陽のあたる場所を占拠した上で、敵を待ち受けよ。もし反対に敵軍が先に到着し占拠していれば、引き返してその地を去り、自軍に勢いがあっても従ってはいけない。
敵軍と距離のある「遠」の地形では、敵味方の勢いが同じくらいであれば、勢いを維持しながら戦いを挑むことは容易ではないため、戦いを仕掛ける方が不利になります。
おおよそこれら六つの戦場の対応方法は、地形を判断するための原理原則です。将軍にとって最優先の責務であるから、よくよく明察しなければならない。
【書き下し文】
孫子曰く、地形には、通(つう)ずる者有り、挂(ひっか)かる者有り、支(わか)るる者有り、隘(せま)き者有り、険(けわ)しき者有り、遠(とお)き者有り。
我も以て往(ゆ)く可(べ)く、彼も以て来たる可きは、通ずと曰う。通ずる形には、先ず高陽に居り、糧道を利して戦えば、則ち利あり。
以て往(ゆ)く可きも、以て返り難きは、挂かると曰う。挂(ひっか)かる形には、敵に備え無ければ出づれば而ち之れに勝つも、敵に若(も)し備え有らば、出づるも而ち勝たず、以て返り難くして不利なり。
我の出づるも而ち不利、彼れも出づるも而ち不利なるは、支(わか)ると曰う。支るる形には、敵我を利すると雖も、我は出ずること無くして、引きて之れを去り、敵をして半(なか)ば出で令(し)めて之れ撃つは利なり。
隘(せま)き形には、我先に之れに居らば、必ず之れを盈(み)たして以て敵を待て。若し敵先に之れに居り、盈つれば而ち従うこと勿れ、盈たざれば而ち之れに従え。
険しき形には、我先に之れに居れば、必ず高陽に居りて、以て敵を待て。若し敵先に之れに居れば、引きて之れを去り、従うこと勿れ。
遠き形には、勢均(ひとし)ければ以て戦いを挑み難く、戦えば而ち不利なり。
凡そ此の六者は地の道なり。将の至任にして察せざる可からざるなり。
この箇所は、「地」の高下・広狭・遠近・険易の説明をしていることがわかります。
地形には、様々な形のものがありますが、地形篇で述べられる「通」「桂」「支」「隘」「険」「遠」というより詳細な状況にまで掘り下げています。「通」「桂」「支」「隘」「険」「遠」によって、敵と味方の間に「死」と「生」の状況の違いを作り出すことができます。
高下・広狭・遠近・険易は地形の形ですが、死生は敵味方の関係です。このように整理すると「地とは、高下・広狭・遠近・険易、死生なり」は「地形とは、高い低い、広い狭い、遠い近い、険わしい易さしいといった地勢のか形ですが、つまるところそれらを利用して敵と味方の間に死生の状況を作り出すことことである」と読むことができます。