(8)権と正勢について-竹簡孫子 計篇第一
孫子では、「勢」という概念が出てきます。
「計篇第一」や「勢篇第五」をはじめに多くの篇で、「勢」について述べられており、「勢」という文字が出ていなくとも、「勢」の概念が根底にあるので「勢」の理解が、孫子の兵法理論全体の理解に繋がります。
では、「勢」とは何でしょうか。
色々な角度から述べられているのと、漢文で書かられていることから、結局何であるのか全体像を理解することは容易ではありません。
私は「勢」を陰陽相対原理で分解して考えています。
それは「勢」には、正勢と奇勢の二要素が組み合わさっているということです。
計篇第一で述べられる「勢」は、「勢とは、利に因りて権を制するものなり」です。言い換えると、自分で作り出す勢いです。
「利」とは、駆け引きで使う利益ではなく、五事七計で作り出される優位性と理解するとスムーズに理解できます。優位性に因りて、つまり優位性が元になって「権を制する」のが「勢」であります。
では「権」とはなんでしょうか?
多くの孫子の解説本では、秤という意味から「適切に処置をする」というように解釈をしています。しかしこれで勢いを生み出せるのかというと疑問が残ります。
「権」を「字源」で調べると、「権」そのものに「勢い」という意味や「力」という意味があります。
ですから私は、優位性によって、「力」を得る、主導権を得ると解釈するのが自然であると考えます。ですからここで定義した「正勢」とは、スポーツの強豪校が持つような自信から生み出される勢いだと定義します。
この後、勢篇第五などで述べられる「勢」は敵と味方の戦略さ、戦力の密度差によって作り出される勢い。「敵が隙を見せたぞ!このまま攻めろ!」とチャンスと自信によって生み出される勇敢さと言えるかもしれません。
どちらにしても優位性です。では本文を見てみましょう。
【書き下し文】
吾(わ)れ此(ここ)を以て勝負を知る。将(しょう)、吾(わ)が計を聴きて、之れを用うれば必ず勝つ、之れに留(とど)まらん。将、吾が計を聴かずして、之れを用うれば必ず敗る、之れを去らん。計、利として以て聴かるれば、乃(すなわ)ち之れが勢を為(な)して、以て其の外(そと)を佐(たす)く。勢とは、利に因(よ)りて権(けん)を制するなり。(計篇第一)
「将」は、「もし」と解釈するものあり、その場合、留まる、及び去るのは著者の孫武ということになります。私は「将」を素直に将軍と読むと良いと考えます。何故ならば、「留」の文字を、軍隊を戦場に配置するの意で使っているからです。
ですからここは、下記のように解釈します。
将軍が、私が先に述べた五事七計の計略を聞き入れて、彼我の内情を戦略に活用するならば、勝利する確率が高いので、軍隊はそのまま配備し留めておくが良い。将軍が五事七計を聞き入れず、手前勝手な分析で戦おうとするならば、敗北は必定であるので、早々に退却させなければならない。
私の計略が採用されて優位性が築けたならば、それが将兵の間で周知され、勢いを生み出す要因となり、外征時には兵士達を団結させる助けとなるでしょう。兵法における「勢い」とは、自国の優位性によって主導権を確立するところから生まれるものです。
「正勢」は、予め作っておく優位性で、派兵するときに士気を高めるものです。
勝てるという自信や、勝てそうだという雰囲気が勢いを作る。大義を掲げたり、理想を語るのではないというところがポイントだと私は思います。
「勢」については勢篇第五で、詳細の説明がありますので、残りは後述させて頂きます。