声のお仕事を法人化しました
フリーナレーターの武藤槙子です。
と、もう、名乗れなくなるのか??ともやもやしている武藤です。
この度、声のお仕事を法人化し、合同会社CRAVOを設立しました。
声のお仕事については、基本的にこれまで通りですが、私自身の働き方が大きく変わることになったので、まとめておきたいと思います。
1.会社員を卒業します
様々な事情があっての決断だったのですが、
新卒以来、2度の出産をはさみながら、時に細々と、時にがっつりと続けてきた会社勤めを、今月いっぱいで卒業させていただくことになりました。
このnoteでも度々書いていた通り、私は、
「会社員と声の仕事をパラレルで発展的に続けていくこと」を目指してやってきたので、ここで会社員を辞めるというのは、ポリシーを曲げるような気がして、勇気のいる決断でした。
ですが、いろいろな状況が重なって、どうシミュレーションしても、この選択が最良であったと、今は思いますので、迷いなく、次のステップに進みたいと思います。
勤め先の宇宙ベンチャーでは、業務委託期間を含めると約2年、ひとり広報としてフル稼働させていただき、最終出勤日に間に合って、かなり大きな資金調達のプレスリリースまで対応することができました。
衛星の打ち上げまでを社員として見届けることはできませんでしたが、引き続きポッドキャストのお手伝いはさせていただけることになっているので、応援団の1人として、ご一緒していきたいと思います。
本当にお世話になり、力強く応援して下さっているメディアや関係機関の皆様には、このタイミングで広報が会社を離れることについて、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
ご迷惑をおかけするにもかかわらず、ご挨拶をさせていただく中で、皆さんから温かい言葉をかけていただき、また違う形で恩を返していけたらと、ご縁をつないでいければと、強く思っています。
きっとどこかでお世話になることもあると思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
2.声の仕事を法人化しました
会社員を辞めるにあたって、声の仕事に軸足を移すことは必然だったのですが、その形をどのようにしようかと考えたとき、非常に現実的な理由で、法人化する選択に至りました。
合同会社という形で、2024年7月3日に登記を行い、会社名は「CRAVO(クラーヴォ)」と言います。
私のアイデンティティーが作られたと自負しているポルトガルの言葉で、「カーネーション」を表わす言葉です。
カーネーション、実は、私の住む宮城県名取市が、東北一の生産量を誇っています。
これまで声の仕事はオンラインでのやりとりが中心で、収録は自宅で、スタジオに行くとしても東京が多く、地元でお仕事している実感は持ちにくいものでした。
お仕事のスタイルはこれからもきっとそれほど変わらないのですが、どこかで地域に根差しながら、子供たちのふるさとになる「名取」に想いを寄せながら仕事をしていきたいという気持ちを込めました。
どこかの事務所と業務提携するということもなく、法人といっても従業員はおらず、登記手続きもセルフ!日々の事務作業もセルフ!確定申告もセルフ!の予定ですので、声の仕事の進め方はこれまでとあまり変わりません。
ひとつ困りごとがあるとすれば、
「フリーナレーター」の「フリー」が、「フリーランス(≒個人事業主)」の意だとすると、私はもうフリーナレーターとは言わないのか??
でもナレーター事務所を作ったわけではないから、「所属」でもないしなぁ。
などと悶々としていることぐらいですが、多分フリーナレーターと名乗り続けます。
この件も、少しずつ制作会社様にお伝えしていく中で、
「じゃあこれからは、心置きなくお仕事依頼しますね!」
と言っていただくことがあり、多少なり、会社員(副業)ブロックがあったんだなと驚きました。
ぜひ!これからは皆様、心置きなくご依頼いただければ幸いです!
これまではなかなか難しかったイベント司会のお仕事も早速お声がけいただいており、引き出しを増やしながら、頑張ってまいりたいと思います。
3.地域の子供の学びの場づくりを行います
副業ブロックなくなります!と言った傍からアレなんですが、私はどうしても、一度にひとつのことだけをやるということができないようです。
「地域に思いを寄せながら」という話に通じますが、自分が子育てをする中で、地方の教育環境には本当に課題を感じていて、東北で唯一震災以降人口増加を続けている名取ですらこうなのだから、他の地域はどういう状態なんだろうと悲嘆しています。
そんな中、自分の子供や、もしかするとその子供にまで影響が及ぶかもしれないこの課題を、悲嘆しているだけでいいのかという思いが強まり、まずできることから、との思いで、地域の子供の学びの場づくりの活動をさせていただくことになりました。
これまで、忙しさにかまけて地域に根ざした活動をしてこなかったので、地に足を付けて、一市民として、私が悲嘆するような課題が本当に存在するのかを自分の目で確かめ、あるとすればどのように解決できるのか、机上ではなく現場に立って、考えていきたいと思っています。
契約などの事情で、ちょっと抽象的な表現になってしまうのですが、今後はこちらが私の個人事業での活動になります。
というわけで、結局個人事業主と法人のパラレル生活は続きます。
あ、あとこれまでどおり、NPOの活動も……😵💫
4.広報のお手伝いをします
まったく想像していない展開だったのですが、独立にあたり、いくつかの会社様からお声がけをいただき、黒子として、広報支援のお仕事もさせていただく予定です。
会社運営(声の仕事)と学びの場づくりの二軸を確立することが目下の課題で、広報支援を手広くやっていくということは難しいのですが、企業での広報歴が長いとは言えない私にわざわざ声をかけていただけることがまず光栄なことで、「チームに加わってほしい」と思っていただけることが望外の喜びです。
思いがけず、何かを「伝える」ことが私のライフワークになるようで、広報の仕事は、会社や事業や人の魅力を、それを知らない人に伝える・届けるという意味で、声の仕事に通じるものがあります。
あまりがっつりとしたお手伝いはできないのですが、何かあればぜひお声がけください。
5.まとめ
声の仕事を始めたことをきっかけに、めまぐるしく様々な状況が変化し、自分でも思ってもみなかった所まで来てしまいました。
ただ、私の中で変わらないのは、市民として社会人として家庭人として、あらゆる立場での責任を果たしながら、家族を含む、私に関係するすべての人が物心両面で豊かに生きられるようにするためにはどうしたらいいかを考え続けているということです。
決して、声の仕事が軌道に乗ったから会社員を辞めて一本化するというような単純なことではなく、いろいろな状況が重なって、こうするほかなかった、というだけですので、このnoteを初期からずっと読んでくださっているまだ見ぬ読者の皆様におかれましては、間違っても、主婦が一念発起で始めた声の仕事で約1000日後に独立できた、みたいには思わないでいただけますよう、強くお願いいたします。
とはいえ、こうして当初想像もしなかった場所まで来て、夢にも思わなかった選択ができているのは、5年前の私が行動を起こしたことに端を発していますので、当時私の背中を押してくださった方、今日に至るまで支え、導いてくださったすべての方に感謝しています。
本当にありがとうございます。
これまでも決して平坦な道ではありませんでしたが、これからは更に苦難が待っていると思います。
引き続きご指導・ご支援のほど、何卒よろしくお願いいたします。