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ネットフリックスで「恋のツキ」を観た感想

久しぶりに感性がドンピシャなドラマに出逢ったので紹介します。
東京出張中の予定がない夜に一気見したドラマです。

今回の東京出張はモデルのお仕事だったのですが、撮影中にパソコンを使う場面があって、カメラマンさんから「楽しそうに話してる風の仕草」を求められた時に、恋のツキ1話の冒頭(濡れ場)を思わず流してしまったほど。(他のモデルさん×2もめっちゃいい表情してた)

わたしは、よく人からは明るくてコミュニケーションも得意な陽キャにみられることが多いのですが、実は自分から人を食事に誘うのが苦手です。
(というか自分から誘わない(誘えない)タイプ)

何人かを集めて飲み会を開催するのも実は苦手。

今回も東京出張はレアだし、東京に知り合いや友達もたくさんいるのに、東京着いた日にご飯食べる相手を探したりしないっていうね(笑)

自分なりにその理由を分析すると、結局のところ「独り」と「表現」が好きなんだと思います。

かといって宿泊地最寄り駅付近の美味しいお店を検索して食べに行くわけでもなく。
(次の日が撮影だったので、牛カツは我慢しました)

成城石井で購入したサラダとデザートを食べながらネットフリックスサーフィンしていたら、フィーリングの合うドラマに出逢ってしまったというわけです。

多分わたし、表現が養分なんだと思います。

トークショーで「無人島に何か一つ持って行けるとしたら?」っていう質問されて「ネットフリックス」と答えたことも、あながちガチ回答です。(笑)

寝ても覚めても、どこにいても触れていたいのだなと自分の並々ならぬ「表現愛」を再確認しました。

いつものごとく前置き(という名の自分語り)が長くなってしまいました。
今回、めちゃくちゃドンピシャでハマったドラマ。それが「恋のツキ」。

簡単なあらすじ(超ざっくり)を書くと

映画館でバイトする映画好きで彼氏持ちの30代女子が、15歳の高校生との危険な恋をきっかけに、「社会が定義する女らしく」という呪いに取り憑かれながら、自分の価値観通りに生きる道に辿り着くまでの話。

結婚や出産などの30代独身女性が一度は抱えそうな悩みや、長年付き合っている彼氏とのリアルなマンネリ描写は秀逸です。

現実逃避として、ガチャポンでレアガチャが当たるまで回して自分を落ち着かせてきましたが、あるイケメン高校生との出会いをきっかけに、犯罪スレスレの超大胆行動に出る主人公。

(カラオケボックスのシーンには度肝を抜かれた・いい感じになった高校生とキスではなく、そっちいくんかい!ってなった)

周りが押し付けてくる「ふつうのしあわせ」という洗脳。
正社員で働くなら「事務」しか選択肢がない自分への過小評価など。

自分の価値観に生きる映画監督の作品に救われるワコ(主人公)とイコ(高校生)。
偶然にも同じデザインのニューバランス。

全てのタイミングが重なり、ふたりは恋へと発展します。

ワコは、軸ぶれまくり、優柔不断、気が多い、保険かけまくりで、めっちゃイライラするんだけど、自分にも似た部分あったし、こういう女って日本にめっちゃいそうなのよね。

でもそこらへんの女と違うところは、一見、羊の皮をかぶってるけど、結構とんがったやつで、ちょっと普通の人にはできない振り切った悪あがき方をするところなのだと解釈しました。(悪あがき方がえげつなくて好き)

イコへの恋は徐々に本物の愛に変わり、その愛には少しずつブレがなくなっていき、最終的には不動の愛になりましたね。
(途中なんども危うい感じにはなったが)

イコがうざい束縛彼氏化して、一緒にいても雰囲気最悪な期間に、高スペック元カレが、体調不良で弱っていた超いい感じのタイミングでプロポーズしてきてもブレなかったところは見直しました。←誰?

プロポ断ったのが終盤だったので、色々な人の刺激を受けながら、価値観がだんだん固まってきたんだろうなぁという印象でした。

キュンキュンする濡れ場も1話に数回はあります。(お気に入りポイント)

この映画のすごいところは、2つの大きなテーマで、それぞれの学びが深いところですね。

1つ目は「自分の価値観に沿って生きること」
2つ目は「社会の倫理を逸脱してまでも手に入れたい愛」

「自分の価値観に沿って生きること」について

ブレイクスルー(本当にやりたいことができている状態)は自分でしか起こせないという事実。
他人軸で考えてるうちは絶対に起こせないんですね、これ。

「やりたいこと」をやらなくなって
「やらなくちゃいけないこと」しかできなくなった私は
きっと次は「やれること」を探すんだろうなぁ。
ドラマ「恋のツキ」より

2年前に会社員だった自分に重なりました。
私の中でやりたいことは「表現活動(歌)」であることには気づいているはずなのに、社会や親のせいにして、ずーっと遠回りしてきたなあと。

やりたいこと=芸能活動(音楽活動)
やらなくちゃいけないこと=大学出て、正社員として仕事をする
やれること=彼氏と遠距離だったから、土日休みの仕事でやれることは事務だった

大学時代。
バンドのボーカルがしたかったのに、元吹奏楽部でアルトサックスを持っていたので、モダンJAZZサークルに勧誘され、ギターの先輩と恋に落ち(歌より恋愛が優先された)結局がっつりボーカルができるサークルには入らなかった。

会社員時代。
正社員で働きながら地下アイドル活動やアーティスト活動。
もちろん行動範囲は限られてはいましたが、趣味でも表現活動に触れていることでアイデンティティーは保たれていました。

音楽を仕事にして食べて行けるのはほんの一握りの人間。
自分にはそこまで振り切ることはできない。
振り切らない理由は、親が悲しむとか、大学まで出してもらったからとか、表面的にはそんな理由でした。

だから音楽活動は、安定した職(正社員)に就きながらならやってもいい。と勝手なルールを作っていたように思います。

チケットが売れなくても、お客さんが少なくても。
だって本業は会社員だし。
こっちは趣味だし。人気のない虚しさからも逃げられるんです。

オーディションに落ちても「大丈夫、本業は会社員だから」って自分を納得させられますしね。

ドラマの世界に戻ります。

明らかに彼氏のふうくんより、高校生のイコとのほうが価値観も合うし好きなのはわかっているけど、彼氏もキープしている(手放せない)ワコを見ていて、会社員時代の自分と重なる部分が何個もありました。

マンネリ彼氏とのマンネリにうんざりして外の世界に目を向けちゃうところとか。そういうタイミングでタイプの人からアプローチされちゃったりとか。雰囲気に流されて沼にハマってしまうところとか、キープとか、修羅場とか。
ああ〜懐かしいな〜という感覚でしたね(遠い目)。

経営者の世界に飛び込むと、元会社員はマイノリティーで、高卒で起業した人もいれば、元アーティストから起業した人もわんさかいる。

そもそも社会のしがらみや倫理観に縛られていない、今回の映画でいう「映画監督サイド」の人間がゴロゴロいて、

わたし自身もそうでしたが、大学、就職、結婚、出産ルートの人間は同じ価値観の世界に入り、そこはかなり鎖国社会的なので、「ふつうのしあわせ価値観」が当たり前になるのも仕方のないことなんですよね。

そこから外れたらちょっと難アリみたいな見えないレッテルも貼られます。

ワコも本来は、映画監督や、江口のりこと同じ側の人間だったのに、「ふつうのしあわせ最高」ルートで30歳まで来てしまってるから、このルートが正解だと思わざるを得ない状況なのではないかということです。

しかしワコの価値観には合わないので、事務職に就職しても違和感しかないし、周りにも馴染めないんですよねぇ。
(はいこれ事務の部署に投下されて違和感しかなかった過去のわたしですw)

「ふつうのしあわせ」ルートや、事務職を否定するわけではありません。

会社員DINKSや同性カップルもいれば、
経営者で結婚、子供がいるひともたくさんいますしね。つまり多様化はしています。

価値観に合う・合わないがあるのです。
ふうくんや、丸メガネのチャラかった元カレは「ふつうのしあわせ」ルートを進みたい人たち。

例えば生まれた瞬間に人生ルート検知機で、こめかみをピッと読み込んだら

「あなたは社会的にマジョリティーなルートがピッタリの性格です」とか
「あなたは映画監督ルートがぴったりな性格です」
「あなたは結婚して子供を3人授かる専業主婦ルートがぴったりな性格です」

など、自分にぴったりの人生ルートがわかるようになっていたら、人類の悩み事はだいぶ減るでしょう。

人類は生まれてくる時にこういう人生にしよーっとって設計するらしいのですが、全部わざと忘れた状態で生まれてくるという話を聞いたことがあります。

おそらく神が

「だって小説も人生も、結末わかったら面白くなくね?」

と言っているのだと思います。(激しく憶測)

だから悩んでいいのです。
悩みがあるから、たくさんの感情や、人生ドラマが生まれて、ネットフリックスは大繁盛しているのだから。

悩んで苦しんで、全然価値観に合わない軸に飛び込んで、違和感感じて、ドロップアウトして、挫折して、ボロボロになってもいいんです。

「間違えた」「失敗した」という経験は、後々財産になるから。

人間の究極の幸せとは「価値観にあった人生を生きること」という一説があります。

何の苦労もなく手に入れて飲むビールより、
飲まず食わずで42.195km走った後に飲むビールの方が何億倍も美味いはず(極端)

何の苦労もなく手に入れた「価値観にあった人生」を生きるより、
色々道を間違えながら、失敗しながら、たどり着いた「価値観にあった人生」の方が嬉しさも何億倍で、大切にできると思うから。


「恋のツキ」からの2つ目の学び「社会の倫理を逸脱してまでも手に入れたい愛」についてにも述べておきたいと思います。

これも共感がはんぱないです。
(あ、別に未成年に手を出した経験は残念ながらまだありません笑)

今回主人公のワコは31歳、恋に落ちた相手は15歳の高校生。
社会の倫理的には完全アウトなんです。

ドラマの中では「未成年との淫行」という言葉が何度も出てきました。

私の意見は「恋に落ちた相手がたまたま未成年だっただけじゃん」です。

しかし、こういう考え方ができる人はこの日本においてマイノリティーなのだと思っています。

他にも、

恋に落ちた相手がたまたま既婚者
恋に落ちた相手がたまたま同性

など、社会の倫理や規定から外れる現象は日本において何度もニュースになったりSNSで叩かれたりしていますよね。

なぜ叩かれてしまうのか。

それは叩かれる対象人物が、社会の倫理から逸脱する恋愛をすることで、発生する架空の「被害者」の存在も社会は認識してしまうからではないかと思いました。

「恋に落ちた相手がたまたま未成年」
今回のケースで言うと

社会は

「未成年は年上の女に騙されている(未成年=被害者)」
「未成年の親がかわいそう(未成年の親=被害者)」

という思考になり、叩いてしまう。

悲しいかな。
「たまたま、年齢に差があっただけで、当人同士の本気の恋愛である」という事実は、社会が描く架空の被害者の存在にかき消されてしまうのです。

今回は「結婚間近の彼氏がいるのに未成年の男性と浮気をした」ということで社会は「浮気」と「淫行」2つの点で叩くんですよね。

彼氏や会社や家族には絶対に高校生の存在がバレないようにして、彼氏とはキッパリ別れて、遠くの村に引っ越し、高校生は学校を辞めて、就職。
高校生が結婚できる年齢(18歳)になるまでは関係を隠し、2人で慎ましやかに暮らす。

ここまでスマートに事を運べたらいいのですが、そんなに社会も現実も甘くないんですよね。

あとは今進んでいる道が、果たして正解なのかどうかもワコはわからなくなるんです。
なんなら見ているこっちもわからなくなりましたからね。
(特に高校生が束縛彼氏になりだしたあたりから、これ下手したらストーカーになるんちゃう?まともなのは元カレなんちゃう?ってなりましたからね)

人間には「潮時(しおどき)」を察知する能力があるのかもしれません。

このドラマにもさまざまな「潮時」がいくつも訪れて、その度にワコは成長していっているような気もしました。

「広辞苑 第6版」(平成20年・岩波書店)
しおどき【潮時】 [名]ある事をするための,ちょうどいい時期。好機。時期。

ドラマの中で何度も海のシーンが出てくるので、「潮時」の描写なのかな?と勝手に解釈してみました。

あとはちゃんとピンチの時には助けてくれる人がいるって事です。

わたしの大好きな女優さんの1人でもある江口のりこさん演じる事務の同僚が、キーマンになっていました。

人は見かけによらないのです。

会社では孤立しているように見えた彼女は、蓋を開けてみたら、年下の彼氏がいて、好きで得意なことを生かして楽しく堂々と生きていたのですから。

ぜひ「江口のりこ」さんにもご注目ください。

まとめ

「恋のツキ」はただのエロいシーンがいっぱいあるドラマではありません。

主人公がたくさん抱える葛藤に共感しながらも「社会からのふつうの幸せに囚われず、自分の価値観に従って生きることの大切さ」に気付かせてくれるドラマです。

ドラマというよりは映画(上・下)のように感じました。
約25分×12話なので、全部で5時間。

2時間半の映画の上と下を一気見したような感覚でした。

それくらいキャストの豪華さ、演出の細かさ、音楽、映像の美しさが映画並みだったと思います。

BSテレ東とネットフリックスが共同で製作した作品みたいですね。
こういう作品をもっと観たい!と思いました。

ネットフリックスのAIにもおすすめしてもらおうと思いますが、類似作品でおすすめがありましたら是非教えてください。
(映画でもドラマでも)

ネットフリックスで観たい映画やドラマを探している30代女性にぜひおすすめしたい作品です。

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