苦しいなんてもんじゃなかったときの話をしようか
その日は、僕の最低で最高の日だった。
あの日を振り返ったことはないけれど、
あの日を忘れたことはない。
あの日生まれた劣等感と感謝が
今の自分を動かしている。
秋雨が続く中、その日は曇りだった。
北国の自然の中にある運動公園。
紅葉のピークが過ぎ、葉が枯れ落ち始めた頃だった。
全国大会予選の決勝戦。
当然、負ければ終わり、勝てば全国。
普通の高校生にとっては三年間の集大成かもしれない。
だが、俺にとっては違う。
小学生の時からこの時を待っていた。
親父が立ち上げたクラブでラグビーを始め、
クラブの仲間と強豪校ではなく
地元の高校に進学を選んだ。
”歴史を変える。”
だから、誰よりも、
その日が来るのが、待ち遠しくて、
その日が来るのが、怖かった。
仲間を誘って、主将になって。
誰よりもこの日のために努力した。
チームのことを考えた。
時には、嫌われるようなことも言ってきた。
「勝ちたい。」
「勝ちたい。」
「勝ちたい。」
チームは強くなった。
新人戦では、優勝することも出来た。
仲間も、強くなった。
周りの期待も高まる。
「勝たなければならない。」
いつしか、自分の中で今日ここで勝つことを
自分の使命としていた。
10年ぶりの決勝の舞台。
会場は、相手チームは全校応援。
自分のチームは父兄しかいない。
600人 VS 20人
完璧なアウェイであった。
相手校のエールが響き渡る中。
ロッカールームで監督からの指示が出る。
いつもは長々語る監督であったが、その日は違った。
「やってこい!」
それに喰ってかかるように
選手達は返事を返した。
試合直前。
全国予選の決勝の前だけ部歌を歌うことが許されている。
叫ぶようにしてうたった。
これ以上ないぐらいの声量で叫んだ。
隣の仲間が涙を流している。
気合と緊張をすべて吐き出すように叫んだ。
鼓膜がちぎれそうだった。
しかし、自分の声は一つも聞こえない。
仲間の声が、狭いロッカールームを
吹き飛ばすくらいに響き渡り。
空気が振動しているのを感じた。
その時初めて、自分はひとりじゃないと思えた。
仲間がいると心から思えた。
グランドに向かい、
審判の笛で始まる。
前半はお互いに譲らず、
スコアは動かなかった。
後半、最初にスコアしたのは自分のチームだった。
正確に覚えているのはそこまでだった。
その後のプレーで、膝が大きな音を立て、
ひざ下が飛んでいくような感覚があった。
前十字靭帯断裂を経験したことはなかったが、
おそらくこれがそうだろうとすぐにわかった。
痛みをこらえて続けたが、
明らかに走れずに、チームの足を引っ張っているのが分かる。
もはや、片足だけで走っている状態では使い物にならない。
そして、失点した。
苦渋の決断だった。
観客が大いに盛り上がったことを覚えてる。
誰よりもこの日のためにやってきた。
そんな主将は、自分のチームが負ける瞬間をベンチから見ていた。
何もできなかった。ただ、見ていることしかできない。
あれほどに自分を無力と思った日はない。
"終わった。"
何を考えていいか、わからなかった。
チームのために、
仲間のために
勝とう。
そんな思いとは裏腹に、
最後は仲間を残し、ただ見ていた。
そして、負けた。
"申し訳ない。"
"情けない。"
どんな顔をしていいかわからなかった。
首にかけた銀のメダルをロッカーのゴミ箱に思いっきり投げつけた。
「大丈夫か。 ありがとな。」
そう声をかけてくれたのは、
小学生から一緒にやってきた親友だった。
どうしていいか、わからなかった。
ただ、
「ごめん。ごめん。」
と、泣きながら繰り返した。
申し訳ないという思いが大きくなって行く一方で、
皆に、「ありがとう」と感謝される。
仲間から、
父兄から、
以前から取材をしていただいた方、
そして、その試合をたまたま見ていた方からも
「ありがとう。感動しました。」
と。
あの日ほど、
悔しい思いをし、屈辱を味わい、
自分をみじめに思った日はない。
しかし、「自分の全国大会に行き、”歴史を変えたい”と思うエネルギー」が、
多くの仲間を巻き込み、
それを見る人々の心を動かすことができたといえる瞬間でもあった。
その感動の中心に自分がいれたことは誇りに思う。
最高の経験であった。
何より、自分が一番心動く経験が出来た。
それは、自分一人では決してできないかったことである。
「本当にありがとう」
自分が一番に支えられていたことを知ることが出来た。
そんな自分でも、誰かの心を動かし、
感動を与え、その人の人生を変えるようなことを創造していきたいと思った。
” 一人の人生を変えることにこそ価値がある。
一人の人生を変えるものは、ほかの誰かの人生も変える力がある。
そして一人ひとりの人生が変わった先に、
社会が変わる、世界が変わる瞬間が訪れる。 ”
けれど、僕は「目標を達成できなかった自分」のレッテルを貼っている。
しかし、ここで諦めてしまったら、今までの自分が間違っていたと認めてしまうことになる。
だから、僕は過去の”自分”を、”仲間”を肯定するためにも
今日を全力で生き、誰かの心を動かせるような人になりたいと思う。