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常紋トンネルの幽霊たち 寺澤 満春
寺澤 満春
序
生命と人権のうめき声を聴く北海道の北見盆地に入る三本の鉄道は、三本ともその入口にあるトンネルを通り抜けなければ北見盆地にたどりつくことはできません。
その三つのトンネルの中でも最も長いのが、旭川からの列車が通る石北線の常紋トンネルで、507メートルの長さがあります。
常紋とは、常呂郡と紋別郡との郡境にある山の名まえで、トンネルの前後の勾配がきつく列車はあえぎながらトンネルを登ります。
かつては、デゴイチと親しまれた蒸気機関車D51を三つも連結し、常紋トンネルを登る機関車の姿は、多くのSLマニアにとってシャッター・チャンスを逃すことができない被写体でした。
さて、今からおよそ80年前、大正3(1914)年から3か年間にわたる難関工事の末完成した常紋トンネルには、できた当初から奇妙なうわさが立ち、地元の人々の間でささやかれておりました。
破(一)
氷雨降るある日の夕方、いつものように蒸気機関車が、あえぎながら真っ暗な常紋トンネルに入ると、「あっ、危ない!」、突然機関車の前に頭からダラダラと血を流した男が立ちはだかっていたのでした。
機関士は、あわてて急停車し、すぐさま機関車から降りて調べてみたのですが、あたりには人っ子一人おりませんでした。
何かの見間違いかと思った機関士は、再び機関車を走らせ、しばらくすると、また、あの血だらけの男が立っていたのです。
その機関士は、再び急停車するのですが、その男の血だらけの形相が目に焼き付き離れず、とうとう目をつむったまま、機関車を発車させることができなくなってしまったのです。
そしてとうとう、後から来た列車の機関士がかわって動かさなければならない事態に陥ってしまったのです。
破(二)
話は、常紋トンネルだけではありません。
トンネルの近くにある常紋駅にも奇妙なうわさが広まっておりました。
常紋駅に勤めると、しばしば本人や家族の者がノイローゼになったり原因不明の病気にかかったり妙なことが起こりました。
また、ある駅員の奥さんが何の前ぶれもなくトンネルの中で列車に飛び込み、自殺するという痛ましい事件も起こりました。
常紋トンネル付近では、多くの人々が何やら低くて息苦しそうな、うめき声のようなものを聞くこともあったと言いますし、近くの山に山菜を採りに入った人々が草むらの中で人の頭蓋骨や手足の骨など骸骨に足をとられることもあったと言います。
破(三)
常紋トンネルには幽霊がいる。常紋トンネルはたたられた。
常紋トンネルはうめしや。
幽霊たちはここかしこ、寂しく野辺をさ迷い歩く。
ろくな飯を食わせてもらえず、栄養失調で死んだのはおいらさ。
病にかかると用無しと、生きたままセメント樽に投げ込まれたのはおいら。
わが屍は葬られることもなくトンネルの壁に塗りこめられたのはおいら。
そんな地獄を逃げ出すが、やがて捕まり頭をかち割られたのはおいらさ。
そんな幽霊たちの正体は、危険・困難・難関工事、安くて手軽に使い捨て。
かつてこの地で働いた囚人労働者たちの悲しき末裔。
よそでだまされ雇われた「タコ(他雇)」労働者たちのなれの果て。
そんな百数十体の魂は、常紋あたりで「姿」を現す。
恨み辛みの魂は、うめき声をあげずにはいられない。
そんな彼らの魂たちは、時空を超えて訴えた!
急
昭和46(1971)年、土地に生きる人々は、非業の死をとげた「タコ」労働者たちを慰霊するために「歓和地蔵」を建てました。
それから3年後から、地元の中学生や高校生、大学生、教師と市民とが、数回にわたって浮かばれない彼らの遺骨と魂とをさがすべく、トンネルの内外を発掘し、やっとの思いで数体の遺骨を掘り当てたのです。
生命と人権とを紙切れの如く、棒切れの如く扱われ、人柱となったあの「タコ」労働者たちのさ迷える魂を人々は手あつく葬ったのです。
以来、常紋トンネルにまつわる奇妙なうわさは消えました。
めくるめく時の流れの中に生きる私たちが、いつか、あの四季折々の北海道を旅することがあったとき、光輝く大自然を観光するだけではなく、土地と人々の光と陰を観るというもう一つの観光をこそしたいものです。
そして、今、平和と安全の中に生きる幸せに胸を撫で下ろすだけではなりません。
日本のどこかしこに、地球上の東西南北、いまださ迷える魂を抱く人々がいることに目を向け、耳を傾けたいものです。
新たな幽霊たちをもうみ出さぬために...。
解説
http://newtokinomahoroba.life.coocan.jp/starthp/subpage16.html
寺澤満春『常紋トンネルの幽霊たち:生命と人権のうめき声を聴く』
(解題・参考文献を含む)聴く13分
https://note.com/narisen2017/n/n4d525c009448
*写真は、https://ja.wikipedia.org/wiki/常紋トンネル より