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「背番号17」が取り戻したもの

背番号17。
これが、最後の夏にもらった背番号でした。
選手として何の結果も残せないまま、暑い平和台球場で高校野球生活を終えました。

「勉強も野球もできるのが格好いい」。
そう思って入学したのは、甲子園で全国制覇経験を持つ県立の進学校でした。
しかし両方に力を入れられるほど甘いものではなく、授業時間を睡眠に充てながら、放課後の練習に備える日々が続きました。

入学して3カ月が経過し、3年生が引退。
ピッチャーは1つ上の先輩と自分の2人しかおらず、当然試合に出られるものだと思っていました。

しかし待てど暮らせど出番は来ません。
練習試合にたまに出るくらいで、公式戦に出場することはありませんでした。
2年生の夏に最上級生になったときには、1つ下の後輩よりも序列が下になっていました。

そして迎えた2年生の冬。
ここで実力を上げないと、試合で登板するチャンスが回ってこないことは明らかでした。後に聞いた話では、ピッチャーで使い物にならないので他のポジションでも守らせる(物は言いようで、実質戦力ではないということ)、といった話も出ていたようです。

危機感を覚え、学校での練習が終わった後に近くのスポーツジムに通って柔軟性と筋力のアップに取り組みました。余談になりますが、このときのインストラクターは、プロ入りする前の某NPB球団のコーチでした。

ひと冬超え、球速もアップ。自分なりに手ごたえも感じていました。
春の大会で背負った背番号は1。エースナンバーです。

努力は決して裏切らない。それが「スポーツのチカラ」だと……


感じることはありませんでした。
1試合も登板することなく、春の大会は終了。わずか2試合で「背番号1」が離れていきました。

チームに何も貢献できていないまま、最後の夏の大会を迎えることになりました。
冬の鍛錬により実力がアップしていることを信じて、最後のチャンスを待ちました。

しかし、予想だにしない結末が待っていました。

6月にノックの打球を右手に当ててしまい人差し指を骨折。
包帯は1カ月ほどで取れたものの、その後の練習への参加は許されずにチームのサポートに回ることになりました。
つまり、戦力ではないということです。
夏の大会での試合出場はおろか、ベンチ入りすらできない可能性が出てきました。

退部することも考えましたが、思い直して最後まで野球を続けることに。
しかし、モチベーションは下がる一方でした。

結局、夏の大会では同期で一番大きな番号「17」を着けて無事にベンチ入り。試合中はスコアブックをつけていました。

怪我が原因とはいえ、それまで以上に同期との差を強く感じました。
公式戦での登板がないままに終わり、最後の夏はプレーすらできないという状態です。同期で自分だけがチームに貢献できず、苦労も報われなかった、そう感じていました。

好きで始めた野球も、望んで入った学校も、全てが嫌いになりました。

卒業後、しばらく経ってから同期と疎遠になったのも、ある意味当然のことだと思います。同期と一緒にいると、コンプレックスを感じてしまい、自分がとても惨めな存在に感じることがありました。
そして、30歳ごろからは誰とも連絡を取らなくなりました。

そこから約15年経ったある日、Facebookで同期のひとりを見かけました。
それなりに満たされた生活を送っていた自分は、当時のコンプレックスも忘れ、懐かしさを感じていました。

悩みに悩んだ結果、メッセージを送りました。
長い間疎遠にしていたことを詫びるも、相手は何も気にしていなかった模様。まるで、普段から連絡を取り合っているかのような対応でした。

その後しばらくして飲みに行ったのですが、話したのはお互いの近況ではなく、高校時代の辛い思い出ばかりでした。

思えば、苦労していたのは自分だけではありませんでした。
厳しすぎる先輩方の指導に気持ちが折れそうになりながらも、互いに励ましあったこと、同期のひとりが部を辞めるといったときに全員で彼の家に行き説得したこと、九州大会出場を決める試合でサヨナラ負けをしたこと、話は尽きませんでした。

「2度とあの頃には戻りたくないね」と渋谷の居酒屋で笑いながら話したことは、今でもよく覚えています。

その後、他の同期とも連絡を取り合うように。
久しぶりに開催した同期の飲み会では、チームに貢献できずに、しかも長い間「行方不明」になっていた自分を何事もなかったかのように受け入れてくれました。

飲み会の翌日、当時のキャプテンからメッセージが届きました。
そこには

「同期はいいものだね。同じ釜の飯を食った仲間は不変です」

と書かれていました。

「スポーツのチカラ」が、「背番号17」に絆と誇りを取り戻してくれました。

Twitter ID:@nari_104


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