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小説:コトリとアスカの異聞奇譚 7-1
第七章「ツバキの翠精」
江戸時代の妖怪画家・鳥山石燕(とりやませきえん)は、「今昔画図続百鬼(安永8年 ※1779年)」の中で古椿の霊についてこう記している。
「ふる山茶(つばき)の精怪しき形と化して 人をたぶらかす事ありとぞ すべて古木は妖をなすこと多し」
古い椿が怪しき怪異となって、人をたぶらかす。古い木と言うものは得てしてそういうものなのだ、って感じの意味だ。
鳥山石燕の記録だけでなく、山形県の「椿女」や秋田県の「夜泣き椿」といったように、日本各地でも椿の怪異現象が語られていたりする。
そして、古椿の怪異譚は、昔話の中だけで語られる過去の物語ではなかった。そう、植物と会話のできる薬草珈琲店の店主、琴音(ことね)の過去にも深く関わっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
奈良市。佐保川の水流からそう遠くない古い住宅地に、築40年ほどの住宅がある。大きな椿のある、白壁の一軒家。
現在、その家には琴音と夫の匠、娘である明日香が住んでいるが、そこは元々、琴音が生まれ育った家でもあった。
晴れた日曜日。匠が勉強会か何かで外出するということで、今日は琴音と明日香の二人で過ごすこととなっていた。
朝食の後片付けを終え、庭を見回る琴音が椿に声をかける。「おはよう」
琴音が生まれる前からそこにある古椿。椿も自然な流れで琴音に<オハヨウ>と言葉を返す。琴音や明日香だけが受け取ることのできる植物の言葉を使って。
そんな日常の風景をぼんやりと眺めながら、五歳になる娘の明日香が何気なく琴音に尋ねる。
「コトリママ、今日はどこに行くの?」
「明日香、どうしようね。どこか行きたいところある?」
琴音は縁側に座る明日香の隣に腰を下ろして、問い返した。
少しだけ考えるそぶりを見せた明日香は、はっとした顔になって、琴音のほうを振り向く。何か思いついたようだ。
「あたし、小さいコトリママと遊びたい!」
「また、椿さんに昔のお母さんのことを教えてもらったの?」
「うん。いつも、小さいコトリママと、お姉さんのコトリママと、もっともっとお姉さんのコトリママのことを教えてもらってるの」
「そうだね。あの椿は私が生まれる前からあったらしいからね」
「うん。あたし、小さいコトリママと遊びたいの」
「お母さんも遊びたいけど、ダメだよ〜。だってお母さん、ちっちゃくなれないもん」
「あはは。コトリママ、ちっちゃくなってよ~笑」
「無理だよ~笑」
無邪気に笑う明日香の顔に癒される。
と、その時、琴音の頭に、やりたいことが浮かび上がってきた。
「明日香、お母さん、やりたいことを思いついた」
「なぁに?」
「お母さんが小さかったとき、お母さんのお母さんに連れられてこの近くを散歩していたんだけど、どの道を散歩していたのか思い出せなくて。もう、景色がすっかり変わっちゃっただけなのかもしれないんだけどね。明日香は探偵さんでしょ?お母さんの昔の散歩道を見つけられたりするかな?」
「いいよ!あたし、探偵さんなんだから」
そう言うと明日香は椿のほうへと近寄り、椿をジロリと睨め付けた。いつもの、明日香が植物と会話する時のスタイルだ。
琴音と違って声を出さずとも、手を近づけずとも、明日香は植物と心を通わすことができた。さらに、琴音よりもずっと深く、植物から情報を引き出せているようだった。
なぜ、自分たちだけにこんな能力があるのだろう。時々、琴音は疑問に思う。いつ、自分にこの能力が備わったのだろう。どうやって、娘の明日香にもそれが伝わったのだろう。しかし、琴音の両親もすでにこの世を去っており、今となってはそのことについて聞ける相手もいない。
そんなことを考えていると、別の木々にも相談をしていた明日香が琴音のほうへと戻ってきた。何か分かったのかもしれない。
「小さいコトリママと、あきこママは、自転車であっちのほうに行ってたんだよ。」そう言いながら、明日香は西の方向を指さした。
意外だった。琴音の家の北側には聖武天皇陵と光明皇后陵があり、散歩コースはそのあたりだと思っていたからだ。西には何があるのだろうと改めてスマホで検索する。すると、すぐにその目的地が判明した。
そこは、佐紀古墳群(東群)と呼ばれる古墳群で、ウワナベ古墳、コナベ古墳、ヒシアゲ古墳といった全長200mを超える大型古墳がそこに含まれる。琴音は直観的に、そこがかつての散歩道だったように感じた。
「明日香、すごいよ。もしかしたら、あっちが、昔、お母さんが暁子ママに連れてもらって行った散歩道なのかも。今から、そこにお散歩に行くのってどう?」
「いいよ!」・・・明日香の元気な一言で、本日の行き先が決まった。
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