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小説:コトリとアスカの異聞奇譚 2-16

 花言葉ナイトのイベントから一週間後の日曜日。晴れた午後。場所は奈良公園の飛火野(とびひの)エリア。鹿が群を成す広い芝生がエリアの中心となり、その周囲をたくさんの古木が取り囲んでいる。古木の根は地面に露出しており、蜘蛛の足のように複雑に絡み合っている。

 地形の複雑さが楽しいのか、明日香は根の上をぴょんぴょんと飛びながら一人で遊んでいる。その側で今、琴音と葵が話をしているところだ。そう、今日は葵が琴音と明日香を遊びに誘ったのだった。

「昨日、また山科さんがお店に来てくれたじゃないですか」
「この前、彼氏さんと一緒に来てた子?花言葉ナイトにも参加してくれた」
「うん、その山科さんです。彼氏さんはいつも優しいんだけど、人前ではなぜか山科さんのことを馬鹿にするような発言をしていたみたいで。そのことで山科さんが悩んでいたんです」
「うん、そうだったね」
「で、昨日、その最新情報を教えてもらえて」
「葵ちゃん、山科さんと話し込んでたもんね。それでそれで?」
「彼氏さんと仲直りしたんですって」
「へぇ~、よかったやん」
「嫌だって事をちゃんと整理して、伝えたんですって。そうしたら彼氏さんも分かってくれたみたいで。・・・でも、実は、その彼氏さんのお母さんがそういう性格だったみたいで。自分の子を「この子、出来が悪くて」みたいに他のお母さんに話すクセがあったみたいで。彼氏さんの話しっぷりも、そこから来ていたみたいなんです」
「そうなんだ・・・、そんな根深い問題だったんだ」
「そうだったんです。でも、彼氏さんは直すように努力するって言ってくれたみたいで。・・・だからあのイベントも、ちょっとは悩みの解決にお役に立てたのかな~って一人でほくそ笑んでいたところです笑」

「うん、私もそう思うよ。参加した子たちの心を浄化して、彼女たちが一歩前へと進む手助けになったと思います。本当に素敵なイベントを開催できたね。改めて、葵ちゃん、お疲れ様です」
「そんな・・・、でも、嬉しいです。まぁ、お花たちと会話のできる琴音さんが花の選定をしてくださったのはちょっと反則でしたけどね笑」
「明日香ほどじゃないけど、私もちょっとはできるから笑」

「あ、そうそう。明日香ちゃんにプレゼントがあるんだった」
 そう言いながら葵は、片手に持っていた袋の中身を確認する。中の植物は、しっかりと元気そうにしていた。

「ねぇ、明日香ちゃん~。ちょっと、こっちにおいでよ〜」
 足元を流れる小さな水流を眺めていた明日香は葵の声に気づき、「なぁに~?」と言いながら駆け寄ってきた。

「これ、明日香ちゃんにプレゼントしようと思って。」葵はその植物の入った袋を明日香に差し出す。
「これ、なぁに?」
「ブルーベリーの苗木。ほら、実がついているでしょ?」
「可愛い。コトリママ、葵ちゃんにブルーベリーもらった~」
「葵ちゃん、ありがとう。明日香、よかったね。家で育てようね」
「うん!」

「じゃあ、琴音さん、いいですか?」
 葵が琴音に目配せすると、琴音は笑顔でうなづく。「うん。試してみて」
 葵と琴音で事前に示し合わせていた秘密の実験。その開始の合図だ。

「ねぇ、明日香ちゃん、このブルーベリーに挨拶できるかな?」
「うん、できるよ」
 明日香は袋から飛び出ているブルーベリーの実の部分にそっと手を差し伸べる。そして、一瞬ビクッとしてから葵のほうを向き、にっこりと笑った。

「明日香ちゃん、どうだった?」葵はその場でしゃがみ、明日香に結末を尋ねた。
「頭がブシャーってなった。」そう言いながら、明日香は頭から手をバッと放すジェスチャーをする。

「え?ブシャー?」
「うん、ブシャーってなった。それでシーンってなって、それでたくさんのコトが頭に入ってきた」
「たくさんのコト?」
「うん、たくさんのコト」
「例えば、どんなこと?」
「これって、この前に葵ちゃんがアオイのお花と挨拶した時のことを、あたしにもさせてくれたんでしょ?」

 葵は明日香と目を合わせたまま、一瞬だけ、ゾクッとした。会話のロジックが5歳児のレベルをはるかに飛び越えてしまったように思えたからだ。・・・ブルーベリーの花言葉の一つに『知性』があった。

 でも、明日香はすぐに「コトリママ、はい」とブルーベリーを琴音に手渡すと、その場でくるくると身体を回転させて遊び始める。その姿を見ると、いつもと変わらない五歳児だ。

 くるくると回転してからふらふらと葵に近づき、明日香は葵をギュッとした。「葵ちゃん大好き!」
「私も明日香ちゃんのこと大好きだよ。」と葵も応え、明日香をギュッとする。

 ブルーベリーのもう一つの花言葉は、『豊かな人生』だ。明日香に体験させてもらった不思議な現象。それをきっかけに自分で進められた花言葉ナイトというイベント。

 葵は豊かになり始めた自分の近況を短く振り返る。そして、自分をいまギュッとしてくれている明日香にも、豊かで、楽しい毎日を過ごして欲しいと改めて願った。

 今も昔も変わらない、飛火野の木々。風にたなびく葉音は、穏やかな時間を過ごす三人を優しく見守ってくれているかのようだった。

※続きはこちらより


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