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小説:コトリとアスカの異聞奇譚 7-2

 琴音は店で余ったニオイコブシの葉を使ってお茶を作り、水筒に入れた。あと、昆布の佃煮を具材としたおにぎりも準備。

 そして、明日香のために特別な装置を準備した。ただ、装置と言っても、機械を使ってはいない。透明な筒に土を入れて、そこに小さなサボテンを植え付けたものだ。紐をつけ、明日香が持ち運びしやすくなっている。そう、明日香の助手として働いてくれるサボテンを、携帯できるようにしたものだった。

「じゃあ、明日香。行くね」
「うん!」

 琴音は母の暁子に倣って自転車でその散歩道まで移動することとした。

 はじめは、細かな道を縫うように進む。大きな幹線道路を横切ってからは一条通りを使い、高校の前を西へと進んだ。

 奈良時代において、一条通は平城京の中心を貫く大通りで、朝廷や貴族の邸宅が立ち並び、政治や文化の中心地として栄えていた。現在においてその面影は薄く、奈良に住む人々の大切な生活道路となっている。

 しばらくして、進路を北へと変える。まっすぐな道の先には、木々が生い茂っているのが見える。ウワナベ古墳だ。

 ウワナベ古墳とコナベ古墳は隣り合っている。その広い濠はそれぞれ宇和奈辺池・コナベ池とも呼ばれており、広い水面が青い空を大きく反射し、古墳の緑を美しく引き立てている。濠に沿った道を自転車で進むのは気持ちがいい。

 コナベ古墳の南西の辻を右折して北上しようとした時、明日香が嬉しそうな声で叫んだ。

「亀がたくさんいる!」
「ほんとだね」

 いつも誰かに餌をもらっているのだろうか。5匹の石亀が嬉しそうな表情で泳ぎながら近づいてきた。

 そのまま北上を続け、ヒシアゲ古墳周辺の小径へと入る。すると、空気がガラッと変わる。

 ウワナベ古墳・コナベ古墳のような広い青空が似合う古墳とは違い、ヒシアゲ古墳は木々に囲まれた大きな古墳だった。周辺の小径は両サイドを高い木に挟まれ、少し薄暗い。路面に石畳もあったりしたため、琴音は自転車を降りて歩くこととした。

 気づくと、明日香は筒の中のサボテンと話をしながら歩いている。

「コトリママ、こっち」

 恐らく、サボテンに古い木々と対話をしてもらって、35年ほど前の出来事を組み立ててくれているのだろう。・・・我が子ながら、その能力の高さに驚かされる。

 そして、古い辻で、明日香が立ち止まった。

「コトリママ、ここだよ」

 小さな祠のあるその辻には、琴音の古い感情を揺り動かす何かがあった。

「小さいコトリママとあきこママのこと、見せてあげる」
「どうしたらいいの?」
「サボちゃんに手を近づけて」
「こうしたらいい?」

 少しかすれた映像。パワースポットの木々と違って、普通の場所に生きる老木の限界なのだろうか。その映像は不鮮明で、音も聞こえづらい。しかし、そこにいるのは、確かに暁子と幼い琴音だった。

 琴音は何度もこの場所に散歩に連れてきてもらったことを思い出した。そして、この場所に“母がこだわっていた”ことも薄っすらと思い出す。

 母・暁子がいつも何か同じことを私に伝えていたような気がする。おにぎりを美味しそうに食べる明日香を見ながらも、琴音は大事な何かにあと一歩、届かない感覚を感じていた。

※続きはこちらより


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