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小説:コトリとアスカの異聞奇譚 7-4
火曜日。この日はときじく薬草珈琲店の営業日ではあるが、店は店長の葵、研修中のヒロユキとベテランの真奈美に任せている。琴音は、真奈美の娘・佳奈が店長を務める予定である東京日本橋店の店舗デザインチェックを行うこととした。
夫の匠も出社し明日香も保育園のため、家の中は静かだ。琴音は庭の植物たちに挨拶だけしてから、仕事にとりかかろうと考えた。
<ウフフ>
庭に立ち入った瞬間、楽しそうに笑う声が聞こえたような気がした。辺りを見回すが、特に何も変わった様子はない。「なんだろう?」と思いながら、順番に植物に挨拶をする。
「おはよう」<オハヨ>
「やあ」<オハヨウ>
「元気してるかな?」<ゲンキ>
琴音に聞こえる植物の声はカタコトだが、確かな実感を伴いながらその反応を受け取っていると感じる。
そして、庭の最も古株である大きな椿の前に立ち、35年ほど前から行ってきた挨拶を今日もする・・・「おはよう。」と椿に声をかけると、椿も淡い光を放って<オハヨウ>と返事する。
琴音は少し微笑んでから、仕事をすべく部屋に戻ろうとした。・・・しかし、その時、<オマチナサイ>という声が聞こえた。
「え?もしかして、椿さん。私に声をかけてくれているの?」
<ウン、ソウヨ>
何十年も挨拶をしていて、カタコトの返事しかもらったことのない椿の反応に、びっくりする。君って、そんなにおしゃべりできたんだ。
<ウフフ。ワタシニ、キキタイコト、アルデショウ?>
聞きたいこと?なんだろう。そして、なんで楽しそうなの?・・・琴音は聞きたいことを少し考えてみたが、すぐにその答えは見つかった。
「この前、私が小さい時にお母さんとどこに散歩に行ったか、明日香に教えてくれたでしょう?私ね、それよりも前に、お母さんがその場所に行ったことがないかを知りたいの」
<イイヨ、オシエテアゲル>
すごい・・・琴音は今一番の謎を解明できそうな気がして、期待が顔に現れる。
<オカアサンハ、ソノバショ、オトウサント、サンポシテタノ>
ああ、そういうことか、という小さな衝撃。たぶん、その時の思い出を自分や凛ちゃんに話してくれていたんだろう・・・あの祠の場所で。
「ありがとう、また明日香を連れて、あの場所に行ってみるよ」
<ウン、タノシンデキテネ。ウフフ>
「でも、椿さん、楽しそうだね?」
<ソウネ。デモ、モウスコシサキノ、オタノシミ>
椿はもう話をする雰囲気でなくなってしまったので、琴音は部屋に戻った。でも、椿の言葉のニュアンスから、何やら自分にサプライズを準備してくれているようにも思える。不思議な椿さん笑。
PCに向かいながら東京日本橋店のデザインチェックを進めようとする。しかし琴音は、椿とのさっきの会話が気になって、集中できなかった。
「あぁ、今日はだめかも。明日、凛ちゃんが休めるなら、明日香と一緒にあの場所に行ってもらおう」
独り言をつぶやき、スマホを持ち上げてメッセージを送る。程なくして返事が返ってきた。水曜日はちょうど仕事の谷間だったため、休めるという内容だった。
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