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小説:コトリとアスカの異聞奇譚 6-1
第六章「サボらない植物」
かつて、ときじく薬草珈琲店でバイトとして働いていた佳奈が、新しくできる二号店(東京日本橋店)の店長として戻ってきてくれるということで、琴音は諸々の段取りを佳奈と電話で話しているところだ。
夕方の17時。机の上でメモを取りながら、その視線の先には娘の姿がある。何をしでかすか分からない明日香なので、無意識にでもチラチラと見てしまう。
明日香は庭に面した窓近くの台からサボテンの鉢を手に取り、琴音が話している机のほうへと両手で運んできた。
しばらく、サボテンを睨みつけていたかと思えば、琴音のほうを振り向いて大きな声で話しかける。
「鳥さんが、実がないんだって」
琴音は佳奈にちょっと待ってねと伝えてから、娘に一言、伝える。
「明日香、今、佳奈ちゃんとお電話中なの。もう少しだけ待ってもらえる?」
「分かった」
もうしばらく佳奈と会話を続け、琴音は電話を切った。
「明日香、お待たせ。鳥さんが何だったっけ?」
「鳥さんが、実がないんだって」
「鳥さんが、実がないって言ってるの?」
「うん」
なるほど、確か、庭のグミの実が無くなっていたな、と記憶をたどる。しかし、明日香の言葉を思い返して、あれ?と思う。
「あれ、明日香って鳥の声も分かるの?」
「このサボテンに聞いてもらったの」
なるほど。サボテンに映像でも見せてもらっているのかなと思いながら、再び、あれ?と感じる。
「聞いてもらったというのは、もしかして、明日香がサボテンに頼んだの?」
「そうだよ。鳥さんがなんで鳴いているのか、聞いてもらったの」
植物とのコミュニケーション能力は我が子のほうが上であることは分かっているが、植物に指示を出して仕事をさせるなんて琴音には想像できなかった。
改めて、琴音はサボテンに「君は賢いんだね」と伝えてみる。すると、サボテンは<ウン、カシコイ>と返してくれた。でも、琴音が聞き取れる植物の声はその程度だった。
「ねぇ、明日香。他の植物にも色々と頼めたりするの?」
「うん、でも、サボテンがいちばん賢いの。色々と覚えてくれるんだよ」
「そうなんだ。どんなことを頼めるの?」
「このサボテンは、動物とお話ができるの」
「ふうん。じゃあ、ほかのサボテンは?」
「庭のサボテンは、タクミパパのことを覚えてくれているの」
「タク君のこと?じゃあ、いつ帰ってきたとか?」
「そうだよ。返ってきたときのこと、見せてくれるの」
琴音は、サボテンは夫婦の寝室には置いてはいけないなとヒヤリとしながらも、ひとつ、実験を思いついた。
「ねぇ、明日香。今度の日曜日、サボテンに色々とお願いをしてもらってもいい?」
「いいよ。どんなお願いするの?」
「それはまた、もうちょっと考えてから、日曜日に言うね」
「分かった」
明日香の頭をヨシヨシしながら、琴音は娘の新しい可能性に胸を高鳴らせていた。
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