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小説:コトリとアスカの異聞奇譚 7-6<完結>

 曇り空の下、三人は真っすぐに琴音の自宅へと戻ってきた。植物に満ちた庭へと足を踏み入れる。庭の最も道路に近い位置に、その大きな椿はあった。

<ウフフ>

「今、何か聞こえた?」

 椿の声に反応したのは凛だった。凛に植物の声が聞こえていること自体が驚きではあるが、椿もすでに、声を隠すつもりがないようだ。

「凛ちゃんも聞こえたんだ。」
「うん・・・。コトリとか明日香ちゃんって、こんな声をいつも聞いてるの?」
「そうだよ!」

 明日香は凛の問いに大きな声で答え、凛の手を引いて椿の元へと導く。椿へと近づくにつれ、空はさらに暗くなっていく。

「明日香ちゃん・・・光ってる?」

 明日香の異変に気付いた凛は、驚きの声を上げた。明日香は全身から、淡い光を発していた。

「私も、手だけ光ってる・・・」琴音もそう言いながら、自分の手を二人のほうへと差し出す。琴音の手首から先が、淡い光を発していた。

 琴音はそのまま椿のすぐ近くまで近づいていく。

「これ、椿さんの仕業でしょう?私たちに何をしようとしているの?」

<アナタノヒミツ、オシエテホシイ?>

 琴音の問いには答えず、椿はただ、ヒミツについて話したがっているようだ。

「・・・そうだね。じゃあ、秘密を教えて頂戴」

<ミンナ、コッチニオイデ>

 三人はお互いに視線で確認をとりあいながら、手をつなぎ、椿を囲むように立った。また、視界がまばゆい光で遮られる。

 -----椿のいる庭から、琴音の母・暁子が、泣いている姿が見える。幼い琴音はその隣で、無表情で立ち尽くしていた。母に寄り添い、無力な母をなんとか助けようと頑張っていることは誰の目にも明らかだった。

 そしてそれは、何日も続いた。

 ある日、琴音が庭を歩いていると、道路側のほうから声がするのを耳にする。
<オマチナサイ>

 振り返るとそこには椿の木だけがあった。椿は少しだけ光を発しながら言葉を続ける。
<ダレカト、オハナシ、シタイ?>

 幼かった琴音は椿の木が話せることに疑問を持つこともなく、コクリとうなづいた。

<テ、チカヅケテ>
 言われるままに椿のほうへ手を近づけると、一瞬、その木は強く光ってから、光を宙に放った。光はだんだんと小さくなり、琴音の手のひらの上に乗り、そして、その手と一体化した。

<オハナタチト、オハナシ、シテゴラン>

 琴音は花壇のほうに歩み寄り、花々に手をかざす。

「こんにちは」
<コンニチハ><ヤア>

 初めての、植物との会話。そして、同時に、久しぶりの誰かとの会話でもあった。

「お母さんを助けたいの」
<オカアサン、ナイテイルノ?>
「うん」
<アナタモ、カナシイ?>
「悲しい」
<オトウサン、イナクナッタノ?>
「うん」

 琴音を取り囲む花々からの質問攻め。でも、それらはどれも、温かなものであった。そして、琴音の心境を知った花々は、思い思いの言葉で琴音に労いの言葉をかけた。

<ワタシタチ、アナタノ、ミカタ>
<イツモ、オミズ、クレル>
<ガンバッテネ>
<アナタハ、ヤサシイネ>

<ナイテ、イインダヨ>
 その最後の言葉を聞いて、無表情だった琴音はその場で声を上げて泣き始めた。

 縁側に座りながら放心状態の暁子だったが、娘の泣く声を聞いて急に我に返った。あぁ、私がちゃんとしないとダメだ、と。立ち上がり、花壇で花々に囲まれて泣く我が子の側に向かい、その小さな身体をギュッと抱きしめた-----

 現実の視界へと戻った凛は、椿をまっすぐに見据えて問う。

「コトリを慰めるために、君が、植物と話せる能力を与えたってこと?」
<ウフフ、ソウヨ。コレガ、コノコノ、ヒミツ>

 横へと振り向くと、琴音が椿の木を愛おしげに見つめていた。

「思い出した。江戸時代だったっけ、古椿って妖怪のモチーフとしてよく描かれていたんだよな。コトリの家の庭先に本物の優しい妖怪がいて、コトリを助けてくれたってことなんだよな」
「そうだね。でも、私をどうして助けてくれたの?」
<カナシイカオ、ミタクナイノ>

 その椿の言葉を聞いて、琴音は、何だか色々と腑に落ちた。そんな椿の精霊が私の手に宿っているから、薬草珈琲で人助けをしたいと思うようになったんだ。そして、その精霊を全身に纏う明日香だからこそ、探偵ごっこで誰かのためになることをしたいと思うようになったんだ。

「ありがとうね、椿さん。」琴音は椿の葉をそっと撫でる。そして、私は私がすべきことを頑張ろうと思った。

「ねぇ二人とも、部屋に入って何か飲もうよ。美味しいのを淹れてあげるから」

 雲の間から光が差し込み、椿の緑が美しく深まる。辺りは眩しくなり、二人の発していた光はもはや見えない。

 琴音は凛と明日香の手をとり、三人で玄関の扉へと向かった。

『コトリとアスカの異聞奇譚 〜完〜』

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あとがき

本作品の作者、サトタケと申します。『コトリとアスカの異聞奇譚』を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

一作目『コトリの薬草珈琲店』に引き続き、奈良の魅力、薬草の面白さなどを伝えたいと思い、それらを物語として紡いできましたがいかがだったでしょうか。物語の中で紹介した色々なロケーションは、実際の奈良のスポットに因んでいます。機会があればその場を訪れて、奈良の魅力を楽しんでいただければと思います。

この物語の続きとなる、三作目もスタートしています。明日香が成人した、20年後の世界。明日香が植物の力を使いながら、色々な誰かのために活躍する物語群です。そちらもぜひ、お読みください。
三作目『アスカは明日も誰かのために』

一作目『コトリの薬草珈琲店』はこちらより

なお、本小説を気に入ってくださった方は、お知り合いにご紹介等いただけますと幸いです。いずれにせよ、また皆様とお会いできることを楽しみにしております。

2024年12月 サトタケ


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