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小説:コトリとアスカの異聞奇譚 7-5

 水曜日の昼過ぎ。明日香は首から下げた容器のサボテンで周囲の木々と対話をしながら先頭を歩く。その後ろを、琴音と凛が続く。曇り空が広がり、昼間なのに少し薄暗い。

 琴音に誘われた凛は会社を休み、子供を保育園に預けた上でこの場所まで来たのだった。目的地は祠のある辻だが、その道すがらも何か手掛かりがあればと、明日香に探ってもらっている。

 琴音が小さい頃の散歩は35年ほど前だったが、琴音が生まれる前となると40年以上前の話となり、その当時から生き続けている古木しかその記憶を持ち合わせていない。・・・しかし、そう言った古木との対話を通して、暁子が琴音の父とよくこのあたりを散歩していたことは分かった。

「でも、このあたりを散歩していた時も、コトリは植物と話しながら歩いてたんだろ?暁子さんも忍耐強く待っていたんだろうなぁ笑」
「そうだったのかも」
「でも、植物とばかり話をしていたコトリが、よくここまで人間らしくなったよなぁ」
「まぁ、二月堂で凛ちゃんを泣かしてしまったからね」
「あぁ。あの、寒かった日な笑」
「あの時はごめん」
「まぁそれで、コトリが成長できたならいいってことで笑」

 そんな風に7年ほど前の昔話を話しながら歩いていると、ようやく祠のある辻にたどり着いた。

 明日香が振り返って、琴音に問いかける。
「この木にアキコママのことを聞いたらいいの?」

「うん、この古い木にね。・・・あ、そうだ。明日香って、昔の暁子ママのこと、凛ちゃんにも見せてあげることってできる?」
「わからない」
「そうだね・・・。でも、もしかしたらってのがあるから、よかったら凛ちゃん、このサボテンの容器に一緒に手を重ねてもらってもいい?」
「これでいい?」

 次の瞬間、視界が一瞬、光で満たされ、古木が記憶している40年以上前の光景へと切り替わった。

 -----映像は途切れ途切れだったが、そこには確かにかつての母と父の姿があった。ただ、音は聞こえない、無音の映像。

 二人は歩いてこの辻まで来て、数分間ほど立ち止まって休憩することが多かった。ある時はお茶を飲み、またある時はサンドイッチのようなものを食べていた。何度もこの場所に来ていたのだろう。背景の四季も移り変わっていく。

 ある日、父が鞄から小さな箱を取り出し、跪いてそれを母へと差し出した。母は息を呑んでから、父に抱きついた。・・・ここから二人は本当の夫婦となったのだろう。

 <一番初めに父と母がここに来たのはいつなのだろう・・・>琴音が心の中で問いを発すると、映像はさらに古くなった。

 さらに若い頃の母・暁子が、暑い日差しの下で、祠の横に辛そうにしゃがみこんでいた。その近くを、若い頃の父が偶然通りかかった。ぐったりとしている母を見つけ、駆け寄る。父は母に水を与えてから、祠の横の涼しい木陰で辛抱強く介抱した。

 数十分後、父は母に肩を貸しながら、その場を後にした-----

 現実の視界へと戻ってから、いちばん初めに口を開いたのは凛だった。

「思い出したわ。暁子さん、この場所でご主人と出会って、プロポーズされたって言ってたわ」
「凛ちゃん、見えてたんだ」
「うん、そうみたい・・・。これってなんだか、文化財研究所でコトリと一緒に奈良時代にタイムトラベルした時と同じ感覚だったわ」
「確かに。そう言えば、あの時も一緒だったね」
「うん。それと今、もう一つ、思い出した。この場所でご主人と出会わなかったら、琴音も生まれてなかったかもって」
「そっか・・・。そんな素敵な出会いの場所だったんだね」

 琴音と凛は二人で感慨にふけっていたが、明日香の大きな声で改めて現実へと引き戻される。

「小さいコトリママ、手が光ってるよ?」

 サボテンを通して、明日香はまだ映像を見続けていたようだ。二人がサボテンの容器に手を重ねると、再び、古木の記憶へと意識が引き込まれる。

 -----祠の横で涙を流す母の隣で、小さな琴音が無表情のまま立ち尽くしていた。

 たぶん、父が亡くなった後なのだろう。見ているこちらも辛くなる。ただ、その横で寂しげに立つ琴音の手をよく見ると、かすかに光を発していた-----

 琴音はこの映像を見て、直感的に、これが自分が植物と話す能力を身に着けた瞬間だと悟った。そして、同じく直感的に、古椿がこのことについても知っているのではないかと思った。

「ねぇ、凛ちゃん、明日香。なんとなく、この時期に、私は植物と話せるようになった気がするの。家に帰って、椿の木に聞いてみようと思う」
「なるほど。ずっと昔からある、あの古椿だっけ?」
「そうそう。この場所のことも教えてくれた、あの古椿」
「分かった。家まで戻ろうぜ」

 三人は急いで元来た道を戻り、大きな椿のある、白壁の一軒家へと向かった。

※続きはこちらより


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