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小説:コトリとアスカの異聞奇譚 5-10
ヒロユキとの再会は、意外にも早く実現した。
日曜日の朝、葵が自宅で布団にくるまっていると、ヒロユキからメッセージが届く・・・リネ君を公園で見失っちゃった、と。
寝ぼけていた葵だったが飛び起きて、急いで頭をフル回転させ、直感的に琴音に連絡をとった。明日香に助けを求めたら良さそうだと思ったからだ。
ちょうど散歩にでも行こうと準備をしていた琴音と明日香だったので、じゃあ行くね、と車を出してくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
九条スポーツセンター。そこにある広々とした公園の中でリネ君を見失ったということで、公園内で待ち合わせることに。ローラー形式の長い滑り台が、少し傾斜のある草地の上に伸びている。その降り口あたりにヒロユキはいた。綺麗な銀髪なので、遠目からも分かりやすい。
「葵さん、琴音さん、すみません。こんなお休みの時に」
本当はヒロユキとただ会えるだけで嬉しかった葵だったが、まずはリネ君の捜索が優先されるので、その段取りの頭になった。
チラリと明日香が視界に入る。その表情は険しく、その視線の先にヒロユキがいた。まだ許してないんだと、一瞬、クスッとなる。
「じゃあ、手分けして探しましょう。琴音さんは、あちらの遊具のエリアで親子連れに聞き込みをしながら探してもらってもいいですか?私は明日香ちゃんをお借りしてもいいですか?あちらの水のあるあたりを探してみようと思います」
「オッケー。」そう言って琴音はすぐに遊具のほうへと向かった。
「葵さん、ありがとうございます。じゃあ、僕はもう一度、このあたりを探してみます」
「うん、よろしくお願いします」
葵は明日香の手を引きながら、してほしいことを手短に伝える。
「ねぇ、明日香ちゃんって、探偵さんだよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、あちらの小さな木があるところでリネ君を探してもらっていい?」
「いいよ!」
広々としたローラー滑り台の周辺は一人の目で十分。遊具のあるあたりは聞き込みをすればたくさんの人の目でカバーできる。一番厄介なのは低木の生い茂るエリアだ。でもそこは、植物との対話の得意な明日香の本領を発揮できる場でもあるだろう。葵はそう計算し、琴音やヒロユキに指示を行った訳だ。葵が頭を回転させた時に醸し出る雰囲気は、人に葵を信頼できる人だと思わせてしまうようだ。
久しぶりに、明日香ちゃんがしゃがみこんで植物を睨む姿を目にできた。可愛らしいと思いながら、改めてすごいと思う。この子はどんなことを感じながら毎日を生きているのかな?葵は明日香の秘密を少し知りたいと思った。また、この子はどんな大人になっていくんだろう。
明日香は少しずつ移動していくが、その方向はだんだんと定まってきた。多分、ビンゴだ。琴音さんやヒロユキさんには悪いけど、リネ君を見つけるのは明日香ちゃんだ。そう、葵は確信した。
やがて、明日香の大きな声が耳に響く。
「リネ君、見つけた!」
「明日香ちゃん、すごい。どこどこ?」
見ると、水の枯れた用水路のような場所で、リネ君は葉っぱに埋もれてモゾモゾとしていた。ここに来るまでの車の中でハリネズミの探し方を調べていたけど、その通り、葉っぱの下にいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「明日香ちゃん、リネ君を見つけてくれてありがとう」
「・・・」
ヒロユキは明日香に笑顔を見せるが、やはり明日香は気難しいままだった。
「明日香ちゃん、リネ君のことは好き?」
「好き」
「じゃあ、僕のことは?」
「嫌い」
ヒロユキはにっこりと笑い、同じ質問を繰り返す。
「リネ君は?」
「好き」
「僕は?」
「嫌い。」と言いながら、明日香はふと笑顔をこぼしてしまった。
「あれ、明日香ちゃん、笑ってるの?」
「嫌い嫌い嫌い嫌い!」
そう言いながら、ヒロユキによしよしされた明日香は、まんざらでもない笑顔を浮かべてしまっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく公園内でくつろいでから、四人は帰路に就くことにした。明日香が琴音の手を引いて、ぐんぐんと前へと進んでいく。
「また、会いましたね。」そう言いながら、改めて、葵は相手を意識して緊張してしまう。
「最近、葵さんの時間をちょっと奪い過ぎちゃったかなって思って、お誘いするの、控えたんです」
「そんな・・・」
全然、迷惑じゃないのに、と言いたかったが葵は言葉にできなかった。でも、次のヒロユキの言葉で、葵は再び希望のエネルギーを注ぎこまれる。
「そうだ。火曜日の晩、ライブがあるんですけど、お時間あったら来てもらってもいいですか?」
「うん、喜んで」
「あと、終わったら、楽屋まで来てもらってもいいですか?よかったら少しお話ししましょうよ。ちょっと片付けの時間だけお待たせしてしまうけど」
「うん、是非」
言葉は短く返答してしまったが、葵の心は温かな幸福で満たされた。
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