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小説:コトリとアスカの異聞奇譚 4-1
第四章「月見草の導き」
「今から、コトリママとお外へ行くの」
夜の20時。さぁ、お風呂にでも入ろうかという空気の中、5歳の明日香が声高らかに宣言する。何を言い出すか分からない我が娘の発言に慣れてはいるものの、終日の仕事に加えて夕食の準備もがっつりと行った琴音の身体は休息を求めていた。
「ねぇ、明日香。お散歩、明日じゃだめ?・・・お母さん、今日、疲れちゃってるんだけど」
「でも、あたし、コトリママとお外に行かなくちゃダメなんだもん」
「・・・分かった。じゃあ、お散歩、ちょっとだけだよ?」
「うん、いいよ」
こうなったらテコでも動かないことは承知しているので、琴音は諦めて娘の散歩に付き合うことにした。
「じゃあ、タク君、そんな訳で明日香と一緒に散歩に行ってくるよ・・・」
「はは・・・気を付けてね。お風呂の用意、しておくから」
夫と短い言葉を交わし、琴音と明日香の母娘は玄関の扉をくぐった。7月ということで夏の夜の暖かな空気が満ち始めているが、月の光が町を静かに照らして視覚的には涼しげである。よく見慣れた、曲がりくねった古い町並み。
「明日香、どっち行く?」
「こっちなの」
明日香はグイッと琴音の手をひき、迷わず進む。まぁ、こっちに進むと橋を越えて川沿いの涼しげな道を歩いて帰れるかな、なんて思いながら琴音は明日香に従って一歩を踏み出した。
琴音の想定通り、小さな橋へと差し掛かる。と、その端に、月夜に白く光る数輪の花が咲いていた。月見草かな?と琴音は思った。
明日香は母の手をパッと離し、月見草のほうへと駆け寄る。そして、その前にしゃがみこんだ。植物の言葉が分かる、琴音と明日香。明日香が道端の植物と会話を交わすのは、琴音にとっても日常的な光景だった。
「コトリママ、大人の男の人が泣いているんだって」
明日香の言葉に少し驚く。月見草は何を見聞きしたんだろう。そして、何を明日香に伝えたのだろう。
「明日香、このお花、何て言ってたの?もう少し詳しく教えてくれる?」
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