小説:コトリとアスカの異聞奇譚 2-9
月曜日から火曜日にかけて、葵は「何か新しいことをしたい」という衝動に駆られていた。日曜日に琴音に店長を任せたいと言ってもらえたことと、恐らく明日香が媒介となって体内に入ってきたタチアオイのエネルギー。それらが葵の身体を前へ進めと駆り立てていた。
火曜日、仕事を終えて、両親と食事をとって、すぐに自室へと籠る。紙を広げながら、ペンを片手に持つ。私にできること、何なんだろう。琴音さんにできないこと?もしそうなら、それは何?
ときじく薬草珈琲店のお客さんは大きく二つに分けられる。ひとつは、ただ普通のカフェとして利用するお客さん。もうひとつは、薬草に興味があるマニアックなお客さん。後者は、30代以上の女性が多い。琴音さんも、主にその客層を意識しているのだろうと思う。
じゃあ、私は?同級生だった友人を含め、知り合いは20代が多い。20代の彼女たちに身体の不調というのは、ちょっと興味を持ってもらえない気がする。彼女たちが困っていることは何?
社会に出たばかりの彼女たち。なかなか会社になじめず、苦労する話はよく聞かされる。上の世代の人たちと価値観が大きく違うらしい。そういう意味では、私は琴音さんと仕事ができてラッキーだったな。本当に素敵な大先輩。
いずれにしても、同世代の知り合いはメンタル面で問題を抱えているようだった。私の場合は人見知りだったけど。でも、琴音さんにアドバイスをもらってから、明日香ちゃんに花言葉のエネルギーをもらって・・・
「あ!」
葵は思わず声を出してしまった。・・・花言葉のエネルギーをみんなにも提供できたらいいのでは?
熱い衝動を腹の底に感じる。何か新しいことができそうな予感。次の日に琴音に相談しようと考えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「葵ちゃん、ありがとう。新しい取り組みを考えてくれて嬉しいです。」水曜日の晩に葵から少し話がしたいと相談を受けた琴音は、店のカウンターに座りながら葵の話を聞いた。
「あと、葵ちゃんだから正直に言うんだけど、その、明日香が植物と話ができるというのも本当です。ついでに言うと、私もだけど笑」
「ええっ、琴音さんもだったんですか?」
「うん。だから、明日香の行動も良く分かるんです。ただ、明日香のほうがその能力が高そうなんだけどね。花言葉のエネルギーを分け与えるっていうのは私も初めて知ったけど」
「そうなんですね。だったら・・・」
「うん、でも、ごめんなさい。明日香の能力は、あまり表沙汰にしたくないんです。・・・分かるよね?」
「いえ。・・・そりゃ、そうですよね・・・すみません」
「ううん、せっかくの素敵な発想なんだから、明日香を使わない形でアレンジしてもらえると嬉しいなって思って。ということで、葵ちゃん、もう少しだけ考えてくれないかな」
「はい、分かりました。・・・でも、こうやって、自分のしたいことを応援していただけるって、何というか、幸せなことなんですね」
「ふふ。そうだね。私もこの店を立ち上げる時に凛ちゃんが心から応援してくれて。あの応援があったから夢を実現できたんだと思う」
「・・・やっぱり、お二人の関係、素敵です」
「でも、葵ちゃんも、本当に明るくなったね。ぜひ、素敵な企画に仕上げてよ」
そんな琴音の言葉に勇気をもらい、葵は引き続き企画を練ることとした。
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