小説:コトリとアスカの異聞奇譚 2-12
夜の19時前。その寺の門は半開きとなっており、地面には和風の照明がぽつりと置かれている。照明は四角く、各面には和紙が貼られていてふすまを思い起こさせる。その一つの面にはイベントのロゴが描かれており、暗がりの中、背景の光がそのロゴを黒く浮かび上がらせている。
『花言葉ナイト ~Nacht der Floriographie~』
お寺にカタカナやドイツ語というアンマッチが、これから日常とかけ離れた異世界の時間が始まることを予感させる。
門をくぐると、指のマークの描かれた小さな照明が参加者のために設置されている。暗い寺の境内にぽつりぽつりと置かれている道しるべの灯。
会場となる講堂の蛍光灯は消えており、その中心に寺の門で使われていたものと同じタイプの和風照明が設置されている。その照明を取り囲むように、11脚の椅子が並べられている。
すでに10名の参加者は席に座っており、暗がりの中でスマホを見たり、おしゃべりをしたりしながらイベントが始まるのを待っていた。そして、琴音が最後の11人目の参加者を席に案内すると、葵は講堂の扉を閉めた。
「こほん。みなさん、では、全員が揃いましたので、始めますね~」
葵は11人の参加者に声をかける。それらの女性参加者はスマホを閉じたり姿勢を正したりしてから、葵のほうへと顔を向けた。
「改めて、みなさんこんばんは。私はときじく薬草珈琲店の関口葵と言います。本日は当店のイベントにご参加いただき、ありがとうございます」
葵の挨拶に、11名の参加者は礼や会釈で応じた。ただ、お互いに知り合っていない者同士ということもあり、彼女たちの表情は少し固い。
「今日は花言葉ナイトということで、花に花言葉のエネルギーをもらおうとうイベントなんですけど、私と店長の琴音さんを含めた13名で盛り上げていきたいと思いますので、ご協力をお願いいたします!」
葵はその言葉を言い切った瞬間に、<私、人前でこんなことを出来るようになったんだ>という誇らしい気分になった。琴音や明日香からもらったこの感覚が消えないように努力を続けたいと思う。
「まずは参加者同士で仲良くなりたいので、アイスブレイクのちょっとした遊びを楽しみたいと思います。『私はこう見えて実は・・・』ゲームで〜す。・・・これから1分間、みなさんには自分が話す内容を考えてもらいます。見かけによらない皆さんの秘密を、ぜひここでお話してください笑。同時に、その間に、くじを引いてもらいます。その順番に沿って、みなさんにお話ししてもらいますね」
そう言うと葵は11脚の椅子を回り、参加者にくじを引いてもらった。
「では、まず1番の方、どうぞ~。お名前の後に『私はこう見えて実は・・・』と続けてお話しください」
「はい。みなさん、こんにちは。私は西園寺と言います。このイベントを大学の時の友人から聞いて、京都から来ました。・・・私はこう見えて、めちゃくちゃ食べるんですよ。ラーメンとかいつも大盛にしてごはんまで頼んでしまって」
すると、誰かから「ぜんぜん太ってへんやん」「めっちゃ分かる~」といった反応がある。
「めっちゃ恥ずかしい笑。・・・ということで、本日はよろしくお願いします。」西園寺さんはそう締めくくった。
派手な服を着ていながら実は茶道が趣味、マンホールの写真を撮り続けている、社会人のように見えて実は無職、などなど。各人のちょっとした秘密が明かされるごとに参加者の笑顔は増していく。
11番目の発表者は先日カップルで来店して、人見知りの葵を動揺させた女性客だった。
「じゃあ、私で最後ですね。私は山科真帆と言います。よかったら真帆と呼んでください。・・・で、私なんですけど、実は彼との関係を再検討中です。ということで、本日はよろしくお願いします!」
即座に「え~」「何があったん?」といった反応がこだまする。それには返答せず、真帆は自分の椅子に座り直した。あんなに仲良さそうにしていたのにと、葵も不思議に思う。
そうしてアイスブレイクの時間は終わった。参加者を見渡すと、お隣同士で自然な会話が始まっている。講堂の隅に座る琴音と目が合うと、琴音は笑顔でうなづいてくれた。それを見て葵は、イベントがちゃんと進行していることを振り返ることができた。
アイスブレイクが終わると、いよいよ『花言葉ナイト ~Nacht der Floriographie~』の本番が始まる。
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