小説:コトリの薬草珈琲店 10-2
琴音たちは応接室のような部屋に通され、田端さんから席を勧められる。荷物を置いてから名刺を取り出して、交換。そして、今日の御礼にと薬草珈琲(粉)を田端さんに手渡した。
「お気遣いいただいて、ありがとうございます。・・・へぇ、薬草珈琲ですか」
「はい。国内で採れる薬草や薬木を気軽に楽しんでもらえたらって思って、薬草珈琲というコーヒーの飲み方を提案しているんです」
「凄いですねぇ。奈良時代でも一部の薬草や薬木は国内で採れていましたが、基本的には輸入に頼ってたからねぇ。基本的に庶民が気軽に使えるものではなかったんですよね。・・・このロゴもお洒落じゃないですか。」と、田端さんはパッケージのロゴを眺めながら感想を伝える。
「それ、うちの会社の男性デザイナーが作ったんですよ。」と凛が割り込む。「その子はこちらの琴音さんのことが好きなようで、随分と熱心にデザインしてましたけどね笑」
「ちょっと、凛ちゃん・・・」
「ははは。いいじゃないですか。公私混同して良い仕事ができるなら、全然結構。僕だって、こんな仕事、好きじゃないとやってられないからね。」と、そんな感じで田端さんがフォローしてくれた。
「でも、薬草などが気軽に使えないとなると、どうやって病気を治してたんですか?」と凛が素朴な質問を投げかける。
「うん。薬と当時の人が考えていたものと呪術の組み合わせが主流だったかもしれない。平城宮に勤める官人のために準備されていた典薬寮でさえも、医師や針師の他に呪禁博士も必要だと律令で定められていましたからね。今で言うところの薬草は貴重だったから、全ての人が使えていた訳ではないと思います。できものを蛭(ヒル)に吸わせて治したり、痔が治るお経を唱えて治していたりもしていました。また、木で作られた人型の人形に病気を移して治すという呪術的な治療も行っていたようですね」
「でも、役小角(えんのおずぬ)などは薬草木のキハダを使って陀羅尼助をつくってましたよね?」と、琴音も質問をはさむ。
「ええ。そのあたりのミックスなんでしょうね、実際は。その役小角の弟子の韓国広足という人間も典薬寮で働いてたんですよ。確か、典薬頭に就任していたと思います。・・・そうそう、当時は薬師如来ブームだったので、薬師信仰も病気の治癒に関係していたでしょうね。みんな、現世利益を求めて薬師如来さんを拝んでいたでしょう」
「仏像にもブームがあるんや笑」と、凛がクスッと笑う。
「ええ。続く平安時代の特に後期は阿弥陀如来ブームだったのに対して、奈良時代は薬師如来による現世利益の時代ですね。病気の平癒だけでなくて、財産を増やすことや昇進することなど、人々の色々な欲望を薬師如来さんは聞かされていたと思います」
「施薬院は機能していたんですか?」と、福田君も話題に参加する。
「施薬院は病気を治すというよりも、病人を看護する場という性格が強かったと言われています。一部、薬による治療がなされていたんだけど、もしかしたらちょっとした人体実験も兼ねていたのかもしれない・・・これは僕の推察ですけど。もしそれが正解だったなら、その人体実験から得られた情報は管理していた藤原家の知識的な財産になったんでしょうね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
研究所内にコーヒーサーバーやドリッパーがあるということで、手土産に持ってきた薬草珈琲を淹れることとなった。ドリッパーにペーパーフィルターをセットし、目分量で25gほど粉を入れる。琴音はこっそりと薬草珈琲の粉に「よろしくね」と声をかける。すると、コーヒー豆の欠片、薬草の粉末たちも淡く輝きながら<ヨロシク><オイシクネ>などと応えてくれた。
ケトルからお湯を注ぎ、粉全体にお湯を行きわたらせる。ドリッパーを軽く揺らしてから30秒ほど待つ。最後は少し勢いをつけてお湯を注ぎきる。目分量で2杯分ほどの湯量。その部屋に満ちていく薬草珈琲の香りに、田端さんが「いい香りですね」と笑顔を見せる。
田端さんと福田君に薬草珈琲を差し出してから、琴音は続けて自分と凛のための2杯を準備した。田端さんは薬草珈琲を口に含みながら「美味しいですね」と笑顔で感想を述べた。
「さっき、資料館で貴族の食事の展示を見たんですけど、昔の人たちも今の私たちと同じように美味しいものが好きだったんだなぁって思いました。人間の内面って古代から変わらないんでしょうかね。」と、凛が何気なしにつぶやく。
「笠原さん、良いクエスチョンですね。なかなか勾玉のお話に行けずにまた脱線してしまって申し訳ないんですけど、少し面白い話があるんですよ。」と、田端さんが話を広げる。
「奈良時代って、細かな制度は変わっていくんですけど、基本的には国が人民ひとりずつに土地を与えて税金を納めさせていた。その際に重要になるのが戸籍なんです。それは、6年毎に更新されていた。戸籍には当然、名前が記載されます。その制度の結果、人民は自分の名前を改めて認識しながら、自分の土地を持つこととなった。それは、人々が自分という存在に気づくきっかけになったのではないか、と思うんです・・・分かります?」
「自分という存在に気づくきっかけ・・・」と凛は、言葉をなぞらえる。
「うん。例えば、犬を想像してみてください。大好きなパパとママがいて、美味しいエサがあって、温かい寝床があって。犬が意識を向ける先に、犬、つまり自分自身がいない。案外、生き物って、自分の存在を意識しなくても幸せに生活できてしまうんですよね。その場合の死の恐怖って、もっと強い猛獣に嚙み殺されたら怖い、高い崖から落ちたら怖いという肉体の痛みに関するものに留まっているんですよ」
「なるほど・・・」福田君も頑張って話についていこうとしている。
「でも、奈良時代の制度によって、自分という存在を意識することとなる。その結果、死の恐怖に『自分自身という存在が消えてしまうこと』も加わったんじゃないかって思うんです」
「確かに、犬が「自分という存在がなくなるのが怖い」っていう風な怖がり方をしなさそうですもんね。」と、琴音も加わる。
「うん。奈良時代、人々は自分の存在に気づいて、死を「自分がいなくなること」として恐れるようになったって感じでまとめさせていただきましょうかね」
「なるほど・・・」「なるほど〜」ギリギリ理解できた三人は、脳をひと呼吸させる。
「もう一つは、特に平城京における話ですけど、例えば、さっき申し上げた通り、病気に対しても色々な解決策を選べるようになった。そして、何かを選ぶときって、人って理由を考えるでしょう?こっちの自動車のほうが燃費がいいから魅力的、でもこっちの自動車のデザインも捨てがたい・・・みたいな感じで。文化が蓄積することによって、何かを解決する時に色々な解決手段を比較検討したり、選択の理由を吟味できるようになった。何が言いたいかと言うと、それらの結果、人々の思考力が高まったんじゃないかって思うんです」
「なるほど・・・」また、福田君が、頭の中を整理しながらも理解の意を伝えた。
「奈良時代って、木簡の出現によって日本に文字文化が生まれた時代でもあるんです。文字を読むことで膨大な知識を頭に詰め込むことができる。あとは、例えば仏教の曼荼羅。曼荼羅は簡単に言えば仏の世界を描いた絵画なんですけど、人々はその曼荼羅を見ながら、仏の世界に思いを馳せたんです。仏の世界を語り合ったんです。文字だけでなく曼荼羅や仏像という造形物も知のアップデートに役立ったんじゃないかと考えられるんです。また、奈良時代にすごろくも流行ったんです。すごろくって戦略性が求められる遊びでしょう?すごろくで・・・」
「田端さん、田端さん。脳がパンクしそうです・・・」とうとう、福田君が悲鳴をあげた。凛もウンウンとうなづいて、同じ気持ちだということを示した。
「あ、申し訳ない。スイッチ入っちゃいましたね笑。まぁ簡単に振り返ると、笠原さんの『人間の内面は奈良時代の人々も現代人も同じなのか』というクエスチョンに対して、『奈良時代に人々の頭はアップデートして、死生観や思考能力も変化していった』と答えたかったということです。」そう言う田端さんの言葉に、三人はなるほどと深くうなづいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
話に区切りがついて、福田君はコーヒーの最後のひとしずくを口にする。田端さんは机の端に置いてあったモノを手元に引き寄せる。ひとつはノートパソコンだ。もう一つは布に包まれた何かだ。
田端さんが布を丁寧にほどくと、中から勾玉が現れた。もちろん、琴音の黒い勾玉だ。田端さんはそれを机の中央にスッと差し出してから、ノートパソコンの電源ボタンを押す。田端さんの顔は雑談をしていた時の穏やかな表情から、プロの面持ちへとかすかに変化した。それに呼応するように三人も姿勢を正して、真剣に話を聞く体勢となった。
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