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大病体験記 第1章「心地よい生」04

 晴れて自由の身となって10日ほど経った頃、彼は30分ほど車を走らせ、ぼたん桜で名高い一心寺を訪れた。
 失業保険や医療保険、年金保険、住民税などの失業にまつわる手続きを一通り終え、「昼間を拘束されずに過ごす」生活にも少しずつ慣れてきた。妻と娘には申し訳ないが、「ちょっとだけ、のんびりしようかな」という心持ちで、数か月は自由を満喫しようと彼は考えていた。

 それに、家にばかりいると、そして頻繁にタバコを吸いに戸外に出ていると、マンション(彼は所有者から部屋を借りている「店子」)の管理人さんと目が合っていけない。
 管理人さんはとてもいい人で、悪気は全くないのだが、働き盛りの男性(彼)が寝間着に近い格好で数時間に一度出てくる姿を見て、毎度かける言葉に困っている様子だ。仕事を辞めたという話は先日ちらっとしたのだが、何となく後ろめたい。
 ベランダで吸えるといいのだが、隣室や上の部屋から副流煙のクレームが来るので、彼のマンションではベランダ喫煙は禁止だった。

 そんな事情もあり、数日に一回は「インスタ用の写真でも撮りに外出しよう」という方針を立てた。一心寺「ぼたん桜祭り」は、そのツアーの第一弾だ。

 桜はやはり、川沿い、道沿い、境内の中など、かたまって咲いている姿がとりわけ美しい。
満足のいく撮れ高だった。一心寺が売り出し中の「萌えキャラ」との相性も素晴らしい。
 彼は、境内を散策しながら、「今のこの活動も、人生のインプットの一つなのかな」などとぼんやり考えていた。

 ミッションやゴールの無い行動。
 それに給料を払ってくれる組織はないが、心の満足度は極めて高い。
 その後も、滝、神社、温泉観光施設など、ひとりぼっちの名所ツアーは何度か催された。

 また、家にいると、妻も娘も気にしていないだろうが、「自分だけ何もしていない」という負い目が頭をよぎる。
 そこで、料理を作ったり、掃除をしたり、してみることにした。
 YouTubeの「リュウジのバズレシピ」や「エプロン」を観ながら、簡単レシピを自分の昼食用や、家族の夕食用に作る。瞬く間に彼の家の調味料ストックは充実した。
 「プラスチック容器は軽くて便利だが、洗う段になると陶器の方が汚れ落ちが良くて楽」といったちょっとした家事の知識も、「今まで気にしていなかったインプット」として、彼の経験値を上げてくれているような気がした。

 通勤時間帯を避けて、週に何度か「早朝ランニング」も始めてみた。
 走りながらのんびり頭を巡らせるのも、素晴らしい「人生の棚卸」だ。

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