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大病体験記 第2章「死という日常」06

 手術の翌朝、ベッドの電動傾斜調節機能の助けを借りて、彼は徐々に首を動かし、体位を変える術を体得した。
 開頭を経た自分の後頭部がどういう状態にあるのか、包帯をされているのでその時点では知る由もない。
 おそらくまだ傷口はふさがっていないだろう。無理に動かしたら開いてしまうかも知れない。そんな怖い体験はしたくなかった。

 おっかなびっくり、体の動きを数時間確認してみる。
 もちろんベッドに寝たままで。
 両手両足、それほど不便なく動かせるようだ。
 昼過ぎには、首を持ち上げ「座った状態」を達成できた。

 その後数日で彼は、おむつと尿道カテーテルを脱し、点滴を全て脱し、リハビリ病棟の4人部屋へと引っ越した。
 まあまあの回復ぶりだ。
 医師の問診を受け、麻痺の大まかな程度をテストしてもらう。
 入院直後に必要な、財布、携帯電話、充電、歯磨き、着替えなどの物資は、手術の承諾書にサインするため手術日に来ていた妻が持参しており、不便はなかった。

 そこからは、日常への復帰に向かい、怒涛のリハビリ生活が始まる。
 リハビリは、理学療法士のAさん、作業療法士のIさん、言語聴覚士のMさんに担当してもらい、一日に最低2種のメニューをこなす日程で行われた。
 立つ、座る、歩くなどの基本動作の回復を受け持つ理学療法士のAさんからは、歩行訓練、片足立ち、衰えた筋肉の強化などの指導を受けた。
 作業療法士のIさんからは、手の動き、握る動作、パソコン入力など、より生活に密着した動きの回復過程を見てもらった。彼の場合、左手の指先に違和感が残っていて、動作が緩慢になっていた。
 話す、聞く、食べるなどの機能を司る作業療法士のMさんには、主に滑舌の悪化からの回復訓練を受けた。

 リハビリ病棟の患者は、46歳の彼よりも高齢で、症状も重篤な方が多かった。
 彼が罹患した「小脳出血」等を含む「脳卒中」を発症し、手術を受けると、様々な後遺症が発現する。性格が変わったりすることもあるようだ。
 小脳出血の場合は、目まいに襲われたように、平衡感覚に重大な後遺症が残ることが多いらしいのだが、彼の場合、そこに甚大な後遺症はなかった。

 割と慌ただしい日々だった。
 食事の味の薄さには辟易したが、脳内出血の原因が動脈硬化であり、それを招いた主因が高血圧であり、そのまた要因が塩分の摂取過多とあっては、もはや「塩分の濃い食事」とは永久にお別れだろう。
 喫煙も、当然NGだ。

 これから、生活に様々な変化が避けられない。

 入院中に考えておくべきことも、多そうだ。

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