大病体験記 第3章「無より転じて」03
保育園の仕事にも慣れてきた11月後半、彼は中小企業支援の会社を立ち上げることにした。
保育園就職時、その旨は、法人理事長にもT園長にも伝えており、許可を得ていた。
中小企業支援の仕事は、あまりブランクを作らない方がいい。
勉強が途切れると、知識がすぐに劣化してしまう業界だ。
特に、補助金などの公的支援制度の情報は、「毎年変わる」と思っていた方がいいくらいコロコロと変わり、少し気を抜くと応募に時期を失してしまう。
そのため、彼は、求職期間中、どこかに再就職したとしても副業で中小企業支援業務ができる環境を希望していた。
会社設立は、それ程難しい作業ではない。
定款を作り、法務局にオンラインで会社設立登記申請を行う。
登録免許税を遠隔納付した後、登記簿謄本を入手し、税務署、都道府県、市町村、銀行などに必要な手続を行えば、会社の体裁は整う。
単身赴任先から、完全リモートで手続き可能だ。
さて、会社という器、どう作り、どう使おうか?
まず、資金規模。
2020年代、日本では、会社は自由に、好きな形で設立することができる。
初期の資本金の額も、昔のように最低300万円といった縛りはなく、1円からでもOKだ。
しかし、資本金が少なすぎると、早い段階から、代表者等から「借入」をしなければならず、それはそれで面倒だ。
彼は、経費支出のそれほど多くない経営コンサルタントという業態、そして最初の数年は売上が少ないだろうという見込を勘案し、資本金を30万円とした。
自分に給料(役員報酬)を払わず、税金や税理士などの最低限の必要経費を30万円程度と予測しての決定だ。
次に、会社のアイデンティティ。
社名は、「合同会社それがし」。
会社の存在意義を明文化する「経営理念」は、
「のびのびいこう
人生には 生きる価値がある」
とした。
自分が、将来の社員が、そして全ての関係者が、等しく自己実現を目指せる場でありたい、という願いを込めた。
病を得る前の彼にとって、会社設立は「自己実現フィールドの創設」だった。
それは、流石に、病気前後で、揺るがない。
46年間、懸命に生きた男が至った境地だ。
ころっと変わるものではない。
ただ、言葉の捉え方が、少し変わった。
「のびのび」という言葉の意味。
そして、生きる価値のある「人生」という言葉の意味。
病気を境に認識を新たにした、「自分らしく生きる」というイメージ。
それは、焦りとは無縁で、堅苦しさはなく、柔らかな肌感覚と温かさで彼を包んだ。