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[ショートショート06]滅亡請負人

私は外資系コンサルティング企業βに勤務するR。
B国本社から派遣された社長直属のプロジェクトメンバーだ。
 
与えられたミッションは、「日本再興」。
我が社のコンサルティング・ノウハウと、他事業とのシナジー、そして何より、日本で雇用する優秀な人材のアイデアで、過疎地の復興を目指す事業を展開している。
 
現在では、我が社がパイロット的に実施した過疎地再生事業が国・県の高い評価を受け、全国500か所で実施されるまでになった。
 
その内容は、多岐にわたる。
 
まず、医療。
人口の少ない過疎地では、診療所維持コストが医療費を大きく上回るため、どんどん診療所が減っている状況だった。
だが、過疎地だからと言って、最高の医療が受けられないのは不公平だ。
我が社では、本国で集約する治験データの収集とセットで地域医療を提供することでコストを回収できるため、人員・設備を豊富に地域に配備できた。

スタッフの充実した地域医療
(AIで生成)


次に、人の移動。
多くの住民が高齢化し、運転免許を返納している過疎地では、コミュニティバスなど、安価な移動手段を提供することが必須だ。
こうした利用者が少ない路線の運航は、間違いなく赤字となるため、民間では実施不可能と言われてきた。
しかし我が社では、高齢化先進国である日本の高齢者の活動動態調査とセットでコミュニティバス事業を捉えているため、高齢者のニーズを充足できるだけの便数のバスを運行することができた。

コミュニティバス
(AIで生成)


そして、物流。
毎日買い物に出ることが困難な高齢者に食料、日用品、薬品などを届けるには、「移動販売車」が必要だ。
この移動販売事業を実施しようとすると、車両運行コスト、余りものの廃棄コストなどを、住民に負担させるため販売価格を上げるか、自治体が負担するかのいずれかしか、体制を維持できなかった。実質持続不可能だ。
我が社では、比較的交通量の少ない地域での無人車両運行データの収集とセットでこの事業を実施するため、充分な便数、積載物資の質と量を確保しつつ、安価に住民に販売することができた。

移動販売車
(AIで生成)


最後に、「ラストワンマイル」問題。
住宅の点在する過疎地では、移動販売車の運行ルートですべての住民に物資を届けることが困難だ。
移動販売車の運行経路まで運んだ物資を、僻地の住民にドローンで届ける「ラストワンマイル事業」は、ドローンオペレーションの価格がなかなか下がってこない日本の現状では、黒字化は夢のまた夢であるように思われていた。
しかしながら我が社では、世界全体を緻密にドローン測量する事業とセットでこの事業を実施できるため、多くのドローンを飛ばし、顧客ニーズを充足するサービス提供は、むしろ歓迎すべきことだった。

ドローン輸送
(AIで生成)


こうした事情から、日本における過疎地再生事業は、我がβ社の独壇場となった。
この事業を支えてくれるのが、日本で中途採用したS氏。
彼は、採算度外視で地域のために「やる」ことを前提に事業を組み立てる熱いハートを持った優秀な人材だ。
彼はこの事業の浸透とともにメディアにもどんどん露出しており、国会議員選挙への出馬や、政権与党への参画、ひいては政策企画チームへの登用が打診されるなど、近々我が社の枠を超えて日本のために頑張ってくれるに違いない。

β社は地域で絶大な人気を誇る
(AIで生成)


まさに、夢のように進行する、、、
 
この茶番。
 
、、、いつも笑いをこらえるのに苦労している。
 
そう。
β社は、B国政府の息のかかったスパイ企業で、この事業の真の目的は、「日本の国力を削ぐこと」だ。
 
この事業の話題性に気を良くした日本政府と自治体は、事業費の1/2を国、4/1を県が負担する補助制度を創設してくれたのだ。
 
この事業にかかる費用は、1地域当たり、年額で約8億円。
うち1/2の4億円は国が補助。4/1の2億円は県が補助。残る2億円で事業を実施するβ社は黒字にならない範囲の収益は納付を免れる。
もちろん2億円も収益の上がる事業ではないが、トータルの収支は1か所辺り6千万円ほどの赤字にとどまった。
 
同種の事業を、我が社は全国500か所で実施中。
3百億円の赤字だが、国は2千億円、県も1千億円の赤字だ。
 
賢明な読者の皆さんはお気づきだと思うが、我が社が他事業とのシナジーを謳う「セット」というのは全てでっち上げで、3百億円の赤字は「本当に赤字」だ。
こんな事業スキーム、続くわけがない。
嘘をついておいて恐縮だが、信じてもらえるとは、正直思っていなかった。
 
さて、我が社の赤字だが、財源は、日本に匹敵する国家予算を持つB国だ。
3百億円の投資で、ライバル国に3千億円の無駄遣いをさせる。
日本は、毎年3千億円もの経費を、何の成果も残らない泡沫事業に浪費させ、イノベーションの機会を自ら奪っている。
悪くない取引だ。
 
そして更に好ましい事には、無能な馬鹿であるSがそのうち総理大臣になるかも知れないと来た。
馬鹿がトップに立った国は、驚くべきスピードで衰退する。
B国にとって誠に好ましい展開だ。
 
かつて日本は、世の中の事象から丁寧にデータを取り出し、未来を相当な精度で予測する厄介な人々で溢れていた。
だが今や、成功事例と聞くや否や思考を停止し、妄信してくれる御し易い連中ばかりの国になった。
 
昔この国の武将が言ったという言葉の正しさを、皮肉にもこの国の衰退が立証している。
 
人は城。
人は石垣。
人は堀。

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