大病体験記 第4章「そこに在る」03
中小企業支援専門家としての業務は、週3回のオフィス勤務の形態だった。
AIテクノロジーの導入、業務への活用について中小企業から相談を受け、県外の専門家の支援を受けつつ案件に伴走し、企業を成長に導く「プロジェクト・マネージャー」という仕事。
企業を訪問しての聞き取りや、専門家を交えたオンラインミーティングの実施、AI関連の地元事業者の紹介など、彼がこれまで従事してきた業務に近い内容を、
「お前の自由な発想でやっていい。報告だけちゃんとしてくれ。」
とO先輩が背中を押してくれた。
仕事のやり方を任せてくれる、というのは、職業人として最大の栄誉だと思う。
その分、その信頼に応えなくてはならない。
彼がこの受託事業に臨む背筋は、自然と伸びた。
また、今回の帰郷後は、彼の病気を心配した友人が食事に誘ってくれることもあった。
若い頃、一緒にバカ騒ぎをした仲間。
お互いにもう、昔のように飲んだり食べたりはできない。
と言いつつ、くぐった暖簾は、ホルモン焼きとホッピーがウリの大衆居酒屋だった。
彼らは役所時代の友人で、研修で、業務で、残業でいつも顔を合わせ、仕事が終わったら飲みに出ていた悪友だ。
今彼らは、立派な管理職になり、部下の育て方で悩んでいるらしい。
自分が投げ出した「人材育成」という重責に真摯に向き合う友人の姿は、彼には眩しく、また頼もしく映った。
道は違えど、頑張っている友人たち。
役所の上層部は激務だ。
「お互い健康に気を付けて頑張ろう!」
昔のように固い握手を交わし、別れた。
さて、退院後に習慣にしたウォーキングだが、もちろん地元に戻っても続けた。
主に出勤日でない日の朝、時間の許す日は1万歩を目指し、港近くの公園や河川敷を巡るお決まりのコースをゆっくりと歩く。
秋の声を聞いて久しく、もう紅葉も見頃かという季節。
その日は、少し雨がぱらついたため、傘を持って出かけた。
F市でのんびりと散歩を満喫していた日から、もう一年経ったか、、、
やはり思考を巡らすには、ウォーキングは、いい。
その日、雨が気持ちを誘ったのか、彼は少し感傷的になった。
急に終わりを迎えるかも知れない自分の人生と、家族、友人について。
手術の日に垣間見た思い出たちについて。
自分の人生に対する後悔のなさについて。
あの日の、そして数か月前の、妻の気持ちについて。
残りの日々の、過ごし方について。
偶然にも生を拾った彼には、それを考え、言葉にする猶予が与えられた。