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食事処の救世主(めしやのメシア)第2話

白く塗装を施されたスーパーカブは、割と普通だった。
「なんていう名前なんですか?」
「タケシホン号だって。お父ちゃんが付けたらしい。」
「なるほど、昭和ライダーリスペクトっすね。」
タケシは、平成仮面ライダー好きで、初期の作品もDVDを借りて全部見たクチだ。平成ライダー好きが高じて、昭和ライダーも一通り見ていた。
流石にカブの初代の持ち主たる「正義の味方で善い人」の作品は見ていないが、今度見てみよう。

ハンドル中心部の計器類の隅に、Tボタンはあった。
電池は10円玉で少しグリグリやらないと交換できないボタン式のもので、いわゆる「めんどくさいやつ」だ。
役割も分からないので、父娘が触らなかったのも頷けた。

「普通にカッコいいでしょ?」
ケイちゃんは、少し自慢げに笑った。

「ケイさん、、、
世界を救う戦いとかって、危ないじゃないですか。
何でケイさんが戦うんです?」
タケシは、素直に聞いてみた。
怖くないのだろうか?
自分なら、嫌だ。
めんどくさいし。

ケイちゃんは柔らかい表情のまま、こう答えた。
「世界のみんなの笑顔を守る!
私なんかにそれができるなら、やるよね。」

ケイちゃん、カッコ良過ぎます。
平成ライダーの初代ぐらいかっこいいです。

「そして何より、ヒカルの笑顔を守りたい。
ヒカルが笑ってお歌を歌っていられる世界を、私は守りたいの。」

「へ?」
タケシの反応は、いつも正直だ。
当惑して聞き返す。
「ヒカルって誰ですか?」
「娘よ、知らなかった?」
ヘルメットをかぶりながらせわしなく答えたケイちゃんは、颯爽とカブのキックスタートを1発で決めてみせた。

「じゃぁ、行ってくるね。6時までには戻るって、お父ちゃんに言っといて。」
カブはしばらく路地を走り、程なく31キロを超えたのだろう。
ぼんやりとした空間転移の渦が現れ、その中に消えていった。

すさまじい光景を見てしまったタケシ。
だが、彼の頭の中は、別の思考が支配していた。
「子ども、いたんすね、、、
 ってか、、、何歳?」

ガラガラガラ。
店に戻り、タケシはおやっさんに、ケイちゃんが転移したこと、6時までには戻れそうなことを告げた。
そして、肝心の質問を2つ、ぶつけてみる。

まず1つ目。
「何でおやっさんが行かないんすか?
世界を守る戦いとか、危ないっすよね!」

「いや、カブな。
昔、出前で乗ってたんだが、実はワシ、無免でな。
無免ライダーっていうヒーローがいるが、ワシもそれよ。
んでケイコの母ちゃんと結婚するときに、運転からは足を洗ったんだよ。
タケシホン号は、それ以来、バイトの奴が運転できる時だけ使わしてたんだ。」

「んで、ケイコが免許を取ってからは、時々出前を頼んだりしてた。」

「1年前の最初の戦いには、ケイコが勝手にカブに乗って行っちゃってな。
「あんまり危なくない」って言うもんだから、それからケイコに任せてるんだよ。」

おやっさんが無免許だったこと、そして「ワンパンマン」を見ていたことは軽い驚きだったが、「あんまり危なくない」というくだりで少し安心した。
でも、「あんまり危なくない戦い」ってどんなのだろう?
ケイちゃんが戻ったら、戦いの様子を詳しく聞いてみよう。

次に肝心の質問2つ目。
「ケイちゃん、子どもいるんすか?
てか、何歳なんすか?」

「おうっ!それな!
ケイコ、27歳なんよ。
23で結婚して、3歳になる娘の名前がヒカル。
お歌がとっても上手な、可愛い子でなぁ。」

「はぁ、結構サバ読んでますねー。何か理由あるんすかね?」
「あー、TikTokをやってるからよ。
「イケないチャンネル」とかいうらしい。
10代って言っといた方がフォロワー数伸びるんだと。
フォロワー数が100,061人とかって、結構人気あるらしいよ。」

なるほど、副収入(もしかするとメイン)がTikTokerか。
しかし、強目のサバ読みをものともしないケイちゃんのルックスには恐れ入る。

「タケシぃ、ケイコが戻ってくるまで、話、付き合ってくれや」
「僕でよければぜひ」
名前がタケシだから、おやっさんは僕にかまってくれたのかな、、、
おやっさんとタケシは、カウンターからテーブル席に移動し、座り直した。

◇◇◇◇◇◇◇

さて、ケイちゃんは、タケシホン号が31キロを突破して「ダメ、ゼッタイ、、、」の声を聞き、Tボタンを押して空間転移を果たした。
転移の先はいつも、数本の木が生え、雑草も少しばかり生い茂り、土管が3つ積まれた空地で、組織が「バトルフィールド」と呼ぶ場所だ。

そしてそこに待ちかまえているのは、世界転覆を企む組織のトップに君臨する三兄弟。

彼らは、志を同じくする多くの組織や秘密結社から注目される存在で、いずれリアルに世界を転覆せしめる存在として、畏敬を込め、「てんぷくトリオ」と呼ばれているらしい。

長兄 てん氏。
次兄 ぷく氏。
末弟 トリ氏。

なぜ、彼らは世界転覆を企むのか?
ケイちゃんは、最初に聞いてみた。
すると、てん氏のテンションが急に上がり、ものすごく早口に語り始めたのだという。
20代と思しき小太りで眼鏡をかけたてん氏は、顔をしかめて椅子に座り、手袋をはめ、その掌を前に組み、伏し目がちに、彼らが不本意ながら世界を転覆しなければならない理由を延々と語り続けた。

ケイちゃんにとってそれはめんどくさいだけの話だったので、最初からあまり聞いていなかった。その後、事あるごとにこの話になり、都度てん氏のテンションも爆上がりするのだが、ケイちゃんは毎回ほぼ聞いていない。
かわいそうだが、てん氏が長い時間をかけて構築した世界観は、今のところ、敵対勢力には全く理解されていなかった。

雑事全般を取り仕切るのは、トリ氏だ。
執事服に身を包み、長身、やせ型のやさ男。
ケイちゃんは一目見て、「こいつはモテる」と感じたらしい。
初めての戦い以降、チャーハンを3つ持参することが義務付けらており、バトルの前にトリオがそれを食すのだが、お代を払ったり、ビニールシートを敷いて簡易なちゃぶ台を置いたり、お茶を淹れたり、食器を洗ったりするのはトリ氏の役割だった。
「こいけ」を訪れ、挑戦状を渡していったのも彼だ。

ケイちゃんは一度トリ氏に、なぜチャーハンが必要なのか聞いてみたことがある。
トリ氏いわく、
「塩、胡椒、醤油、そして秘伝の粉が完璧に配合されたチャーハンを携えてスーパーカブに乗り、時速31キロを超えて、天からの「ダメ、ゼッタイ・・・」の声を聞いた瞬間にTボタンを押さなければ、空間転移は実現しない。」
のだそうだ。
挑戦状には、チャーハンのくだりはなかったのだが、売上も上がるし、まぁいい。

ぷく氏については、そのふっくらとした体形以外は、現在のところ謎に包まれている。
トリ氏いわく、ぷく氏は天才ゲームプログラマーで、割と有名なタイトルのゲームの制作にも携わっているらしい。
現在は、1か月程度集中して、エロゲーを制作しているとのことだ。
彼は、チャーハンを食べ終わると、戦いを見届けることもなく、バトルフィールドの隣の家にさっさと帰ってしまう。

食後、てん氏とケイちゃんで壮絶な戦いが繰り広げられるのだが、能力をいかんなく発揮するケイちゃんが、これまでのところ全勝している。

◇◇◇◇◇◇◇

「こいけ」店内では、おやっさんとタケシが雑談に花を咲かせていた。

「おやっさん、チャーハン、めっちゃ美味いっすよね。
何か美味く作るコツとか、あるんですか?」
「おうっ!それな。
まず、店と家庭じゃコンロの火力が違う。
バーっと入れてビヤーっと炒めることで、パラっと香ばしいチャーハンが出来るのよ。
こればっかりはご家庭ではマネできねーわなぁ。」
「後、調味料のバランスな。
塩、胡椒、醤油、そして秘伝の粉を、絶妙の比率で入れなくちゃ美味くなんない。
うちの店は先代からずーっと変わらない味付けだ。」
「やっぱ料理人ってすごいですね。
秘伝の粉ってのも、何かプロっぽいっす。」
「おうっ!秘伝の粉な。
あんまりまっすぐ言うとアレなんで言わないんだが、味の素だよ。
うま味が全然違うんでなぁ。
タケシぃ、家で料理するときも使った方がいいぜぃ。」

若者は時に職業人に対して過度のあこがれを抱きがちだが、割と単純に世の中が動いていることを知ると、「蛙化」してしまうケースもあると聞く。
しかし、料理人にとっては、「美味いものを作る」事こそが至上命題であり、体に有害であると公式に示されたものを使っていない限り、「美味い一皿」の追及の仕方は自由だ。
味の素を使おうが使うまいが、タケシにあの味は出せない。
蛙化するのは、おかしい。
と、眼前でめっちゃ酒を飲んでいる料理人に言われると、とある動画チャンネルが思い起こされ、妙に説得力があった。

タケシはその日、「こいけ」の大いなる秘密を、2つも知ってしまった。
世界を救っている件と、味の素を使っている件。

そして憧れの女性の衝撃の事実をも、知ってしまった。

ケイちゃんが帰ってきたら、今までどおり普通に話せるだろうか、、、

ドーン!

また店内が大きく揺れた。

「おやっさん、これ、世界の危機と関係あります?」

「ん?
あー、この音と、揺れな。
近くにドラッグストアが出来るらしくて、ボロアパートを取り壊してんのよ。
そのせいでここ3日ほど、騒がしいんだわ。
地球にピンチがやってきてる件とは、関係ねぇな。」

なるほど、ギャグ漫画というのは、色んな事を深く考える必要はないらしい。

(第3話へ続く)

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