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大病体験記 第3章「無より転じて」02

 秋晴れの10月1日、その日は、小学校の体育館を借りて、保育園の運動会が行われた。
 一生懸命に走り、ダンスする子どもたちと、見守りながらプログラム運営に気を配る園スタッフ、そして子どもの成長を満足げに見つめる親御さんたちの姿に触れ、彼は感動のあまり不覚にも泣きそうになった。
 良い現場は、良いイベントを作る。
 それは、彼が社会人経験を通じて感じていたことだ。
 イベント運営は、急ごしらえで完成度を上げられるものではない。
 ディレクターの俯瞰する姿勢、企画者と実施者の意思疎通、トイレなど細部に至る配慮、トラブル対応のイメージと当日の機転、、、すべて、日ごろの現場を映す鏡だ。
 一か月園を見てきて、彼はT園長率いるこのチームの実力に、心から感服するとともに、その一員として受け入れてもらえている幸せを感じた。

 さて、単身赴任開始後の彼の私生活にも、触れておかねばなるまい。

 入院時の生活指導で、食については、厳格な規律が設けられた。
 1日の塩分摂取目標、6g。
 読者の皆さん、コンビニ弁当やカップ麺、スナック菓子等の塩分量をご確認いただきたい。
 6gは、余程気を配らなければ、達成不能だ。
 彼の場合は幸運な事に、「バランスの取れた昼食」つまり給食が与えられていた。
 栄養バランスはほぼ給食に依存し、朝食はサラダ、夕食は軽めのご飯+おかず一品、という「塩分重視食生活」を彼は選択した。
 一般の方には物足りないかも知れないが、「やらないと死ぬ」と言われると、人間、何でもできるものだ。
 彼はその後約1年、その食生活を継続した。

 また、血圧を上げ過ぎない適度な運動として、仕事が休みの日はほぼ毎日、1万歩を目標にウォーキングを行った。
 これが、気分転換にもなり、風景も楽しめ、考え事もできる、いいことづくめの新習慣だった。

 秋の清涼な風を感じながら、道端や公園に咲く彼岸花、金木犀、コスモスなどの季節の花々を愛で、以前やっていたランニングよりも数段落ち着いた心持ちで思考を巡らせる。
「こんなのびのびした時間の流し方もあるんだな」
 つい4~5か月前、のんびり人生の棚卸を満喫していたはずの男が、数か月後、全く違う境地に立っている。

「・・・そうなんだろう。」
「あの頃の自分は、のびのびした気になっていただけなのかも知れない」
「のびのびしたフリをしていただけなのかも知れない」

あの日々に、足りていなかったパズルのピース、、、

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