探し物がわからない男
私の探し物はなんですか?
あ~時間がない、早く取材いかなきゃ。
ちょっと待った。さっき、オレ何かやっておかなきゃって、強烈に思ったよな。なんだっけ?たしか、昨夜もやっておこうとして忘れたんだ。
いったい、なんだったんだ……やっておかないと大変なことになる気がする。
外へ出たついでに買ってくるものがあったのかな。薬局?トイレットペーパーならまだある。シャンプー、リンス、石鹸……大丈夫だ。じゃあ、なんなんだ?
たいしたモノじゃないのかな、こんなに思い出せないなんて。だけど、すごく必要なもの、きっと。それってなあに?くそっ、ひとりナゾナゾやってる場合か。わからない、ダメだ。もう時間がないぞ!
あ、粗大ごみに出すシール買ってないんだ!カラーボックスと別れた女が置いて行ったネコのゲージ、200円ずつだっけ?
しかし、すぐにゴミになるものをどうして買うんだろうな、まったく。そういう浪費グセも合わない原因だったんだよ……あ、また、過去を逡巡するのはよそう。
おい、オレ!中山きんに君か。今、そんなこと考える場合じゃない。粗大ごみのシールじゃ、こんなに本能で危機感を感じないはずだ!
ドサドサッ!
くそ!こんなときに取り込んだ洗濯物が落ちてきた。ちゃんとタンスにしまわないで、ソフトクリーム状に積み上げてるからだよ、もう。
だから、オレは何をするんだっけ?やるべきことが思い出せない!でも、このまま出かけると、あとで絶対たいへんな思いをするんだ。これはまちがいないんだ。
日常生活からヒントを見つけろ
あ、爪が伸びてる!これか?ほったらかしたまま折れたり、割れたりすると、「切っときゃよかった」って後悔するだろ。
そうそう、なにかのきっかけでめくれあがって、イタキモチいいの反対でイタゾッとするような、あの感覚、オレは大キライなんだ。
これだ!いや、これか?今切るの、めんどくさいなあ。時間もないし。いつもこんな調子で引き伸ばして、結局、夜に切るんだよ。
「夜に爪を切るのはよくない」なんて迷信を思い出しながら、内心びくびくしてさ。まあいい、この機会だ、今日こそ急いで昼間に切っておこう。
この爪切り、とばないようにプラスチックのカバーついてるけど、これ隙間から微妙に落ちるんだよなあ。いちおう新聞をひろげて……センチュリー21の広告?
そういえば、こことドトールの看板の色づかいは似てる。どうでもいいけど気になるな。ああ、またどうでもいい。だからなんだっけ、買わなきゃいけないものは。思い出せ、もう時間がないぞ!
あ、くそっ、蚊に食われた!こんなときに!しかも、手の人差し指と薬指のあいだのところ。いちばんかゆいんだ、かきにくいし!くそっ、もっと平らなところを狙えよ!
テレビ欄は……あれ、今夜はサッカー日本代表の試合か。そうか、これだ!これだったんだ!
録画予約しておくんだった。そうか、これか!よし、セット完了!出発!
あれ?今度は出がけに靴べらが折れた。イヤな予感。そういえば、「心が折れる」って表現、気持ち悪くてイヤだな。心を物質的にとらえるのが、オレの感覚ではイヤなんだな。
早くオチへいけ!
オレはなにを言ってるんだ。読者だって飽きてくるぞ。早く伏線を回収しろ。それにしても、靴べらがないと、ほんと指痛いなあ。足だけでもきつい靴なのに指まで突っ込んでるんだから、指が抜けなくなるのは当たりまえだよな。
痛っ!はあ、とにかく入った。あ、ここでトイレ行きたくなった。なんで靴履いてからなんだよ。もういいや、駅で済ませよう。
でも、ほんとうにサッカーの試合を録画するのが、やるべきことだったんだろうか。いや、だいじょうぶ、だいじょうぶ。今日は時間かけて考えたんだから。
数時間後の取材先。
取材相手の話を聞くため、シャープペンを取り出す。ノックして芯を出そうとするが、いつまでたっても出てこない。
芯切れだ。
商売道具を買っておくんだったのか……。呆然とする目の前で、取材相手が立身出世の経営論を早口でまくしたてている。
背筋を詰めたい汗が流れていく。
完