東京出張と家系ラーメン
初めて家系ラーメンを食べたのは大阪で、大学に入ってからだった。
沖縄には家系ラーメンの店があまりないが、明らかに増えてきている。
(どこがどこの系統だとかは全く知らない。家系っぽいな~と思っているだけのところも多分あると思う)
少なくとも、高校時代は家系ラーメンの店はおろか、存在も知らなかった。
一度知ってからは、多くの男子大学生と同じくすっかり虜になり、10年経った今でも飯を食うとなるとまず候補として浮かぶ。
大学前の店よりうまい店は沖縄でまだ出会っていないが、それでも家系ラーメンはうまい。夜中に食べるともうね。
家系ラーメンを食べると思い出すのはその大学前の店なんだが、去年もう1件忘れられない出来事があった。
1年半くらい前、1週間ほどの東京出張があった。
新宿駅南口近くのカプセルホテルに泊まっていたが、いかんせん仕事が終わるのは大体22時過ぎ。
その時間から東京で食べたいものも元気も特になく、人と一緒に行かない時はそこそこで済ませていた。
最後の日かその前の夜、さすがにせっかくだしラーメンでも食べるかと思い、Googleマップで近場のラーメン屋を探し、ホテルからさらに新宿駅に近い家系ラーメンの店へ向かった。
せっかくだし、で食べるのが家系ラーメンなことに知見と金のなさがあらわれる。
一度ホテルで着替えて時間は23時半ごろ。5分も歩かず店に着く。
店のドアはあけっぱなしで、ドアのすぐ横にあった食券機で定番ぽいやつと白飯を買った(東京は現金が使えない食券機が結構あって、沖縄との文明の差を感じる。)。
ザ・家系という感じの店名のフォントと看板(店名は忘れた)、久しぶりの家系ということと出張の疲れもあいまって、ひそかに心をおどらせていたが、食券を店員に渡す時点で気づいた。
この店、全然回ってないっぽいぞ・・・!?
おれの他にカウンターの客が5、6人、団体が3、4組で10人ほど。
店のキャパからすると7割くらいという感じ。
食い始めてるのは団体1組とカウンターの2人ほど。
それに対して、店員はどうみてもアルバイトの兄ちゃん1人だった。
20歳くらいでどちらかというと陽キャぽい、くらいの兄ちゃんだったが、泣きそうな顔でバタバタと作業をしている。
カウンターには前の客のどんぶりが下げられず残っていた。
他のバイトが急に休んだんだろう。可哀想にと思いながらおれが待っている間にも、その兄ちゃんにとってのピンチはどんどん悪化していった。
どう見ても回っていない様子を見て、終電に間に合わないと判断した客は、注文をキャンセルして帰って行った。
おれの後から兄ちゃんがもう閉店だと判断するまでにきた客に対しては、兄ちゃんから時間がかかるので終電に間に合わないと思うという旨を泣きそうになりながら伝えていた。
みんな怪訝そうな顔をしていたが、帰った人も含め、兄ちゃんを表立って責める客は一人もいなかった。兄ちゃんが最大の被害者なのは火を見るより明らかだった。
加えて食券機が壊れたのか兄ちゃんがてんぱっていたのか、オーダーミスを続けておこしていた。ただでさえ把握しきれていなさそうなのに、キャンセルも発生して順番がぐちゃぐちゃ。もうしっちゃかめっちゃかである。
兄ちゃんはおれを含めまだ調理をしていない客に、終電には間に合わない報告と、注文の再確認をする羽目になっていた。
おれはなるべく敵意がないことが兄ちゃんに伝わるように、自分が頼んだメニューと終電を気にしなくていい旨を伝えた。
結局、その兄ちゃんの悲痛な確認を経てなお店に残ったのはおれと大学生くらいの男女4人の1テーブルだけになっていた。
おれが食い始めて少ししたくらいで、大学生のグループが食い終わったようだった。
さすがに落ち着きを取り戻し始めた兄ちゃんが、帰る大学生たちに律儀に謝りに行った時、客の方の男(こっちも陽キャぽい)が満面の笑みで言った。
「めっちゃうまかったっす!!おにいさんおつかれっす!!」
一緒にいた女の子はそいつがいじりで言ってると思ったのか、ちょっと、、みたいな感じだったのだが、少なくともおれには全力のねぎらいに聞こえた。あれほど気持ちいいおつかれっすはなかなか聞いたことがない。
兄ちゃんはまた遠慮がちに、ただ深く頭をさげて、片付けに戻って行った。
正直味だけでいうと普通の家系ラーメンだったが、確かにそのラーメンはめっちゃうまかった。
最後の客になった俺にも、兄ちゃんは頭を下げてくれた。
絶対に自分のせいでこんな状況になったんではないだろうに。
おれはできる限り心を込めてご馳走様を伝えて店を出た。
兄ちゃんにとっては最悪なバイトの日としだったろうが、おれにとっては出張のなんだか悪くない思い出として、家系ラーメンを食べるたびに思い起こす出来事になった。
あの店に行くことも兄ちゃんに会うこともないだろうし、あんなことがあって働き続けてることはないと思うが、あの兄ちゃんには幸せになっていてほしい。