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Inversion#3「各自、押せる壁を押せ」(ゲスト:田中一徳)
(※本記事は無料です。下部に課金特典あり)
ロイ・ハーグローヴ(Roy Hargrove)やエリカ・バドゥ(ERYKAH BADU)が才能を育み、近年ではスナーキー・パピー(Snarky Puppy)の結成地としても知られるテキサス州ダラス。このジャズ的に注目のエリアで単身活動する日本人トランぺッターがいる。それが田中一徳、37歳だ。
氷川きよしのバックバンドやGENTLE FOREST JAZZ BANDなどで演奏をしていたが、一念発起して米国へ。エリカのバックバンドであるRC&ザ・グリッツ(RC & the Gritz)などに参加し、現在では2年連続で「ダラス・エンタテイメント・アワード」のベスト・トランペット部門を受賞する存在となっている。
もはやダラス音楽の真髄を知る日本人は彼の他にはいない。そこで一時帰国中の田中を直撃。現地の音楽シーンだけでなく政権が変わり激動するアメリカで感じることを語ってもらった。
(取材/写真:小池直也)
ダラスの音楽とは?
――田中さんは父親もトランぺッターなんですよね。
渡辺貞夫さんのリハーサルオーケストラなどで演奏したり、色々なアーティストのツアー仕事もしてたみたいです。僕は父から「バンドマンになるな。仕事をしろ」と言われながら育ちました。自身も昔アメリカ移住を考えた時期があったようですね。祖父母が非協力的で諦めたとか。
――渡米のきっかけは?
大学時代は国立音楽大学ニュータイド・ジャズ・オーケストラに参加し、日本から出る前は氷川きよしさんのバックバンドでツアーを回ってました。ひと回りもふた回りも上の先輩方のなかに入って、勉強しているなかで古いスウィングスタイルを学べてよかったと今は思います。
アメリカに行くきっかけになったのは、2011年の10月頃に伝説的なトランペット奏者のウェイン・バージェロン(Wayne Bergeron)に会いにLAまで行ったこと。向こうのスタジオ録音なども見学させてもらう機会をもらうなどして、米国で時間を過ごしたいなと思うようになりました。それから2014年にROTH BART BARONのアメリカツアーへ帯同して帰国後、いよいよ移住しようかなと。
――なぜアメリカでもダラスへ行かれたのですか。
やりたい音楽に近い場所にいたかったんです。それがたまたまダラスだった。あとは物価が低かったのも大きかったですね。最初は「やっていけるかな?」と不安でしたが「語学学校を試しに1学期だけ通ってみて、ダメだったら帰って来よう」という感じでした。
でも友達がだんだんと増えて、結局ノース・テキサス大学(UNT)の大学院に入学。ビッグバンドが有名で10バンドくらいあるんですよ。ちょうど僕が入学した時はチューバの東方洸介さん、ドラムスの北沢大樹さんが在学していました。それ以来ずっと滞在を延長し続けているような感じです。
ダラスのミュージシャンはチャーチ(教会)で演奏しながら一緒に育つ人が多いですね。僕はやっと10年目なんですけど、そこに急に入るのはなかなか大変。こちらで活動している日本人は僕だけなので、LAに遊びに行くと日本人ミュージシャンが多くて不思議です(笑)。
――ダラスではどんな音楽が演奏されているのでしょう?
ファンクやフュージョン、R&Bをはじめ、ニューオーリンズに近いのとロイ・ハーグローヴの出身地だからかジャズも演奏されます。そこらじゅうでR&Bやネオソウルのジャムセッションが開催されているのも特徴。
また近い距離にあるフォートワースはシダー・ウォルトン、近所のオースティンはケニー・ドーハムの出身地なんです。「DFWメトロプレックス(ダラス・フォートワース複合都市圏)」と呼ばれますが、音楽的にも相互に関係がある。
でもダラスからデントン(テキサス)までの1時間で音楽的言語が全然違うんですよ。UNTには譜面が読めて楽器の上手いジャズ出身の人が、ダラスには譜面が読めなくても耳でどんな音楽にも合わせられるプレイヤーがいる。そう考えるとスナーキー・パピーはUNTやダラス、チャーチの音楽を混ぜた功績がありますね。
――生前のロイ・ハーグローヴに会ったことはあります?
会ったことはありませんが、彼のビッグバンドとクインテット、RHファクターを全部見た人は現地では少ないです。それが観れた東京は改めてすごい場所だなと思いました。
――田中さんはエリカ・バドゥのバックバンド、RC&ザ・グリッツ(RC & the Gritz)にも参加されてますが、実際に接したエリカ・バドゥはどんな人でした?
エリカ・バドゥはロイと同じ芸術学校、ブッカーT・ワシントン高校の出身。そこで僕はトランペットを教えていて、ニューオーリンズのセカンドライン文化を広めるプロジェクト「ニューオーリンズ・オリジナル・バックショップ(New Orleans Original Buckshop)」を主宰するミシェル・ギブソン(Michelle N. Gibson)はダンスの先生をしています。
その彼女が2020年、エリカの誕生日ライブの最初に演奏されるファンファーレを演奏する機会をくれました。東京から来た奴があのステージで吹けるなんて光栄ですよ。エリカもブッカーT・ワシントン高校の生徒が作った衣装を着て、若い人にチャンスを与えてましたね。その次の年はハリウッドボウルのオープニングアクトにも参加させてもらって。引き上げてくれる土壌があることが素晴らしい。
――RC&ザ・グリッツのリーダーであるRC・ウィリアムズ(RC Williams)は、ジャムセッションを長年続けているとか。
彼はジャムセッションをカルチャーのひとつとして扱い、もう15年くらい続けているんです。今は毎月第1金曜日にメイカーズ・ジム(Makers Gym)という新しいスペースでやっていて。色々な人が来ては「この曲やりたい」と言うので普通は大変なのですが、1分半くらい彼が聴くともう演奏できるんですよ(笑)。
シンガーソングライターでオリジナル曲を持ってきたり、iPhoneでビートを流しながら歌う人もいますが、彼らの演奏が終わってから同じ曲を生バンドで再現してジャムセッションしたり。そんな面白いハプニングが毎回起こるんです。
みんなで地元を盛り上げる
――先日「ダラス・エンタテイメント・アワード(Dallas Entertainment Award)」のベスト・トランペット部門を2年連続で受賞したとInstagramに投稿されていましたが、あれはどんな賞なのですか。
去年Dezi 5というシンガーが立ち上げた、ミュージシャンだけでなくエンタテイメント全般を表栄するアワードです。プロデューサーやサウンドエンジニア、ライブハウス、バーテンダーなどカルチャーに貢献した人にスポットが当てられます。
カルチャーハブになっているフリーマン(The Free Man)というレストランも「Best Live Venue Under 300 Capacity」に選ばれていました。一晩に4バンドも出るので経営が心配になる店ですが(笑)、あの場所でプレイヤーがハングアウトしてカルチャーが生まれていく。僕のバンドは今火曜日の19時から22時まで基本的に伝統的なジャズを演奏しています。
――あまり日本では見られないコンセプトの賞だと思いますが、それはカルチャーへのリスペクトが背景にある?
「みんなで地元を盛り上げていこう」という気持ちで、それぞれが文化を育むために努力する姿を目の前で見てます。それに加えて、英語もろくに話せない僕を助けてくれたり、急に行っても「吹いてみる?」と言ってくれる優しさがある。助け合いの精神ですよね。
移り住んだばかりの時は、ジョナサン・モネス(Jonathan Mones)から「ダラスで活動するんだったら、ディープ・エルム(Deep Ellum)に学校が終わった後に毎日行って、みんなと仲良くするんだよ」と教えてもらいました。そのおかげで今がありますよ。最近は自分がそれを下の世代の人に教えてあげていて、面白いなと思います。
多分、彼らも多分そうやって育ったはずなんですよ。ゴスペルシンガーのカーク・フランクリン(Kirk Franklin)もダラスとフォートワースの間にあるアーリントンに住んでいて、若いミュージシャンを起用していますし、みんな同じ。ロイも伝記映画で発言していましたが「線の真ん中に今自分がいて、その前と先を繋いでいる」という感じ。
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――田中さんの話を聞いていると、ここまでSNSに関するトピックがほとんどないですね。人間同士の血の通った交流が現場で行われていることが素敵だなと思います。
コロナ禍を経て思うことですが、最終的に音楽のクオリティよりも「集まって何かをすること」が大事なのかなと感じます。その時は何も起きなくても次の未来が変わる可能性がある。強いて言えば、そこにバジェットが付いてくるといいですよね。アメリカではグラント(補助金)を申請する書き方を勉強したりもしてます。
この前ライブでギャラが300ドルでチップが200ドルも入っていたことがありましたね。メンバーは6人くらいだったので、1000ドル(約15万円)以上がチップとして入っている。そこに日本との意識の違いはあるのかもしれません。
Jフュージョンのリバイバル
――日本といえば、昨今のシティポップリバイバルやゲームの影響だと思うのですが、90年代のJフュージョンに注目する海外のミュージシャンが増えました。これを同じ日本人としてどう見ています? 私世代は当時の日本産フュージョンに苦手意識を持つジャズ奏者もいたので、随分と価値観が変わったなと感じますが。
ちょうど先日、サックス奏者のサム・グリーンフィールド(Sam Greenfield)がライブのMCで「今から『マリオカート』の曲をやるけど、このルーツを知ってる? 90年代のJフュージョンなんだよ!」と熱く話していました(笑)。
東京に移住したがっている友達からもDIMENSION・勝田一樹さんや元T-SQUARE・宮崎隆睦さんの名前が挙がることがあります。面白いジャンルですよね。世界で注目されるくらいの個性的な音楽だし、個人的には嬉しいです。
世界的なビデオゲームやアニメ人気。そこにシティポップリバイバルが重なり、Jフュージョン再考を促した。勝田一樹や本多雅人のサックスソロを多くの若手米国人プレイヤーがコピーする世界線に我々は生きている。
――80~90年代はアメリカのジャズミュージシャンがJポップのレコーディングに参加してましたね。好景気でバジェットがあったことも要因だと思いますが。
80年代の日本の音楽はトランペット史的にみると、マイケル・ジャクソン「スリラー」などでホーンアレンジを務めたジェリー・ヘイ(Jerry Hey)が松任谷由実さんや角松敏生さんらとコラボレーションしていた時期があるんですよ。そういうことが現代でも起きたらいいなと思ってますね。
最近でいうと去年、ラーメン屋の娘の友達が「新しい学校のリーダーズ(ATARASHII GAKKO!)のライブ「World Tour Part II」のダラス公演が盛り上がってた」と言ってました。めっちゃ流行っているみたい。
シティポップ以降、日本のポップスとアメリカのジャズシーンの結びつきは深かった。田中が指摘した松任谷由実や角松敏生をはじめ、極点に達したのは90年代のSMAPだろう。また宇多田ヒカル「First Love」シングル版にはデヴィッド・サンポーンが客演したリミックスがひっそりと収録されている。
――日本人のプレイヤーとの交流はあります?
佐瀬悠輔さん、石川広行さん、寺久保伶矢さんは大好きです。村上基さん、佐々木史郎さん、エリック・ミヤシロさんも最高。そして類家心平さんは別格ですよね。1回お会いした時に「デタラメなんだけどね」と言ってましたが(笑)、そうだとしても瞬間瞬間の判断の仕方がすごい。
またドラマーの竹村仁君はダラスに来たことがあるらしいです。RC&ザ・グリッツのドラムス、クリオン・エドワーズ(Cleon Edwards)が大好きでコピーしてたみたいなんですよ。そのプレイを見た本人が「昔ああいう演奏をしていたけど、今はやろうと思わない。あれをプレイしようと思う若さが怖い。すごい」と驚いていました。
エフェクター/第二次トランプ政権について
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――田中さんはエフェクター使用にも力を入れていますね。最近は管楽器にエフェクターを組み合わせるのが普通になりました。これについても教えてください。
アーリントンでサックス奏者のダグラス・レヴィン(Douglas Levin)が、LAに住んでいるトランぺッターのアーロン・ジェニック(Aaron Janik)と共同で「HornFX」というコンテンツを作っているんです。
ダグは管楽器のエフェクトについての教育を行っていて、彼のもとにプレイヤーが勉強や質問をしに集まっています。彼らは管楽器の中で集音する「Intramic」の開発者。トランペット版も制作しているんですよ。
――「Intramic」、サックスの場合はネックに仕込む分、持ち替えでマイクを付け直さないといけないのが大変だという話もあります。フランスで制作されているものだと思っていました。
販売はヨーロッパみたいですね。でも開発したのは彼らです。
「管楽器×エフェクト」目線で開発された「Intramic」が実際に使用されている例。アンサンブル中だとマイクが他の楽器の音を拾ってしまう。しかし楽器内部で集音することにより、エフェクトにピュアな楽器音を乗せやすい。この発想は70年代の「Varitone」システムを彷彿とさせる。
――そして第二次トランプ政権になってから、周りのミュージシャンたちの様子はいかがです?
センシティブな話題なので政治について話し合うことは少ないですね。興味ある人は発信すればいいと思います。選挙でカマラ・ハリスを推している人は多かったけど、負けてシュンとしてましたね。また僕の立場を考えてか「トランプが勝ってよかった」と言う人もいませんでした。
ただ政権が変わったことで僕らミュージシャンの実生活に何かを及ぼすかと言われたら、そういうこともなくて。クリスチャン・マクブライド(Christian McBride)は民主党の政治資金パーティをやってましたけど。
――政治思想的には色々ありつつも、みんなで文化を盛り上げようとする空気は素晴らしいと思います。
そうですね。みんなで押せる壁を押すことが大事。それに僕は人が好きというか、コミュニケーションが好きなんですよ。ただダラスはみんな優しくて居心地がいいんですけど、そろそろ自分がサポートをしてもらった分を返していくこともしていければ。
僕は東京出身なので、ダラスの人々みたいに「東京を盛り上げたい」という想いも湧いてきました。単純に東京も楽しそうだし。ビザの懸念もありつつ、少しずつ日本で演奏する回数を増やせたらいいなと思ってます。
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田中一徳(たなか・かずのり)
東京生まれ。国立音楽大学卒業後に氷川きよしのツアー、スタジオワーク、ライブサポートなどを経てUniversity of North Texas大学院に留学。在学中はOne O’Clock Lab Bandに在籍。
卒業後はダラスに移り、エリカ・バドゥのバンドリーダーRC Williams(Snoop Dog, Belrioz)のRC and the GritzでBlueNote Jazz Festival in Napa, SXSW 2024に出演, Shaun Martin(Snarky Puppy)のセクステットとGogo band, Daniel Jones(Janet Jackson, Justin Timberlake, Erykah Badu), Marcus Miller, Glenn Miller Orchestra, Manhattan Jazz Orchestra等のアーティストと共演。
Hollywood BowlにてFrank Moka(Erykah Badu, Chris Dave and the Drumheadz)のバンドDos NegrosでErykah Baduのオープニングアクトを務める他、RC and the Gritz -Live in Deep Ellumの録音に参加。Roy Hargrove, Erykah Badu, Norah Jonesを輩出したBooker T. Washington High Schoolでプライベートレッスンを教える。
Instagram:@kazutanakatp
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