お客様は神様だけれども一神教になれとは誰も言っていない
最近、何人かの編集者から「細かいことをいうライターが多い」と聞いた。
「追加で金を払ってくれ」「この内容ではなぜダメなんだ」などなど。僕は片方の意見しか聞いていないので、本当かはわからない。編集者にしてみればライターの原稿があまりにも当初の想定と違うから書き直せといったのかもしれないし、ライターが憤る通り、編集者が途中から無理難題を言い始めたかもしれない。
「ライター業界あるある」だが、前提として、「話が違う」とならないようにライター側が条件を確かめるしかない。仕事内容もクリアにした方がいい。だが、一度受けて、進み始めたら、途中でよほどのことがなければ、黙って指示通りにやるべきだと僕は思っている。ライターは出入り業者に過ぎないからだ。だが、奴隷でもない。あまりにも無理難題に感じたら、「そんなこといってなかったでしょ」と降りればいい。産業構造を理解する必要はあるが自らを過剰に卑下する必要もない。
「編集者」と聞くと特殊なクリエイティブな仕事と考えがちである。それが正しいかどうかはわからないが、大半の編集者が会社員であるのは事実である。会社員ならば惰性でやっている仕事もある。そんなときにライターが「追加で1万円払ってください」と言い出したら、「もう、こいつと仕事したくねー」となるはずだ。絶対に面倒くさい。逆の立場になれば想像できるだろうが意外にこの発想に及ばない。
「そんなこといったら、ライターはいいように使われるだけでしょ」と思われるかもしれないが、そんなことはない。こちらも選択肢をもてるようにすればいいのである。
編集者もクライアントもピンキリだ。自分が悪くなくても酷い目にあうこともある。そのリスクを減らすためには、つべこべ言わず、ひとつの案件に無駄な労力を使わず、一打席でも多くの打席に立つしかない。母数を増やして、付き合いのあるヤバいクライアントの存在感を薄めるしかない。ヤバいクライアントと接地する面積を減らすのである。
僕が副業としてライター業をやっていたころは条件をほとんど確認せずに受けていた。確認していたのはスケジュールくらいだ。当時は業界紙の記者だったが、書籍も雑誌もWEBも、ゴーストライター仕事も素人だったからだ。今も基本的にはスケジュールが空いていれば仕事はほぼ選ばずに自動的にうけている。
断らなければ、発注先や仕事内容が偏ることもなく、分散し、何も考えていないのにポートフォリオもうまく構成される。先方との相性が悪ければ、一回きりで終わるし、良ければまた依頼される。そうなれば、信頼関係も生まれて仕事も回を重ねるごとに円滑になる。取引先が増えれば、「むかついたら、おりればいいや」くらいの余裕も気持ちに生まれる(おりたことはないけれども)。
全ての仕事に全力で取り組むのが理想だが現実的ではない。お客様は神様だけれども一神教になれとは誰も言っていない。これが、時間はかかるかもしれないが、ライターの持続可能な先細らないモデルではないだろうか。
僕は企業取材に20年近く関わってきた。電機業界やエネルギー業界、金融業界など幅広い世界をのぞいたが、20代後半のころは自動車部品メーカーの担当だった。
自動車部品メーカーは産業構造では典型的な下請けだ。上場している大手部品メーカーもマインドはあくまでも下請けで、社屋も質素だった。
手広く部品を手掛けているメーカーの社長に取材した時だ。「利益率の高い部品にもう少し絞った方がいいのでは」と知ったような口をきいたら、「儲かる仕事ばかりやるのは素人だよ」といわれた。当時の僕は「何言っているんだ、このおっさんは」と内心思っていたが、自分が独立してこの言葉の意味を実感している。
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