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不登校だった僕

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中1の9月〜中学卒業まで不登校。 高校も1年はきちんと行きましたが、その後2年間はあまり通わず、最終的には通信制に行き21歳で卒業しました。 そんな僕の経験を伝えられたらと思い、…
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#不登校だった僕

不登校の過ごし方。

不登校の過ごし方。

こんばんは。猪野です。
今日は、9月から不登校の仲間入りを果たした君に、僕が不登校をしていた時の過ごし方をお伝えしようと思います。

まず、朝は両親が仕事に行った9時頃に起きていたと思います。
(もちろん日により前後しますが。)

朝起きて、朝食を食べていた記憶があまりないのですが、パンかご飯はあったので何かしら朝食を食べ、当時イチロー選手がマリナーズに行ったばかりでしたので、毎日やっていたMLB

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不登校がなんだ。

不登校がなんだ。

愛がなんだ。
という、映画がありましたね。
こんばんは、猪野です。

Twitterのトレンドに #不登校の親
ってのが上がってきてました。

少しだけ投稿を読みましたが、不登校ってのはまあ家族や親戚なんかを巻き込んでしまうくらいには、大きな事と捉えられていると思います。
実際、僕が不登校の親だとしてもそうだと思うし、不登校当事者としてもそうでした。
つらいし、ショックだし、なんでうちの子が、、、

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夏休みが終わる頃には。

夏休みが終わる頃には、悲しい事が増えるという。

僕は過去に語ってきたように、不登校をしていた。

多分、今も苦しんでいる仲間達が多いと思う。

君の傷みは僕の傷みだ。

学校なんか行かなくてもいいんだ。
休め。

僕は小卒〜春を待つ手紙

僕は小卒〜春を待つ手紙

僕は小卒です。
いや、きちんとした学歴的には、高知県立高知北高等学校通信制を卒業しています。
精神的なところで、小卒。
理由は、中学校には9月の14日頃から登校していないから。
現代に於いて、初等教育を受けていないというコンプレックスがあるという訳ですね。
因数分解も解らなければ、大人と呼ぶには少し物足りなさを感じながら早9年。(20歳になってから早9年、現在29歳です。)

2022年度から、高

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co-ba takamatsuとminamoと卒業と僕。

co-ba takamatsuとminamoと卒業と僕。

おはようございます。
今日の高松は雨。貴重な雨。楽しみたいと思います。

先日、co-ba takamatsuさんに行った。

インターン生の方3名が、卒業をするとのこと。
『卒業』というワード好きな僕は、このイベントを知った瞬間、申し込みフォームに入力をしていた。

co-baとは、コワーキングスペース。
渋谷にできた時に、僕の友人が見学に行ったのか、招待されたのか、普通に使ったのか知らないけれ

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不登校は気にしたらダメ。〜春の日に〜

不登校は気にしたらダメ。〜春の日に〜

おはようございます。
春の兆しがいい感じの高松市からお届けします。

久しぶりに不登校の話を。
『不登校』って気にしたらだめ。
大人で言うと、有休使って休むみたいなもん。
大人はそっから転職できるけど、子供は基本転校とか選択肢にない。
選択肢は不登校だけだった。(僕の場合は)

だからそんなに気にすることはありません。
不登校から社長やってる人もいれば、国立大学出たけどなんとなく色々やっていて、側

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体調不良からの卒業

体調不良からの卒業

体調不良からの卒業。
その名の通り、少し体調を崩していました。
少し無理し過ぎたようで、身体の至る所から悲鳴が届いた。
いい時には知らせがないってか。

痛い足を引きずって病院に行く。
そして、社会の現実を知る。
見たくもないTVや新聞や、なんの根拠もない街の噂。
聞き飽きた。聞き過ぎた。

病院に行って、さらに具合が悪くなるという…
そりゃあ現代医学に外方を向く人もいるよなって思った。
僕は、現

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『こども食堂って?』

『こども食堂って?』

『こども食堂って?』
おとな食堂は、どこにあるんだろう?
こども食堂のワードを聞いて、そんな風に感じた僕がいた。

こども食堂。
僕の地元・高知県須崎市にたくさんあった。
15年前くらいの話。
いや、今もずっとあるはずだ。

昨年12月の須崎駅リニューアルの際に、えらく中高生が多くて、なにかと聞けば唐揚げなどの無料配布をしてくれている方がいるとのこと。
学生は腹が減る。お金はない。
うん。僕もそん

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友人哲朗と人生の話〜不登校だった僕(番外編)

友人哲朗と人生の話〜不登校だった僕(番外編)

パンツゴンザレス哲朗(パンツゴンザレスてつろう)

今でも僕は、変な名前だなと思っている。
彼がパンツと呼ばれるようになったのは諸説あるが、ここでは割愛します(笑)

さて、そんな友人哲朗の新曲MVが公開されました。
こちらです。

彼にとっては、2ndSingleになる曲。
誰もが一度は経験するスレチガイをモチーフにした曲だ。
曲はもちろんだが、MVの仕上がりがすごくいい。
いつもは友人の事を褒

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ある日の出来事

ある日の出来事

ある日、ひょんな事から毎週県外出張に行く事になった。
社令って事もあり、断る事は出来ない。
サラリーマンの宿命だ。

『大人は大変だ』『いろいろあるんだ』

そう言われて育った、普通のサラリーマン家庭に産まれた僕も、父や母と同じように、大変でいろいろある生活を送る歳になったのだ。

父は管理職をやっていた頃、毎晩のように業界誌を読み、大学ノートにメモをとっていた。左利きなのに鉛筆は右手で持つ。

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不登校だった僕〜高校生活後半編

不登校だった僕〜高校生活後半編

不登校だった僕シリーズ。
今日は、高校生活後半編です!
過去記事は下記から読んでね!

高校入学編でも書きましたが、高校は6年通っています。
前半3年は定時制昼間部、後半3年は通信制に在学していました。
ここからは便宜上、高4や高6という言葉が出てきますがそういう理由ですのでよろしくお願いします。

高3の時東日本大震災が起こり、自分もの住む地域のも津波警報が出た。
バイト中だったが、お店を閉めて

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僕の住んでいた街

人生で3つの街で暮らした。
①地元の高知県須崎市(引っ越し3回)
②東京都練馬区石神井
③現在住んでいる香川県高松市

もちろん皆さんと同じように、自ら選んで過ごしたのは後者2つになる。
東京では自らが適応しきれず、1度は地元に戻り転勤という形で高松に来て早3年半になる。

それぞれの街で思い出はもちろんあるが、今は高松で心地のいい生活を送れている。

環境と生活。それはある意味政治的で、かつ個人

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父親の背中~27歳の息子より

父は1960年代に、田舎の鉄工所を営む両親のもとに生まれた一人っ子だ。祖母は確か40歳頃で父を生んだ。当時その年齢での初産は珍しかったと聞く。地元の高校を出て、普通にサラリーマンをしていた、至ってシンプルな人生の入り口だったと思う。

ただ、長年勤めた会社の倒産や両親の介護など、そこそこ大変な時代もあり、子供はといえば不登校をし、なかなかしびれる生活だったと、自分も最近になって思い知らされるように

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不登校になってからの話〜地域に育てられた中学校編

不登校になってからの話〜地域に育てられた中学校編

こんばんは。
今日は不登校をしていた中学校時代に地域とどう関わってきたか、お話ししたいと思います。

中学2年の時。地域の商店街の方達がやっていたイベントで、ベンチャーズや吉田拓郎、かぐや姫を歌っているところに遭遇した。初めて観るライブだった。
演者の方達も目の前で食い入るように見つめる僕を不思議に思ったのか、話しかけてきてくれて、ギターを弾かしてくれた。
初めて弾いたモズライトはなんかすごかった

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