見出し画像

ホテル空間のメディアとしての可能性(ジェームズ・タレル|光の館)

(この記事は私が務めるL&G Global Business社内共有用のレポートを一般公開したものです。長いです。)


先日新潟県の山奥にある宿泊施設:光の館に宿泊してきました。
この施設は単なるホテルではなく、建物一棟をアメリカの現代美術家ジェームズ・タレル氏が丸ごとプロデュースしたもの。

公式WEBサイトの説明文には下記のように記載されています。

光の館
谷崎潤一郎の「陰影礼賛」にインスピレーションを得て、ジェームズ・タレルが大地の芸術祭 越後妻有アート・トリエンナーレ2000において発表した作品。

つまり公式にはホテルにアート作品が展示されている、ではなく、建物全体や宿泊体験自体が一つのインスタレーションになっているという前代未聞の宿泊施設なのです。(そのため宿泊前に結構厳しめの契約書へのサインが求められるし、チェックアウト時に細かく破損点検されます笑)


ジェームズ・タレル氏とは

宿泊施設のレポートの前に、個人的にも大ファンのジェームズ・タレル氏について紹介させてください。

アメリカで活動されているタレルさん、なんと今年で76歳の現代美術家。二次元の平面的な作品ではなく、常に空間と光を使って目の錯覚を生むような作品を作られています。

画像7

日本国内では金沢の21世紀美術館やベネッセアートサイト直島など有名美術館に作品が常設されているので、アート好きの方であれば一度は彼の作品を観たことがあるはず。

そんな中でも特筆すべきは、彼が一生を費やして制作し続けている「ローデンクレーター」というプロジェクト。

なんとアメリカのアリゾナ州砂漠にある直径300Mのクレーターを丸ごとアート作品にしようというもので、何百メートルという地下通路を掘ったりしているらしい。総工費は10億円で、完成すれば世界最大のインスタレーションになるとのこと。さすがアメリカ、やることががドリーミング!!


ジェームズ・タレル|光の館

そんなタレルさんが世界で唯一宿泊型インスタレーションとして制作しているのが、ここ日本新潟県にある『光の館』。
ここからは光の館について、<ホテル性><アート性>の2点でレポートしていきたいと思います。


<ホテル性>

建物としては横長の2フロア、入り口は2階に配置されていてチェックイン時間になると上階のメイン広間まで案内されます。そこでホテルの設備や機能について説明されるのですが、純粋な宿泊施設としてもとても良かった点を紹介していきたいと思います。

①たった4万で全棟貸切ができる
1泊4万くらいなんですが、その金額を宿泊グループ数で割るという斬新な料金設計。人数が多ければ一人3,000円くらいになるし、逆に4万で貸し切ることも可能なのです(冬季のみですが)。
ちゃんとホテルとして知名度があって定期的に予約が入れば、冬の閑散期だとしても常に稼働率は100%になるという仕組み、素晴らしい。
僕が行った時は最初別の欧米の方の予約があったんですが、その方が二週間前にキャンセルされたそうで、広い館を完全貸切に。金額は上がったけど満足度もその分上がったのでめちゃくちゃ最高でした!

②瞑想をコンセプトにした空間デザイン
タレルさんの作品が展示されているのもそうなのですが、ホテル全体として瞑想をコンセプトに空間やサービスが設計されています。
例えば館内のライトが全部間接照明で作られていたり、メカニックなボタンとかは全部引き戸の中に格納されていたり、もちろんTVとかもないしWI-FIも繋がりにくい!笑
ハードもソフトも全て一貫したコンセプトの元に設計されていて、非日常感を完璧なまでに演出していました。

画像1

③ローカル&ヘルシーなサービス
一棟のホテルなのでレストランとかはないのですが(自炊キッチンはあリります)、オプションで地元のお弁当屋さんの夕食を注文することができます。食材も全てローカルなものが使われていて、新潟のお米や日本海の魚介とかマジで最高か〜〜〜〜!!
またスタッフさんは近所に住まわれている方が日ごとで交代されていて、方言の訛りもいい感じですし、ゲストのチェックイン後は自宅に戻られて「なんかあったらこの番号まで電話してください〜」という心地の良い緩さ。事前に丁寧な説明がされるから困ることはほとんどなく、ローカル&ヘルシーに運営されているなぁという印象でした。

画像2


<アート性>

ホテル館内に色んなアート作品が展示されている”アートホテル”って最近増えてきていますが、空間全体だったり宿泊体験自がアート的であるものってほとんどないように思えます。僕もいつかこんな新しい宿泊体験を作れたらいいなぁ、と光の館で空を見上げながらぼんやり考えていました。

①空と一体化する光のインスタレーション
館内の照明はすべてがアートになってるんですが(一応調光できるけど、最初にタレルさんおすすめの明るさを言われます)、中でもメインの作品は日没時間から2階の居間ではじまるライトプログラム。
なんと屋根の一部がスライド式の開閉窓になっていて、その窓から移りゆく空を見上げることができるんです。
そして空の明るさによってお部屋全体の間接照明の色が変るんですが、その色によってまるで空が海のように見えたり、赤褐色の一枚板に見えたりする。2時間ずっと見続けているとなんだか宇宙に放り込まれるような感覚になる不思議な体験。しかもそれを自分たちだけで目一杯体験できるんです。

画像4

②体が発光する、光の温泉
2階のメインフロアから階段で降りると浴場スペースがあるんですが、なんとこの温泉さえもアート作品になっているんです。
日中は普通に気持ちのいい貸切の森林浴なんですが、夜になると照明が全部落ちて、代わりに湯船の中の光ファイバーがぶわっと光る。そうすると浴槽だけが淡い光に満たされるので、まるで光に手が触れるような感覚になります。ただマジで暗すぎて、アート以前に僕は普通に怖かったです笑

画像4

③森に迷い込んだような感覚
光の館は新潟の村深く、それも山道を登った丘の上にひっそりと佇んでいます。
新潟なんてというと失礼ですが、正直平地でも場所はたくさんあるのに、わざわざ建築作業のやりにくい山奥、しかも中途半端な中腹に建てられています。
それは光と同時に、普段の都市生活では体験することのできない「森に迷い込んだ感覚」を味わうことができるのから。
建物自体も重厚な木造家屋なんですが、2階の外の廊下からはなだらかに広がる森林を見渡すことができるし、1階に降りるとそびえ立つ木々の根幹から圧倒的な生命力を感じることができる。
絶景を自慢にするホテルは数多くありますが、ここでは生態系が感じられるまで木々にフォーカスする景観の切り取り方。「おお、その手があったかぁ…」と衝撃を受けました。もし僕だったらどうせなら山の中腹じゃなくて、街を見下ろせる山頂付近に建てるもんなぁ。

画像6


ホテル空間のメディアとしての可能性

ホテルでのコンテンツを考える仕事をしている僕にとって、光の館は本当に学びの宝庫でした。
何よりも強く感じたのは、「ホテル空間のメディアとしての可能性」です。

大学の卒論テーマみたいですが、普通アート作品って美術館などのパブリックな場所で展示されると思うんですが、そうすると空間の人口密度と体験満足度って一般的に反比例すると思うんですよね。モナリザ楽しみに観に行ったのに結局人の頭しか見えなかった〜みたいな。
じゃあ個人所有すればいいじゃん!!って話ですが、まあ経済的に難しいですよね。

画像6


一方ホテルってパブリックとプライベートがバランスよく混じり合った空間だから、体験の満足度をコントロールしつつ収益的にも成立させやすい。

SNSの浸透でどんどん良質なコンテンツへ過密化していく時代において、ホテルはもしかして唯一クリーンヒットを打ち得る媒体装置になるんじゃないか〜、と思いました。

ちなみに、現在HOTEL SHE, KYOTOで開催中の『詩のホテル』でも若者を中心に注目を集める詩人:最果タヒさんの作品を文字通り”独り占め”できます。鑑賞時間によって作品の様相が変わるというのも、従来の美術館では成し得なかった表現方法の一つですね。


何はともあれ、最近Twitterで旅の目的地を紹介しまくる企画をやってるんですが、光の館は完全に目的地としての立ち位置を築いていて嫉妬しまくりでした。。。

チェックアウト時にいつもどんなお客さんが来ているのか聞いたら、光の館のために来日する海外のお客さんで年中予約が埋まってるそう。そんなホテル、聞いたことがない・・・!!




いいなと思ったら応援しよう!