花柄の茶碗をめぐって @3、4歳児
【登場人物】 ※仮称です
あきちゃん(4歳)
みささちゃん(3歳)
えみちゃん(3歳)
みいちゃん(3歳)
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ある日のこと。
ご飯の準備をしている時のことだった。
3歳のみささちゃんが固まっていた。
さんた「みささ、どうしたの?」
と声をかけると、周りにいた3、4歳の子たち(ご飯の準備をしていた)が集まってきた。みんな次々に、「どうしたの?何かいやだったの?困ってるの?」と聞いている。
みささちゃんは、困ったことがあると動かなくなることがよくあって、みんなもそれを分かっていた。彼女が固まると、みんな心配そうに集まってくるようになっていた。
いつもはなかなか口を開かないみささちゃんも、困ったときに少しずつ、何があったかを話してくれるようになっていた。この日も、みささちゃんが話してくれた。
みささ「みささ、お花のちゃわんがよかったの…」
どうやらお気に入りのご飯茶碗が見つからないらしい。
「どんなお花?しろいの?」
みささ「ちがう…」
他の子も動き出す。
「これ?」
「うん…」
この「うん」は、違うという意味のようだ。
「ピンク?」
「うん…」
「これは?」「これは?」
と、他の茶碗をみささちゃんに見せて確認する子たち。
ご飯の準備中だったので、既にテーブルの上にいくつかの茶碗があった。
食事用の茶碗は、家庭の食卓で使われているような茶碗で、それぞれ違う柄になるように用意していた。理由はいろいろあるのだが、こうすると当然「わたしのお気に入りがない!」というようなことが起こる。これが学びに繋がると信じていた。
さて。
既にテーブルに誰かが置いていた噂の花柄の茶碗に、みんなが目をつけた。
ここまではシナリオ通り。
みささちゃんはいつもこの茶碗を好んで使っていた。ただ、ご飯よりも遊ぶ方がたのしくて、支度がゆっくりな人だった。みんなよりあとから食卓にやってきて、「あれがない…あれがいい…」という事がよくあった。色々あって保育できていなかったが、いよいよそのタイミングかと思った。
「これ?」(花柄の茶碗を指して)
みささ「うん、そう」
「じゃあ、これね。誰か使ってた?」
と、ここでみんなと一緒に茶碗を探してくれていた張本人が口を開いた。
あき「これ、あきちゃんの…」
さんた「あ、あきちゃんのか。。。あきちゃんも、これがよかったの?」
あき「うん…」
さんた「そうだよね。みささも、これがよかった?」
みささ「うん…」
さんた「そうだよね、みささもこれがよかったよね。どうしよう…」
大人が解決しない保育を目指していたので、「どうしよう…」「○○はどう思う?」などとみんなの意見を聞きつつ、あーだこーだ話してそこそこの時間が経過した。「何分かかっても大丈夫!」と、この時は腹をくくっていた。すると。
あき「はい… あげる…」
あきちゃんがみささちゃんに茶碗を差し出したのだ。
むむっ!?!?
あきちゃんの表情は完全に曇っている。
あきちゃんは、誰かが困っていると自分を犠牲にして譲ってしまうことがよくある子だった。今振り返ると、あきちゃんにとっての“誰か”とは、子ども同士の話ではなく”大人“だったのかもしれない。
ちょうどこの茶碗の保育の直前に、『森のようちえんピッコロ』の視察に伺っていた。そのとき、“本音をみる”という保育の瞬間に立ち会わせていただいた。視察での出来事と、目の前のあきちゃんの様子が重なってみえた。
ここは流してはいけないところだ。
まさかこんな形で自分自身を試すチャンスをいただけるとは。
ありがとう、子どもたち。
あきちゃんの曇った表情は、どういう意味なのか。
本当の気持ちはどこにあるのか。
ここを流すと、あきちゃんは自分の本音を言えず、何かや誰かに巻かれる大人になってしまうかもしれない。
さんた「あ、あきちゃん、いいの?」
あき「うん…」
さんた「でも、あきちゃんもこれがいいんだよね?」
あき「うん………(涙)」
これまでは渋い表情をしていたあきちゃんが、ついに泣きはじめた。
もう少し聞いてみることにした。果たして自分の保育力でいけるのか。
さんた「どうして(みささに)あげるの?」
あき「だって、みささがこれがいいっていうから…」
さんた「そっか。がまんするの?」
あき「うん…」
さんた「ほんとの気持ちはどう?」
あき「これがいい…」
さんた「そうだよね、これがいいよね…。どうしようね…」
このやり取りをすぐそばで聞いていたみささちゃんにも聞いてみる。
あきちゃんから茶碗を受けとってはいたが、席にはつかず、ずっと立ってそばで聞いていた。みささちゃんの表情は硬かったが、どう感じているだろうか。
さんた「みささ、どうする?」
すると、あきにもらった茶碗をパッと、あきちゃんに返そうと差し出した!
えっ!?と内心ビックリしつつも、
さんた「え、みささいいの??」
みささ「うん」
さんた「でも、みささもこれがいいんだよね?」
みささ「うん」
さんた「でも、いいの?どうしてあげるの?」
みささ「だって、あきちゃんが泣いてるから。だから我慢するの!」
さんた「そっかぁ…。大丈夫?」
みささ「うん!!」
このときのみささちゃんの表情は、いまでもハッキリと覚えている。
キリリとして“決めた!”という感じだった。
目はまっすぐとあきちゃんを見ていて、曇りがなかった。
このあとの展開にまた驚いた。
この出来事をずっと周りで見ていたみんながささっと動いた!
次々に、変わりの茶碗をみささちゃんに見せにきた。
「じゃあ、みささこれは?」
「ううん」
「これは?」
「うん」
「じゃあ、これね!」
みんなも見ていただけではなく、きっと二人の気持ちに寄り添ってくれていたのではないだろうか。そう思わせる対応の素早さと明るい雰囲気だった。
こうして何もなかったかのように、楽しい雰囲気の食事が始まった。
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ご飯のあとにも印象的な出来事があった。
みささちゃんと、同い年のえみちゃんとの出来事。
えみちゃんは、上着のチャックがうまく閉められないようだ。
えみ「ねぇ、チャックできない」
と僕に伝えてくる。
すると、直後にさーっと現れたのはみささちゃんと、茶碗騒動のときに周りでフォローしてくれていたみいちゃん。
みい「みいできるよ」
みささ「みささできるよ」
みい「ここが(チャック)上にあるからできないんだよー」
みささ「そうだよ、ここカチッとはめるの」
みい「みいがやる」
みささ「みささもやるー」
みい「うんわかった、いっしょにやろう!」
二人がえみちゃんのチャックを上げようとした。
すると
えみ「(チャック)あげるのは、自分でできる」
みささ「できるできる~♪」
といって、えみの首の後ろに優しく手を回し、抱きかかえる感じになる。
なんとも暖かい空気が流れていた。
みい「できたー!」
みささ「おっけー!」
みいちゃんとみささちゃんは笑顔で走り去っていった。
もちろん、えみちゃんも幸せそうである。
実は茶碗の件について、みささちゃんの心にわだかまりが残っていないかが気がかりだった。”我慢”したから、だ。しかしこの出来事で、本当に譲って大丈夫と思ってあきちゃんに渡したのだなと思えた。それくらい晴れやかな笑顔だった。
ほんとのところは、みささちゃんにしかわからないけれど。
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この茶碗のエピソードは、僕自身にとってもとても大きな出来事だった。
心の保育。信じて待つ保育。待たずに関わる保育。本音の保育。
さまざまな“見えない領域”を『森のようちえんピッコロ』で学ばせていただいたが、果たして自分にできるのか、まだまだイメージがわかない頃だったと思う。
このときの自分自身を振り返ると、
心の中には「こんな関わりでいいのか!?」と緊張があり、ドキドキして正直逃げ出したい自分がいた。同時に、子どもたちがどんな答えを出すのかとても楽しみでもあった。
自分の関わりや介入、見立てが“あっていた”かは分からない。
果たして二人の本音をきちんとみることができていただろうか。
子どもの何を引き出したのか、逆に何を潰してしまったのだろうか。
「いいの?」「大丈夫?」と、自分の中の不安が露呈していた(笑)
しかし、子どもたちの心は晴れ晴れしていた。
少なくとも、そのように見えたし感じられた。
この日以降。
みささちゃんは茶碗へのこだわりが少なくなり、
ごはんのとき「あれがない」「これがいい」とほとんど言わなくなった。
他のみんなも「これはみささのだね」と、みささのために取っておくようになった。かと思えば、普通に花柄の茶碗を別の子が使うという日もあった。
茶碗をめぐってのトラブルを、この出来事以来目にしなくなった。