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[1−32]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?

第32話 平民のオレに抱かれたいんですか?

 アルデオレは、暇だったので厨房で燻製肉を作っていた。

「ふむ……旨そうだ」

 燻製肉を作っているのには、暇だという以外にもう一つ理由がある。それは酒のつまみにしたいからではなく、万が一にも逃亡しなければならなくなったとき、またぞろひもじい思いをしないためだ。

 燻製肉なら数日は保存できるから、王都脱出の間くらいは保つだろう。

 本当は長期間保存できる干し肉を作りたいところだが、上手くいけば今日にでもこの地下厨房を出られるはずだから、そうなると時間が足りない。なのでオレは肉を燻製にしているというわけだ。

 まぁティスリがオレの弁明をしてくれたら、逃亡するような事態にはならないから燻製肉も干し肉も必要ないが、そのティスリを待っているのも暇だしな。

 そんなわけでオレは、出来上がった燻製肉をしげしげと眺めていた。

 ちなみに、この厨房は地下にあるせいか、換気がイマイチなので今はとても煙い。

「何か入れ物が欲しいな。あとカバンも」

 そう考えたオレは厨房から顔を出して、誰に言うわけでもなく声を上げた。

「おーい! 弁当箱を五個くれー! あとそれを持ち歩けるリュックも頼む!」

 とくに返事はなかったが、しばらくしたら地下通路の端に、オレが要求した物品は置かれているはずだ。燻製に適した肉もこの方法で調達したからな。

 オレを取り囲む衛士達の気配は相変わらず引いていないので、昨晩オレは声を掛けてみたのだ。肉をよこせと、ダメ元で。

 すると肉が届けられたので、オレはホクホク顔でそれを持ち帰った次第である。燻製肉や干し肉そのものを要求するという手もその後に思いついたが、また毒でも入れられていたら面倒だし、完成品では時間を潰せなくなるしな。

 そもそもこういうのは、自らの手で作る楽しみもあるのだ。

 まぁよくよく考えてみたら生肉に毒を入れるという手もあるとは思うが、手に持ったとき毒は検知されなかったので大丈夫だろう。さっき完成した燻製肉をつまんだが平気だったし。

 つまり衛士連中は、ティスリの魔具に相当恐怖しているってことだな。

 あと立てこもり中に困ったこととしてはトイレだったが、堂々とトイレまで歩いて行っても、用を足している途中でも襲われることはなかったし。

 いやまぢで、ティスリの魔具様々だ。まだ効果は続いているようだし、これがなかったらとっくの昔に捕らえられていたな。酔った勢いで借りられて本当によかったわ。

 そんなことを考えていたら、通路の向こうからカーンカーンという甲高い金属音が聞こえてきた。これが、要求した物品を持ってきたという合図だった。

 オレは無警戒で通路に出て、弁当箱とリュックを回収する。周囲に衛士達の姿はなく、また襲われるような殺気も感じない。ほんと、相手はとんでもなくビビっているようだ。

 しかし……これで燻製肉も作り終えてしまったし、暇なんだよなぁ……

 すでに一晩は経っていると思うが、あの厨房には窓がないから時間感覚もいまいち分からないし。

 そこでオレは、通路の向こうに再び声を掛けた。

「おーい、今の状況を説明できる人間を一人よこせ! そうだな……昨日、オレを毒殺しようとした女がいい!」

 どうせしゃべるなら女の子がいいなと思ったのだが、犯罪者だと思われているオレでは怖がらせてしまうだろう。でも昨日毒殺を仕掛けてきた女なら、そんな罪悪感もなくていい。

 そんな配慮が行き届いた考えだったのだが、遠くから「ヒィ〜〜〜……イヤァァァ……」という声が聞こえてきた。どうやら本人がまだ現場にいたらしい。

 悲壮な叫びだったが……まぁいいか。人を毒殺しようというヤツなんざ同情の余地ナシだ。

「あ、もちろん武装解除してこいよ〜? 昨日のメイド服でいいぞ〜」

 そう告げてから、オレは厨房に戻って荷造りを始める。

 燻製肉をリュックに詰め終えてからしばらくして、ようやくくだんの女が現れた。メイド服の格好で。

 そして開口一番、彼女は言った。涙目になりながら。

「くっ! 好きにしろ! だから命だけは助けてください!!」

「いや……昨日から言ってるけど何もしねぇよ……」

 嫌がる女を無理やり抱くなんて趣味、オレにはない。だからオレはゲンナリしつつも本題を切り出した。

「まず、今は何時だ?」

「午前10時だ……」

「まだそんなもんか。それでティスリ──王女殿下の件はどうなっている?」

「親衛隊長様が王女殿下を迎えに行っている」

「迎えにというと、殿下は王城にはいないのか?」

「ああ……殿下は旅館『水竹すいちく』に滞在されているとのことだ」

 なるほど。ということは二日酔いがキツくてあの旅館から動けずにいたか。でももう三日目だし、さすがに治っているだろうから今日は動けるだろう。

 オレは状況を推測しつつ質問を続ける。

「あとどれくらいで王城に戻ってくるんだ?」

「分からない……」

「王城から旅館までの移動時間は?」

「馬車で1時間と言ったところだろう」

「順調にいけば午後には謁見できるということだな?」

「わ、わたしに聞かれても……」

 女はビクビクしながら、涙目でうつむいてしまう。

 うーむ……なんだか可哀想になってきた。

 よくよく考えたら、このコとて、別にオレを恨んで毒殺しようとしたわけじゃないしな。命令でやっただけだろうし。

 だからオレはため息をついてから手を振った。

「分かった。もう戻っていいよ」

「えっ……?」

 オレがそう言うと、女はぽかんとした顔つきでこちらを見ていた。

「えっと……何もしないのか?」

「だから、最初から『何もしない』と言ってるだろ」

「どうして?」

「いや……どうしてと聞かれても……」

 なぜか、激怒したティスリの顔が脳裏をよぎりまくっているからエロい気分になれないんだよなぁ……

(アイツは間違いなく、絶対零度の視線と、暴力より痛い言葉でオレを責め立てるに決まってる……!)

 それにここで何かをしでかして、万が一にでもそれがティスリの耳に入ったなら……まず間違いなく、ティスリはオレの弁護をしてくれなくなるだろう。なぜかその確信がある。

 だいたい、別にオレとティスリは恋仲でも何でもない。まぁ強いていえば雇用主と従業員の間柄といったところか。そしてこの国に、雇用主が従業員の結婚相手を決めるだなんて制度も慣習もないので、本来、オレが誰に手を出そうがティスリに文句を言われる筋合いはないのだが……

 まぁこの状況だとそもそも論として、嫌がる女性を手籠めにするような形だし、であれば責められてしかるべきだしな。雇用主だとか恋仲だとかそれ以前の話か。

 だからオレは改めて言った。

「どうしてもこうしてもないから。いいから行けって。お前だって嫌だろう?」

「わたしに魅力がないというのか!?」

「………………は?」

「そもそもお前が指名したのだろう!」

 なぜか怒りだした女に、オレは目が点になる。

「わたしは、ブリュージュ家の三女にして栄えある親衛隊所属のクルースであるぞ!?」

「は、はぁ……?」

「平民のお前からしたら高嶺の花であろう!? 本来なら口もきけないほどに身分差があるのだから!」

 ブリュージュ家なんて聞いたことないが、親衛隊に入れるなら貴族なんだろうし、口がきけないのは間違ってはいない。別に、こちらから話したいとも思わないが……

 しかし彼女──クルースさんは話を勝手に続けている。

「だというのに……何もしないとはどういう了見だ!?」

「い、いやだって……」

「王女殿下には致したのであろう!? わたし程度の身分ではそそられないというのか!?」

「……は?」

 いや……オレからは、、、、、指一本ティスリに触れていないわけだし、身分がどうのこうの言うの前に致しても、、、、いないのだが……衛士の先輩達に宣言した子作りハッタリは、もはや城内中に広まっているんだろうか?

 王女のティスリと子作りしました……と言えば命が助かるかなー? と思って付いた大嘘だったが、あんまり効果なさそうだったんだよな。

 けどまぁ、こんな状況で今さら嘘だと言っても聞いてはくれないだろうし……

「そ、そうだぞ? つまりオレってばとても危険な男なんだからな? 身分も関係なしだ」

「くっ! この野獣め! 王女殿下を毒牙に掛けたお前のアレで、やはりわたしまでヤろうというのか!?」

 あ、ダメだ。やっぱり全然効果ない。

 だからオレは即座に路線を変える。

「しかしオレは紳士でもあるからして? 嫌がる女の子を無理やりってのは趣味じゃないし……」

「このわたしが嫌がっているように見えるのか!?」

「………………ん?」

 あれ?

 そう言われてみれば……確かに?

「えーっと……クルースさんは、平民のオレに抱かれたいんですか?」

「嫌に決まっているだろう!!」

「じゃあ戻れよ今すぐ!?」

 なんなんだこの女は!?

 相変わらず、お貴族様の思考回路は謎だらけで……オレは辟易するのだった……

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