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[1−25]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第25話 なにしろおつむは猿と同程度だろうからな
「よぅ、アルデ。まさかこんな形で再会することになるとは思わなかったぞ?」
アルデを追放したメンバーの中心人物であるリゴールが鉄格子越しに言ってきた。
「……その節はどーも」
「キサマ! リゴール様にその態度はなんだ!」
取り巻き達が吠えるが、オレはもう衛士でもなんでもないので、礼儀作法をとやかく言われる筋合いもないのだが。
そんな取り巻きに、リゴールは余裕ぶりながら言った。
「まぁ待て。平民に礼儀を解いたところで無駄な労力だ。なにしろおつむは猿と同程度だろうからな」
そして全員がゲラゲラと笑う。事前にリハーサルでもしてタイミングを合わせているのか? って思えるほど揃っていた。
「さて……アルデよ。お前、とんでもないことしでかしたそうじゃないか」
リゴールは木刀を肩に担いでそんなことを言ってくる。
……その木刀、いったい何に使う気なのかなぁ?
オレはイヤァな予感を覚えつつもリゴールに答えた。
「オレは潔白だ。やましいことなんて何もしていない」
「くくく……何が潔白だ。王女殿下を誘拐し──」
「ちょ、ちょっと待て!?」
リゴールがとんでもない台詞を吐いたのでオレは慌てて遮った。
「誘拐ってなんだよ!? むしろ、王女殿下のほうからオレにグイグイ来たんだが!?」
オレが真実を述べても、リゴールたちは下卑た笑い声を上げるばかりだ。
「お前、本当に馬鹿なんだな。一体どうして、王女殿下がお前と行動を共にする必要性があるっていうんだ?」
「そ……それは……」
リゴールのその指摘にオレは口をつぐむ。
確かに言われてみればその通りで、どうしてティスリは、オレみたいな平民に付いてきたのだろう?
彼女も実家を──つまり王宮を追放になったと言っていたから、同じ日に追放されたオレに妙な共感でも芽生えたのだろうか? あるいは哀れみか?
まさか、寂しいからなんて理由ではないと思うが。あのティスリに限って。
ってか、そもそもティスリはどうして王宮を追放されたんだ?
この国の立役者である彼女が、王宮を追放されるなんてあるはずないと思うが……さきほどのリリィ達の話から察するに、別に王女の地位を剥奪されているわけでもないようだし。
頭の中を疑問符で一杯にしていると、リゴールが牢屋の鍵を開けていた。
まさか、逃がしてくれるわけでもないだろう。
オレは、顔を若干引き吊らせつつリゴールに言った。
「な、なぁ……リゴールサマ? もしかして逃がしてくれたりは……」
「すると思うか?」
「デ、デスヨネー……それであなたサマは、どうして木刀片手に牢屋に入ってくるのでせう?」
「くくく……どうしてか、分からないのか? 本当に残念な頭だな、お前は」
リゴールたち総勢五名が牢屋の中に入ってくる。ニヤつきながら。
く、くそ……オレも腕に多少の覚えはあるが、手枷をされた状況で、木刀を持つ相手五人ともなると抗いきれないな……
せめて肋骨数本で勘弁して欲しいものだが……
オレが睨みをきかせているとリゴールが口を開く。目には仄かな怒気を滲ませて。
「お前のことは、前々から気に入らなかったんだよ」
「だろうな」
「平民の分際で、なぜ王城にのうのうと入り浸ってやがる」
「そりゃ、王女殿下が決めたことだからな」
「んなこと知るか!」
リゴールは、怒り任せに木刀を石壁に叩きつけた。ガンッ!という音が牢屋の中に反響する。石壁に叩きつけても折れないとは。丈夫な木刀なのか、アイツが非力なのか……まぁ後者だろうけど。
リゴールは、中央貴族の出でありながら衛士止まりの職にしか就けなかった人間だ。本来なら、もっと高い役職についているべき身分なのに。
しかし王女殿下の様々な改革の煽りを食って、衛士にしかなれなかったようだ。まぁ見るからに貧相だし、オレに逆恨みをぶつけてくるあたり、性格も相当にねじ曲がっていそうだからな。
だからオレは呆れて言った。
「オレに逆恨みするより、王女殿下に直談判でもしたらどうだ?」
「あの冷血女が聞く耳を貸すわけないだろ!」
リゴールが再び木刀で壁を叩く。いよいよ切りつけられそうになってきたので、オレは伝家の宝刀を出すことにした。
「ここでオレを痛めつけたら、あとで後悔するぞ?」
「平民無勢のお前を多少なぶったところで、誰も気に留めやしないさ」
「本当にいいのか? 今、王女殿下の腹の中にはオレの子供がいるというのに?」
「……な……に?」
オレは不敵に笑ってみせると、リゴール一同は唖然としてオレを見た。
「カルヴァン王家は子宝に恵まれなかったからな。そうなると必然的にオレも王家の一員に──」
「馬鹿を言うな!?」
リゴールは、今までとはまるで違う顔つきになる……これはどういう感情だ?
怒りには違いないが、しかしなぜか恐れているようにも見える。その顔はいきなり顔面蒼白になっていた。取り巻き達も同様だ。
リゴール達の顔から現れている感情は……焦燥か?
オレが眉をひそめると、リゴールは目を見開いて叫ぶ。
「もし本当にそんなことになれば……この国はおしまいだ!」
オレは不審に思いながらも言い返した。
「いや……それは大袈裟だろ? むしろ王家の血筋が途絶えなくてよかったんじゃ……」
「平民の血など王家に入って溜まるか!」
うーむ……どうも、オレが予想していた反応と違うな?
ティスリとの間にオレの子供が出来たと言えば、ひれ伏すとまでは考えていなかったが、多少は戸惑って私刑は免れると思ったのだが……
そんなオレの予想に反して、リゴールは分けの分からない雄叫びを上げながら、木刀を大上段に振りかぶった。
ま、まずい! 木刀でも脳天に振り下ろされたら死んじまうぞ!?
「栄光あるカルヴァン王家に、平民の血など入ってはいかんのだ!!」
オレは両腕で頭を庇い、腕の骨をやられる覚悟をした──そのとき。
ボンッ──!
突如、リゴールが爆発して吹き飛んだ。
「……は?」「リゴール様!?」
オレの呆けた声と、取り巻きの悲鳴が重なる。
そして取り巻き全員がリゴールに駆け寄った。オレに背を向けて。
「な、なぜリゴール様が爆発したんだ!?」
「いったいどうなっている!?」
「キサマ、まさか魔法士──」
オレは、リゴールが落とした木刀を拾い上げて、取り巻き達へと手早く振り下ろす。
オレの一撃を首元やこめかみに受けて、取り巻き全員はあっという間に意識を失った。
「ふぅ……助かった……」
それにしても、どうしてリゴールはいきなり爆発を……あ。
「そ、そうか……この指輪」
オレは、左手薬指にはめられたままの指輪を見た。
昨夜、酔っ払ったティスリがオレに填めた魔具だった。害意やら殺意やらを感知して、襲ってきた人間を爆死させるという……
それがオレの指に填まったままだったのだ。
「……と、いうことは、リゴールは死んだか……?」
う、うーむ……まずい。
理不尽にも私刑に処されかけたとはいえ、中央貴族を手に掛けたとあっては、オレの立場はますます悪くなる。
オレは、恐る恐るリゴールを覗き見ると……
こんがりほどよく焦げていて、髪もチリヂリではあるが、どうやら命に別状はないようだ。これなら回復魔法で治せるだろう。
ティスリは、爆死爆死と連呼してはいたが、実際は、相手を行動不能にする程度の威力だったらしい。
まぁ……めっちゃ痛そうではあるのでオレは喰らいたくないが。
「いずれにしても……助かったか……」
オレは、リゴールの腰元についていた鍵束に目を留める。もしかしたら手枷の鍵もあるかもしれないと思ったが、ビンゴだ。
手枷があっても木刀を中段に構えることくらいはできるが、やはり可動域を制限されてしまうのは困る。それでも先輩達を簡単に気絶させられたのは、たんにこいつらが弱すぎるからだ。
今から、要塞といっても等しい王城から逃げだそうというのだ。手枷なんてないほうがいい。
「ふぅ……スッキリした。ついでに剣も貰っていくか」
リゴールの腰に付いていた剣も取り上げてみる。なんか、妙な装飾がゴテゴテと付いていて実用性に乏しい剣だな。これなら、支給品の剣のほうがよっぽど使える。
他の取り巻き達を見ても、似たり寄ったりの剣だったので、オレは木刀でガンガン打ち付けて、柄や鍔に付いていた装飾品を剥ぎ取った。
「よし……そうしたら、逃げるか」
この場で大人しくしていても、平民のオレでは立場が悪くなるばかりだ。さらには中央貴族のリゴールに危害を加えたとあっては、どうあっても許されないだろう。
……ぜんぶ、オレのせいじゃないんだがなぁ……
しかし今ならティスリの指輪もある。これがどれほど役に立つのかはまだ未知数だが、ティスリが王女で、だから魔法も天才であることは間違いないわけで、そのティスリが「お気に入り」と言っていた魔具だ。
それなりに役に立つはず……
「よし……行くか……!」
だからオレは、気合いを入れて牢屋を後にするのだった。