[1−38]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第1章 最終話 わたしたちが追放してやるんですよ
レーヴァテインは、アルデから大きく逸れた先の床を溶解させてから消失する。
それと同時に、ティスリの体に絡みついていた炎の渦も消失し、蒸発していた豪雨の煙だけがしばらく残っていた。
いったいどのくらいの時間が経ったのか──一分だった気もするし、一時間だったかもしれない。
やがて水蒸気も消えていき、その向こうには、ずぶ濡れになったティスリの姿だけがあった。
そんなティスリに、オレが声を掛ける。
「ったく……手間かけさせて。少しは頭が冷えたか?」
オレがそう言うと、ティスリはギロリと睨んできた。
頭は冷えても、まだ怒りは収まっていないらしい。
「わたしがあなたを殺せないことが分かっていて……あなたは、どれだけ卑怯なのですか」
「使えるものは使う。それがオレの主義なんだ。でなければ、ただの平民が王侯貴族相手に立ち回れるかよ」
「そんな手が通用するのはわたしだけですからね? ただの王侯貴族なら、問答無用であなたを処断しているところです」
「分かってるよ。お前だからカマを掛けたに決まってるだろ」
「………………」
ティスリはむっつりしていたが、なぜか頬を赤らめていた。
そんな、なんとも言えない表情でティスリが言ってくる。
「言っておきますが、まだあなたのことを信じたわけではありません。これからさらなる事情聴取を行いますから覚悟してください」
「口の回る貴族共に、いくら聞いたって無駄だろ? それよりチャッチャと産科で検査すればいいじゃんか」
「子供を授からなくても、そういう行為がなかったわけではないでしょう!?」
「はぁ……分かったよ。それなら思う存分、気がすむまで調べたら──」
ガコン──!
オレが話していたら、突如として……
体が傾いた。
「アルデ!?」
悲鳴に近いティスリの声。
オレは目を見開いて、自分の足元を見る。
床が崩れていた。
さきほどティスリが放った一撃で、オレが立っていた床まで崩壊したようだ。
そうしてオレは、空中庭園の外に投げ出される。
「……をや?」
オレは、自由落下を感じながら首を傾げた。
今、オレはティスリの指輪を装備していない。
だから、防御結界は発現しない。
そしてもちろん、オレは魔法が使えない。
と、いふことは……つまりあと数秒で……
「地面に激突して死ぬのでは?」
そんなことをつぶやいたら、悲壮な声が聞こえてきた。
「アルデ! 手を伸ばして!!」
声の方を見ればティスリまで落ちていて──
オレが手を伸ばしたかと思うと──
引っ張り上げられた?
「え?」
落下していたはずのオレは、飛翔していることに気づいた。
「空を、飛んでいる……! 魔法か……!?」
オレが目を見開いてティスリを見ると、彼女はオレを抱き締めていて、そして睨んできた。
「なんで落ちるんですか!?」
理不尽なその物言いように、オレは首を傾げるしかない。
「いやなんでも何も……アナタが床を破壊したからデスガ?」
「床がなくなったくらいで落ちるとは何事です!」
「床がなくなったら落ちるだろ、そりゃ……」
「あなたは魔法が使えないんですから死んじゃうでしょ!?」
「ええ、まぁ……そうですが……」
「なら落ちちゃダメでしょ!?」
「デ、デスヨネー……」
いや、魔法が使えないから落ちるんだが……
そもそも、空を飛ぶ魔法があるなんて知らなかったぞ?
コイツ、いくら天才だとはいえ……もはやなんでもアリだな。
オレは、半ば呆れてティスリを見ると、ティスリは、雨に濡れた瞳をオレに向けた。
濡れているその美しい双眸は、まるで泣いているかのようだった。
「もう……わたしの前からいなくならないでください……!」
そうとだけ言ってから、オレの胸に顔を埋める。
うーむ……こうして美少女と抱き合って空を飛んでいるというのに、ティスリの鎧が邪魔をして、肢体の感触がまったくもって味わえない……残念だ。
仕方がないので、オレは鎧ごとティスリを抱き締めた。
そのとき、ティスリの肩がピクリと動く。
鎧に覆われているというのに、なかなかウブい反応をするじゃないか。
なのでオレは、ささやかながらの仕返しとして……ティスリの耳元で囁いた。
「分かったよ。善処する」
ティスリの耳たぶは真っ赤になるが、嫌がる素振りは見せない。その代わりに文句を言ってきた。
「貴族みたいな言い方しないで」
オレは苦笑をしながら、もう一度耳元で囁く。
「悪かった。もう、どこにも行かない」
「分かればいいんですよ、分かれば……」
そうしてオレたちは、抱き合ったまま空を飛び続けて──
──やがて雨雲を抜けて、夕焼けに染まる雲の上にまでやってきていた。
そんな幻想的な光景の中、ティスリがぽつりとつぶやく。
オレの胸の中で。
「もう……いいです」
「何が?」
「あなたの子供を授かってあげます、と言っているのです」
「いやだから、まぢで手を出してないんだってば……」
「それは時間が証明するでしょう」
「はぁ……まぁそれでいいよ」
「だから……もうこのまま旅立ちましょ……?」
そしてティスリが顔を上げる。
赤く張らした瞳は、あれだけ強かった彼女を、とても弱々しく見せていた。
「こんな面倒な王宮なんて、もううんざりです」
その物言いように「いちばんこじらせたのはお前じゃんか」と思わず言ってやりたくなったが……大人なオレは文句を飲み込んでからニヤリと笑う。
「まったくだ。二人でさっさと追放されよう」
「あんな王宮、わたしたちが追放してやるんですよ」
「なるほどな。確かにその通りだ」
そうして──オレたちは笑い合った。