僕と拠り所〜番外〜 福岡奇譚…再会
彼がいなくなってから何年の月日が流れただろうか。
12年…それは長い様で短い。いつもそばに居るとわかっていながらもふと見えなくなった彼を探すと、肩がズシッと重くなる。
その度に、彼の手を握ろうと、胸の辺りを両手で探るが、触れることはおろか、気配さえも感じることができない。
とある平日の午後、仕事も早く終わり、帰宅した私の隣には妻と3人の子供がいてこの上ない幸せな時間を感じていた。
「あいつがここにいれば…」
彼のことを思い出す度に心の中で何かが壊れそうになる。
「ミチオ…会いたいよ。」
そう思っているとピコンと、携帯が鳴る。
手に取ると、私が一番好きな怪談朗読師からのDMだった。
【福岡でイベントやりたいんですが、会場抑えられるとのことで連絡しました。】
彼のイベントをもっともっと広げていきたいという思いがあったので、早速返答をしようと画面を見返すと
【もちろん!任せてよ!】
そこには自分では打ったはずのない文字があった。
画面すら触っていないのにおかしいと思いながらも、文字を打ち直して、送信する。
すると、すぐに返信が来た。
【一緒に行きたいな。】
明らかに文脈がおかしすぎると思ったが、自分の頭の中で文章を繰り返し、読み続ける。
「ミチオ…?」
そう思うと涙が溢れてくる。それを拭うと、もう文字は画面から消えていた。
急いで何度も会いたいと文字を打つが、いくら画面を触っても文字が打てない。
【では、宜しくお願いします。】
既読がついて返信が来た後、電源が落ちてしまった。
「また…彼のこと?」
そう妻が問いかけてきたので、泣きながら頷くことしかできなかった。
気持ちが落ち着いてから、イベント業を営む親戚に連絡した。
朗読師と作家さんのビッグイベントの為、場所は作家さんの物語の聖地、太宰府を提案すると
すぐに会場を抑えてくれた。
「こんなに早く…ありがとうございます。」
「あー、慣れてるから気にしないで!でも、本申し込みは木こりがやってね!俺やっちゃうと面倒なことになるから…」
わかりましたと、電話を切り、太宰府の会場へ連絡をすると、本申し込みは現地に来てくださいとのこと。
初めての土地で宮城からの大移動だったが、普段からフットワークが軽く、どこへでも行く人間なのですぐに飛行機を予約した。
イベントに来てくださる作家さんにもDMで挨拶をして、その日はお会いできることになった。
とんでもない贅沢な旅になるなと、心の中では大はしゃぎして毎日同じことを妻に話してくどいと言われていた。
その辺りから、家の中で寂しがる怪異も出始めてきたが、私の肩が重くなることは無かった。
雨音に目が覚め
気付けば、空を飛んでいた。
まもなく、着陸いたします。
そうアナウンスが流れると同時にポンッと
シートベルトのマークがつく。
どういう原理でこんな鉄の塊が水に浮いたり、空を飛んだりしてるのだろうか。
私の脳の範疇を超えた物理の力が働いているのだろう。
機体が左側に傾くと、眩しく照り続ける太陽と生き物のように白く天に伸びる雲が青いキャンバスの下地に映る。
旋回し終えた窓からは仙台よりも栄えた街並みが見える。
窓に目だけが異常に大きい痩せ細った子供がしがみついてこちらを凝視しているが、
旅の初めだ、気にしないことにしておこう。
地上に降り立つと、そこには晴天が広がっていた。
仙台は雨だったのに…
同じ日本でもこうも天気が違うと不思議な感覚になる。
福岡県へようこそと書かれた看板を横目に会場にそのまま向かうことにした。
慣れない土地を人に聞きながら電車に揺られ1時間。
五条駅で降りるはずが太宰府駅まで乗ってしまった。
これも旅の醍醐味だ。
電車の本数も少なくはなかったが散歩がてら目的地まで歩くことを決めた。
が、、、気温は34℃
猛烈な暑さと共に汗が噴き出てくる。
最近肥えたこの体には酷だと思いながらも
身体は前に進んだ。
美しい赤色に染まる駅を背に、ここが作家さんのシリーズの聖地かと思うと鳥肌が止まらない。
「ミチオもいるんだろうか…」
そう思い、ふと駅の右側を見るとどうやら着物を着た人で賑わっている。
気になり向かうと、広い通路の両脇には古い建物が並んでおり、梅ヶ枝餅と書かれた暖簾に圧倒される。
お店がたくさんあって少し迷ったが、直感で決めた
「すいません!梅ヶ枝餅2つください。」
「観光かい?」
「はい。11月のイベントの下見と…」
思わず言葉が詰まってしまった。その様子を見て店のおばちゃんは笑顔で答えてくれた。
「他にも用があるなら、そこに行くといいよ。神様がちゃんと見ててくれるから」
そう言って指を向けた方向を見ると、大きな鳥居が立っている。
「あれが…太宰府天満宮ですか。」
見るからに神社とは思えないほどの広大な土地と、樹齢は軽く100年は超えている木々たちが夏の暑い日差しを受け照り輝いている。
まるで桃源郷を彷彿とさせる風景が広がっていた。
「それはもうひとりの分なんだろう?覚めないうちに持っていってやんな。」
そう方を叩かれ、ありがとうございます。と告げたのち、鳥居へとかける。
中に入ると、綺麗に整理された石畳をカラコロと多くの女性や男性が下駄を鳴らし歩いている。
その群衆の後を汗だくになったシャツの袖で額の汗を拭いながらついて行く。
一つ目の橋を人混みに流されながら歩くと大きな心字池と大木に心を惹かれ欄干にもたれかかり写真を撮る。どうやら太鼓橋と呼ばれているようだ。
ここ、あの作家さんの話で…
そうだ…きっとここだ。と美しい景色と聖地巡礼していることに心が躍る。
初めて携帯で360度カメラというものを使用したが、本当に来てよかったなと心が躍る。
振り返って元来た道乗りを心にしまい前へ進むことにした。
2つ目の橋でも写真を撮っていると、参拝客から注意された。
「立ち止まらないで早く進みなさい。」
「す、すいません。」
自分よりも年下か同い年くらいか…
妙に落ち着きのある男性にそう告げられ道を譲る。
「この橋で立ち止まってはいけないんだ。さぁ、早く」
「あっ、そうなんですか。何も知らずに…すいません。」
そう言われ、写真を撮り終えた私は足速に先へ進むことにした。
最後の橋へ踏み出した時、何か違和感を感じて振り返ったが、そこには周りと変わらない人混みがあるだけだった。
賽銭はいくら入れようか、朗読会の成功とそのほかには何をお願いしようか…
そんなことを考えてながら最後の橋を渡り切ろうとした時、後ろから誰かにぶつかられ足元のバランスを崩して転んでしまった。
商売柄普段から足腰を鍛えてるつもりだったが、長旅で疲れてしまったのだろうか…
「いてて…」
そう言いながら立ちあがろうとした時、ふと何処かで嗅いだことのある甘い香りが鼻腔いっぱいに広がる。
「大丈夫かい」
今まで感じていた微風も、暑い夏の暑さも群衆の喧騒も完全に時間と思考が停止する。
「………」
「ほーら…いつまでそうしてるんだい」
たくさんの風鈴の音が心地よく心の中に流れてくると同時に、歯を力強く噛み締めているがそれと反して、かよわく唇が震え出す。
「…ッ……ッ」
嗚咽が止まらない。
「ミ…ッ…ミチ……ゲホ……」
「君が逢いたいって言ったんだろうに…そこまで泣く必要はないだろう。でも…」
私はミチオが伸ばす手を疑心暗鬼に掴むと、あの時と同じように、感触と暖かさが伝わる。
立ち上がると彼は後ろから優しく抱きしめてくれた。
あの頃のように…
「でも、僕も嬉しいよ。」
その耳元で囁く声に溢れ出る涙を抑えられずに、彼の手を強く握り返すと、彼もまた強く握り返してくれた。
「約束だよ…君の書いた手紙、毎日読んでるんだから。こうして君の思いでまた繋がれたよ。」
「うん……うん……」
気づくと周りには人だかりができていた。
「あの…お身体大丈夫ですか?」
ミチオが周りには見えていないことに気づき咄嗟に昔ながらの対応で乗り切ろうと思った。
「すいません…強く心を打ってしまいましたが大丈夫です。」
腕で涙を拭い、鼻水を吸いながらそう答えた。
「はぁ、大丈夫なら…いいのですが…」
「ご心配おかけしました…もう大丈夫ですので…」
「それじゃ、行こうか」
2人でその場を後にする。
大木のある人通りの少ない日陰に移動した。
「でも…なんで……」
「君が一番知っているくせに」
「そうだこれ……でもたしかになんで2つも買ったんだろう」
そう言ってまだ暖かい梅ヶ枝餅をミチオに渡す。
「会えるって、わかってたから…じゃないかな。」
2人で頬張るともちもちした生地の中から程よい甘さの餡が口いっぱいに広がる。
「うんま!」
「これ美味しいね!!」
その記憶に涙が溢れた。
「お前と食べるから、余計に美味いんだよ。」
「ごめんね…木こり…」
「いいんだ…」
見えなくなったのは私自身のせいだ…
私がこの世に生きてるから、時間と共にその存在が薄れ消えていく。
それが故に不思議な体験をしたりこうして今、隣にいるミチオと出会えてかけがえのない時間を過ごせた。
神様の拠り所として私が選ばれたわけだが
今は私が拠り所を探しているようだ。
心にがっぽりと穴が開いたその日からまた会えることを夢見ていた。
「なぁ…ミチオ」
「なんだい?」
「ずっと一緒に入れるかな」
「僕は常に君のそばにいるさ」
「そうじゃなくて、今お前のこと見えてるんだからこれからも…」
「それは…無理だよ」
その時、私は全て知っていたが、それでもミチオを責めてしまった。
「じゃぁなんで出てきたんだよ。」
「木こり……」
「こうしてお前とまた会えて、ここを出る時には、はいさようならかよ…そんなの…おかしいよ…こっちはどれだけお前のことを思っていたか…お前が見えなくなってどれだけお前を探したか…また、また辛くなるだけだよ。」
頭上を日差しから守ってくれるほどの大木が風で揺れるたびに自重でギシっと音を立てる。
「本当にお前はそう思っているのかな。」
1人の青年が私たちが座っている方とは反対側の幹に体を寄せていた。
「あなたは…」
体を移動して声の方へ向かうと先程橋を渡っている時に立ち止まるなと声をかけてきた人だった。
「話は聞いたが、ひどい言いようだ。お前、それでも護神体か?」
「君は……」
ミチオがそう問いかけると
ああそうだと彼は深くため息をつく。
「もちろん、もう俺にも見えない。だがいるのは分かる。お前らと同じように、お前は彼とそんな薄い関係だったのかな。」
「違う…俺とミチオの何が…」
「分かるさ…深く理解している…お前と同じようにな…この場所が…全国12000の総本山が全力でお前たちの、お前の力を最大限まで引き伸ばしてる。だからそうして見えてるんだ。」
「君は…」
「なんで…なんでこんなに苦しいんだよ…」
もう涙を流すことしかできなかった。
ちっぽけな自分の弱さを受け入れたのはこの時が初めてかもしれない。
「今、この時くらい笑ってやれよ…」
そう言って彼はうなだれる私の肩を掴む。
「これも縁なのだから…」
ポンポンと私の肩を叩いたのちに立ち上がり何処かへ去りゆく背中越しに彼は言った。
「それじゃぁ…また…きっと全ては上手くいくように…」
「木こり、ごめん!僕…」
「いいんだ…悪いのは俺の方だ。ごめん。」
周りの時間が動き始め、太宰府天満宮は賑わいを見せていた。
「行こう…ミチオ」
「そうだね!」
私たちは立ち上がり、その先へ進むことにした。
社務所には色とりどりの御守りやお札を眺めながらあの時のように2人は目を輝かせる。
「木こり!これ欲しい…」
「うげ…たけぇ〜…けど2つ買うか!」
「木こり!おみくじがあるよ!」
「うげ…末吉かよ…うーわミチオ!大吉じゃん!良いなー!」
何度も泣きそうになったが堪えた。
ミチオのあんな顔を見れたのはいつぶりだろうか。
表情や仕草、全て覚えている。
あのサラサラした髪も、むかつくほど整った顔も体も次になんて言うかも。
全てが幸せで苦しくて悲しくて嬉しかった。
本堂について
コロンと大きな鈴を鳴らして2人で手を合わせた。
もちろん何も考えずに持ち金を全てお賽銭箱へと投げ入れた。
「朗読会で皆様が演者様、作家様と幸せな時間を過ごせますように…」
「木こりとずっと…」
「ミチオとずっと…」
「一緒に入れますように」
枯れ果ててはいない涙は溢れ出ることを知らずただゆっくりと頬を伝った。
元来た道をゆっくりと戻る。
ふとミチオの足元を見ると、少しばかり薄くなってきたようだ。
「あのさ…ミチオ」
「なんだい?」
「ずっと一緒に…」
「いてくれるかい?って?当たり前さ!」
「また、見えなくなるんだ。」
「そうだね…」
「ひとつだけ、質問があるんだ。」
「なんだい?」
「すごく辛い時、悲しい時、幸せな時、嬉しい時、肩のあたりがズシって重くなるんだ…そういう時って、、、」
「拠り所の証だよ。僕が木こりに抱きついてる!」
太宰府天満宮の入り口まで戻る頃、ミチオの姿はほぼ透明に近い状態になっていた。
「ミチオやっぱり、ダメだ…泣いちゃう」
「ごめん」
そういうとミチオは私を後ろから今までにはないほどの力で細い両腕を強く私の方へと回す。
「僕も泣いちゃう」
「ありがとうミチオ」
「それは僕の言うことだ。ありがとう木こり」
こんなに人を、神を、友情に恋焦がれて愛したことはあるだろうか。
もちろん、妻や子供はそれと同等かそれ以上に感じる。
ただ、常に一緒にいた人が突然いなくなって、10年以上経って急に目の前に現れて、そんな再会もほんの一瞬だなんて、こうして会えた縁をありがたく思えば良いのやら、恨めば良いのやら、私には分からない。
「ただねミチオ、ここで気づいたんだ。君も私の拠り所で、私も君の拠り所だって…」
「こんなに長い時間過ごしたら、誰だってそうなっちゃうよね!なんだかこの関係はとても面白いや、アハハハハハハハハハ!」
そう言いながらミチオは一筋の大きな雫を私の腕に落とし微風のどこかへと消えた。
私は立ち止まり1人、鳥居の前でうなだれる。
涙をこぼしながら、それでもミチオと過ごしたことを喜び、引き攣る笑顔を空へと向ける。
相変わらず肩は重いまま…私の力も風の何処かへと消えたせいか、怠さが体の奥底から一気に湧き上がる。
それでも、彼はまだ私の肩を抱きしめてくれているのだろうか…
重い体を必死に立たせて、朗読会の会場へと向かうことにした………
その後、無事に会場を抑え作家さんと食事をする為博多駅へ戻った。
すんなりと合流出来てとても素敵な食事を共にした。
食事をしている時に私と会ってイメージが浮かんだと作品を書いていただくことになった。
とてもありがたい…食事をご一緒できると言うことでさえ頭が上がらないのに…
こんな幸せなことがあって良いのだろうか。
お見上げも頂き彼とは駅のホームで姿が見えなくなるまで見送りさせていただいた。
彼が思い浮かんだのは私とミチオのことなのだろうか…
だとしたら、彼もまた、何かを感じ見える人なのだろうか。
彼の声で彼の作品を語り嗣ぐ日を私は心待ちにしている。
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