シシテル #鬼人
意識が戻ると僕の瞼は静かに開いた。
「よ!」
ゴリゴリと音を立てて口をもぐもぐしているのは癒鬼だった。
気がつくとリビングにいてお姉ちゃんは僕の頭を膝に乗せながら良かった…良かった無事でと涙を流している。
「お姉ちゃん?」
いつもはゲームばっかりして部屋から出てこないイメージが強かったけどそれは僕の家族が死ぬ前の話。
最近は二人でいる時間が長くなったような気がする。というか、僕が一人になっちゃうからお姉ちゃんはちゃんとお姉ちゃんをしてくれてると思う。本当は心も身体もボロボロなのに
「起きたか…一葉。癒鬼が世話になったな。」
ダイニングテーブルに並べられた普段なら僕の座っている席に茨木童子が足を組んで背もたれに肘をかけながら冷蔵庫の中にあったと思われるもう誰も飲まないビールをグビグビと音を出して飲んでいる。
一方で僕をじっと見つめている癒鬼はどうやら煎餅を頬張っているようだ。
「癒鬼…ゲガはしてない?大丈夫?」
僕は癒鬼の頬に触れようと右手を伸ばした。
「触れるな小僧。鬼と接触すればどうなるか父や母から教わなかったのか?」
茨木童子はビールの入っている缶を握り驚いた様子で僕を見つめている。
「私たちはもともと神道の家系…生まれ持ってしてその能力が備わっているの。でも父と母は違った。この世が泰平になってからは一切の力は使わず流れに身を任せてきた。例え鬼や神がこの世界で暴れたとしても何事もなく過ごすと私は教えられたの。でも耐えられない…一葉までいなくなると思うと心が痛い。」
お姉ちゃんはそう言ってまた涙を僕の頬に溢した。
その言葉に茨木童子が驚き先ほど潰した缶ビールを飲み干す。
「神道の家系だと?そんなお前らが…なぜ魍魎道を開く?ありえない…鬼に名付けまで…それじゃまるで悪逆無道の行い…てっきり私は…」
煎餅を音を立てて噛み砕く癒鬼が僕を見つめる。
僕は癒鬼に少しだけ微笑んだ。
その時お姉ちゃんがさっきの続きの話を話し始めた。
「酒呑童子…それを討伐したのが私たちの先祖にあたる源頼朝。それに率いる一般兵との間に生まれた子供が」
茨木童子は新たにビールを開けようとしていてその手に持った感が地面へと滑り落ちた。
僕はお姉ちゃんが何の話をしているのかわからなかった。
「その間に生まれた子供が鬼童丸…私たちの父の家計にあたる鬼よ。」
「お前…今…何と言った。」
茨木童子の額からは日本の角が生え、その真っ赤な瞳の中には大きな稲妻が走っている。
「憎い…憎いでしょうね…私たちの先祖が酒呑童子を倒したんだから…でもね…その幼き鬼童丸を育て上げたのも私たちの先祖なの!その後も何度も何度も頼朝に殺されかけた。先祖は鬼童丸を隠し続けた。山奥に隠れ、冬は凍死した先祖もいた。それでも隠し続けようと日々を過ごしていたら突然目の前にそれは現れた。」
「貴様戯言を…何…童子切安綱が開かない…なぜ…お前らが…あの時…我が酒呑童子様を…我が…憎い…憎い憎い憎い憎い憎い憎い…癒……カッ…癒……カッ……」
茨木童子は腰につけた刀を抜刀しようとして自分の手元を見て驚いた。
その腕には金色の腕がその刀を開くまいと鞘と柄を抑えている。
喉元を抑えながら息ができなくなった茨木童子はその場に倒れ込んだ。
「それはもともと私たちの先祖のものね…でもいい…それを持つ価値が貴方にはある。話を続けてもいい?先祖の目の前に現れたのは八千矛神…鬼を守り平和をもたらしたことで今まで育て上げてきたことが神に届いた。貴方が癒鬼の名前を言えないのも無理はない。今貴方は私達に手を下そうとしているのだから。」
その後、神はその家族に安寧を約束し、鬼童丸を人の姿へ変えた。鬼童丸は神と鬼の力を駆使し戦乱の世を戦い抜いた。
目の前に切り掛かっててくる敵がいても放たれた矢が自分の頭に必中すると思ってもそれらは金色の腕によって弾かれたという。
時が経つにつれ人の子と共にし自らが鬼と忘れ子を授かりその子らは人と同等の寿命を得た。
生き死にを繰り返し神の力と鬼の力が混ざりその力が四葉と一葉へと受け継がれたのであった。