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失われたい命・脚本

 今夏、失われたい命という作品を上演しました。
 "死にたい" って何なのか。
 自分なりに噛み砕いて、答えを導き出した作品です。
 でもこれはあくまで一個人の主観。
 僕の中に、僕の死にたいがあるように、
 きっとあなたの中にもあなたの死にたいがあるはずです。
 自分にとって『死にたい』は何なのか、
 そんな事を考えるきっかけになると幸いです。
 森永直人

【失われたい命】2019年8月15日-18日上演

     第一幕。

     椅子が一脚。
     腰を据えているのは妹尾健太。

     7年前。

妹尾:バイト。バイトしてるんですけど、居酒屋で。昨日の夜、サラリーマ
   ンの飲み会? 懇親会? 分からないですけど、懇親的そういう飲み
   会のお客さんが来てて、その人たち話してました。会社の愚痴。嫌な
   上司の真似とかして腹抱えて笑ってるんです。その会話の中で1人が
   言ったんです。いつかあんな上司恨まれて家燃やされちゃえばいいん
   だよ、先週の放火事件みたいに、って。ムゴいなって思いました。ま
   だ先週の事なのに、もう笑い話のジョークに使われてる……そんなも
   んなんですかね、事件なんて。
刑事:君の話を聞かせてくれますか。
妹尾:………え?
刑事:君はどうして、現場にいたのかな?
妹尾:それは、たまたま。たまたま居合わせただけです。
刑事:たまたま?
妹尾:変ですか?
刑事:いや、そういう訳ではなくて。
妹尾:この間町を歩いていたらムッシュかまやつに会ったんです。
刑事:ムッシュ?
妹尾:はい。ギャートルズの曲とか作ってる。
刑事:渋いですね。
妹尾:渋いですか? そうですかね……あ、それで。僕がムッシュかまやつ
   会ったのはたまたまです。
刑事:はい。
妹尾:人生で起きる6割のことはたまたまだそうです。たまたま色んな偶然
   が重なって、たまたま自分の身に起きる。人生はたまたまです。
刑事:はい。
妹尾:僕はたまたま、家が燃えてるのを1番に見つけてしまった。それだけ
   です。それが何か?
刑事:いえ、分かりました。今日は帰っていただいて大丈夫です。
妹尾:今日は、ですか? また呼ばれるんですか?
刑事:それはまだ分かりません。
妹尾:僕は小学生の時に川に溺れている猫を助けたんです。大雨の次の日で
   した。まだ川の流れが強くて、猫、どんどん流されていって。それで
   も僕は思い切って川に飛び込みました。泳ぎは昔から得意で、水泳の
   全国大会にも出たことがありましたから、何とか猫を助けることが出
   来ました。中学生の時、自転車で家に帰る途中にお婆さんがひったく
   りにあったみたいで、その犯人を自転車で追って捕まえたこともあり
   ます。警察に、あなたたち警察に表彰もされました。
刑事:そうですか。
妹尾:はい。これは僕の自慢です。
刑事:はい。
妹尾:あ、そうだ。これもたまたまなんですけど。
刑事:何ですか?
妹尾:たまたまあの家の女主人。
刑事:女主人?
妹尾:あ、あの家に住んでる…(言葉を探して)…家族の母親。
刑事:はい。
妹尾:タバコを吸っているのを見かけた事があります。
刑事:それはいつ、どこで?
妹尾:港南町のスーパー、一ヶ月くらい前かな。表に喫煙所があって、そこ
   で。
刑事:それで?
妹尾:あ、いや。余計なお世話だと思うんですけど、吸ってるタバコの不始
   末が火事の原因って事だってあるんじゃないかなって。まぁもうその
   女主人亡くなってますけど(と何やら噛み締めて)。
刑事:捜査の参考にさせてもらいますね。
妹尾:お願いします。
刑事:それではお疲れ様でした。

     重い扉の閉まる音がして。
     姿勢良く座っていた妹尾、一気に体の力を抜いた。

妹尾:あー…死にたい。

     オープニング。

     机が一台、椅子が3脚ほど並んでいる。
     妹尾、新聞を手にパラパラとめくっていて。

妹尾:死にたいとは殺したいという事だ、ねぇ(と笑って)。

     そこへ上郡、やってきて。

     現在。

上郡:妹尾さん妹尾さん、これ万年筆のインクってどこかに替えとかあるん
   でしたっけ?
妹尾:万年筆?
上郡:はい。今朝使ったら、なんかインクの調子悪くて。
妹尾:インクに調子とかあるんですかね。
上郡:あるんだと思いますよ。昨日までは調子よかったですからね。
妹尾:ないですよ。
上郡:いやありますって、インクにだって調子くらい。
妹尾:そうじゃなくて、インクの替えはありません。
上郡:あ、そうですか。
妹尾:そもそも今時万年筆って。パソコンですよ、大体。というかパソコン
   じゃないと今入稿出来ないですから。まさか書いてるんですか、万年
   筆で、記事。
上郡:ブラインドタッチっていうんですか、苦手で。
妹尾:だからって原稿用紙に記事書いてる記者、この世で上郡さんだけだと
   思いますよ。
上郡:………練習します。
妹尾:万年筆って。令和に万年筆って。絶滅危惧種だな。
上郡:弟にね貰ったんです。お姉ちゃんの書く文章が好きだからって。
妹尾:(興味はなく)へぇ。
上郡:大切にしてます。宝物です。
妹尾:あ、そうだ。
上郡:?
妹尾:敬語はやめてもらえます? 年上だし、一応年上だし。
上郡:とはいえ新参者ですから。
妹尾:じゃあ、徐々に。徐々に敬語、お願いしますね。
上郡:頑張る……です。
妹尾:頑張るですって。
郵便の声:郵便です。妹尾さん。妹尾健太さん、いらっしゃいますか?
妹尾:あ、はい。

     妹尾、席を立ち裏へ歩いていく。
     上郡、徐に妹尾の座っていた席に腰掛ける。
     机に置いてあるパソコンを開く上郡。
     辺りを気にしつつキーボードに触れようとして。
     戻ってくる妹尾。

妹尾:え、ちょっと!

     上郡の元に駆け寄ってくる妹尾。
     慌ててパソコンから離れる上郡。

上郡:すいませんすいません。
妹尾:何してるんですか?
上郡:………ブラインドタッチ。練習しようと思って。

     とまたキーボードに触れようとする上郡。
     妹尾、駆けつけて。

妹尾:触らないでください!
上郡:……すいません。
妹尾:上郡さんにもパソコン支給されてますよね。
上郡:すいません。
妹尾:練習は自分のでやってください。
上郡:ごめん。
妹尾:(ムッとして)そこはすいませんでいいんじゃないですか?
上郡:すいません。

     一息ついて向かいに座る上郡。
     妹尾、上郡に冷たい視線を送りつつ封筒に目をやる。
     チラチラと表裏に目をやる妹尾。

上郡:お手紙ですか。
妹尾:ですね。ただ、送り主書いてないんですよね。
上郡:殺人予告とか、だったりして。
妹尾:(キッと上郡に鋭い視線を向け)。
上郡:冗談です。

     妹尾、徐に封筒を開く。
     中から便箋を取り出して。

上郡:(覗き込んで)何て書いてます?
妹尾:あ、いや。

     上郡、妹尾の背後から紙を覗き込んで。

上郡:1年前の事件はまだ終わってない。
妹尾:見ないでくださいよ。
上郡:1年前の事件って?
妹尾:……さぁ。
上郡:嘘だぁ、絶対心当たりあるでしょ。
妹尾:いや、正直さっぱり。
上郡:そういえば、1年前ってアレありましたよね。
妹尾:アレ?
上郡:飛び降り自殺、横浜のあの、高浜ビルでしたっけ。
妹尾:あぁ、あのSNSでめちゃくちゃ動画が拡散されてたヤツですよね。
上郡:あ、見ました? SNSの動画。
妹尾:えぇ。
上郡:あの動画、めちゃくちゃイイネ付いてましたよね。
妹尾:……あぁ。
上郡:ああいう動画にイイネ押す人の神経がわかりません。
妹尾:………。
上郡:え、何ですか。まさか押したんですか。
妹尾:ちょっと胸が疼いちゃって。もちろん記者としてね。
上郡:………。
妹尾:もちろん、可哀想だとは思いますよ。
上郡:可哀想って。
妹尾:死に様までSNSに挙げられちゃうなんて悲劇的ですしね。
上郡:そうですね。
妹尾:上郡さん、人って何で死にたくなるんだと思います?
上郡:何ですか急に。
妹尾:いや気になりません? 死んだって何にもならないのに、わざわざ死
   ぬなんて、何でだと思います?
上郡:死にたいからじゃないですか。
妹尾:もうちょっと想像力のある答えないですかね。
上郡:……ちょっと違うかもしれませんけど、死にたいというより殺された
   という方が正しいんじゃないでしょうか。
妹尾:ほお。
上郡:何かすごい辛いことがあって、絶望して死にたい。つまりその原因の
   元である人なのか何なのかに殺された、みたいな。
妹尾:惜しい。
上郡:え?
妹尾:惜しいです、上郡さん。
上郡:惜しいとかあるんですかね。
妹尾:正解は、その逆。
上郡:ん?
妹尾:殺したいんです。
上郡:……へぇ。
妹尾:(声高々に)殺したいとは死にたいという事だ。
上郡:いや大きい声で言われてもちょっと。
妹尾:これですよ。

     妹尾、上郡に新聞を手渡す。

上郡:あぁ、この連載の事言ってるんですね。
妹尾:そうです。いい事書いてますよね。これ。
上郡:そうですね。
妹尾:つまりね、辛いことがあって絶望して死にたい。そこまでは合ってる
   んですけど、その原因である人物を社会的制裁として殺したいから人
   は死を選ぶんですよ。学校で虐められた学生は、自分を虐めた連中と
   救いの手を差し伸べてくれなかった学校に社会的制裁を与えるために
   死ぬ。まぁ言葉を変えればパフォーマンス。これが自殺の真相。
上郡:そうなんですか。
妹尾:そうなんですよ。それでこの事件もそういう訳あり物件。
上郡:何か楽しそうですね。
妹尾:記者としてね。胸が疼きます。
上郡:普通じゃないですよ。
妹尾:普通じゃないんです、俺は。
上郡:でも何でわざわざ死にたいのに飛び降りるんですかね。
妹尾:死にたいから飛び降りるんじゃないですか。
上郡:にしても他にも、もっとコスパのいい死に方ありません?
妹尾:コスパって。
上郡:だって、死なない可能性だって高いじゃないですか。変に命からがら
   生きちゃったりなんかしたらそれこそ地獄でしょ。
妹尾:だからアレですよ。パフォーマンス。ショッキングでしょ、飛び降り
   って。それ狙いなんじゃないですか。
上郡:あぁー、なるほどね。

     と上郡、封筒をいじっていると中から名刺が落ちてきて。

上郡:妹尾さん、名刺出てきましたけど。
妹尾:え?
上郡:あ、いや、だから名刺。出てきましたけど。志熊沙知絵って。
妹尾:志熊?
上郡:はい。えっと、高浜ビル、受付、とか何とか。
妹尾:高浜ビルって。
上郡:あら、あらら、去年飛び降りがあったビルですね。
妹尾:………。

     志熊、現れて。

志熊:志熊沙知絵、24歳です。

     妹尾やってくる。

妹尾:志熊さん、こちらです。
志熊:あ、はい。
妹尾:急にお呼びたてしてすみません。
志熊:いえ。
妹尾:妹尾と申します。あ、すいません。録音、しますね。
志熊:(黙って頷いて)

     名刺を差し出す妹尾。
     志熊、マジマジと名刺を見て。

志熊:あの。どこかでお会いした事ありましたっけ?
妹尾:………いや、ないんじゃないですかね。
志熊:そうですか。ならいいんですけど。
妹尾:新手のナンパですか?(と茶化して)
志熊:(見るからに不快な様子で)ご用件って。
妹尾:失礼しました。実は私の元に手紙が届きまして。
志熊:手紙?
妹尾:その手紙にあなたの名刺が。

     志熊の名刺を差し出す妹尾。

妹尾:確かにあなたのものですよね。
志熊:……はい。
妹尾:そうですか。
志熊:この名刺だけ入ってたんですか?
妹尾:いえ、ちゃんと文面も添えられていましたよ。
志熊:……焦らさないでください。
妹尾:1年前の事件はまだ終わってない、って。
志熊:1年前?
妹尾:……1年前の8月12日、山際慎吾という男が横浜の高浜ビルから身
   を投げました。
志熊:!
妹尾:……やっぱりご存知ですよね。
志熊:ニュースで見ましたので。
妹尾:多分手紙に書かれてる1年前の事件はまだ終わってないというのはこ
   の事じゃないかと思ってまして。
志熊:……はぁ。
妹尾:志熊さんは山際さんが飛び降りた高浜ビルの受付嬢ですね。
志熊:………それが何か。
妹尾:あなたの苗字、珍しいものだったのでビルの方もすぐあなただとご理
   解いただけました。あぁ、あの記号みたいな名前の子ねって。
志熊:………。
妹尾:失礼を言いました。申し訳ありません。
志熊:いえ、言われ慣れてますので。
妹尾:まだ山際さんの自殺事件と決まった訳ではないので、こんな事聞くの
   も失礼かとは思うんですが、何か心当たりはありませんか。
志熊:心当たりって。
妹尾:どういうご関係ですか。
志熊:は?
妹尾:山際さんと。
志熊:……関係なんてありませんけど。
妹尾:本当のことを話してください。
志熊:………。
妹尾:お付き合いされてたんですよね。山際さんと。
志熊:………。
妹尾:されてたんですよね?
志熊:………はい。
妹尾:それは立派なご関係ですよね。
志熊:………。
妹尾:どうして嘘をつくんですか。
志熊:わざわざ言うような事ではないと思っただけです。
妹尾:交際をしていたということはわざわざ言う事ではありませんか。
志熊:はい、ありませんね。
妹尾:……そうですか。では山際さんとの間には彼が自殺をするような何か
   はないと。
志熊:ええ、断じて。
妹尾:どのくらいの期間、お付き合いされていたんですか。
志熊:ほんの数ヶ月です。
妹尾:不躾ですが、別れた原因は。
志熊:念のために言っておきますけど、山際くんとは普通のお付き合いをし
   て、自然にお別れしましたからね。
妹尾:普通……自然ですか。
志熊:はい。
妹尾:ちなみに先ほどから《山際くん》とおっしゃってますけど。
志熊:それが何か。
妹尾:いや。一度は交際した中なのによそよそしいなと思いまして。
志熊:何が言いたいんですか。
妹尾:いや別に、深い意味はないです。
志熊:………そういう関係だったんです、私たちは。
妹尾:山際さんとはどのようにお知り合いに?
志熊:どのようにって。毎日のように顔を合わせてましたから。
妹尾:毎日?
志熊:ええ。
妹尾:どうして毎日顔をあわせるんです?
志熊:どうしてって山際くんはビルに入ってる『ピースフルサイト』ってい
   う広告代理店に勤めてて。ご存知ですよね?
妹尾:それは山際さんの口から直接聞いたんですか?
志熊:はい。
妹尾:そうですか……分かりました。
志熊:え、何ですか?
妹尾:いえ、別に何も。
志熊:ちなみに言いますけど、最初は山際くんから声をかけてきたんです。
妹尾:ほお。それは、どんな風に。

     山際、現れて。

山際:あの!
志熊:はい?
山際:あ、僕。ここのビルの、ピースフルサイトの、
志熊:知ってます。
山際:ホントですか。
志熊:ええ、まぁ。いつもここ通られますもんね。
山際:そうなんです。いつもここ通るんです。
志熊:えっと、で。
山際:あの、えっと。
志熊:………?
山際:あ、えっと、行きつけのゲイバーがあって!
志熊:はい?

     妹尾、立ち上がって。

妹尾:ゲイバー?
志熊:それが最初の印象です。
妹尾:どんな印象ですか。
志熊:あ、この人。ゲイなのかなぁって。
妹尾:まぁそうなりますよね。それで?
志熊:それでって、それだけです。
妹尾:それだけ……。
志熊:山際くん常連みたいで仲良さげに話すジュンくんっていうお店の人が
   いて、それでその人が面白かったんで、楽しかったですよ。
妹尾:その人はつまり、そういうことですよね?
志熊:ええ、ゲイバーですからね。
妹尾:ですね。
志熊:まぁ山際くんとはその日からもその店でたまに飲むようになって。
妹尾:その店なんですね。
志熊:えぇまあ。
妹尾:それでずっと山際さんとはそこで?
志熊:いや、それが。行き始めて2ヶ月くらい経った時に、山際くん急に来
   なくなっちゃって。
妹尾:………それは何故?
志熊:私も噂程度でしか聞いてないですけど、会社で色々あって精神的に病
   んだとか、病んでないとか。
妹尾:病んでないんですか?
志熊:いや、どうでしょう。分かりません。
妹尾:お店に来なくなった後に連絡を取り合ったりは?
志熊:してません。
妹尾:ではお付き合いは、
志熊:さっき言ったでしょ自然に別れたって。
妹尾:自然、
志熊:自然消滅です。
妹尾:あぁ、その自然。
志熊:なので山際くんが飛び降りたのだってニュースで知りました。これは
         本当です。
妹尾:そうですか。ちなみに今恋人は。
志熊:います。
妹尾:いつ頃からですか。
志熊:これ、取り調べですか。
妹尾:取材です。
志熊:やけに人のプライベートに土足で踏み込んでくるんですね。
妹尾:すいません。
志熊:いえ。1年前。山際くんと連絡が取れなくなったちょっと後に前の彼
   氏と復縁しました。
妹尾:分かりました。ありがとうございます。
志熊:いえ……。
妹尾:それじゃ、今日はこの辺で。
志熊:……あ、あの。これ。
妹尾:?

     志熊、カバンから一通の封筒を取り出す。

志熊:昨日、ウチの郵便受けに入ってて。
妹尾:え?
志熊:山際くんの事件について聞きにくる人間に渡せって。
妹尾:………。
志熊:何なんですか、コレ。
妹尾:中はご覧になりましたか。
志熊:いえ。
妹尾:分かりました。ありがとうございます。
志熊:それじゃ。

     志熊、去っていく。
     封筒を徐に開く妹尾。
     中から一枚の名刺が出てくる。
               大門、現れて。

大門:大門光太郎、27歳です。
妹尾:初めまして、妹尾と言います。この名刺、あなたのもので間違いあり
   ませんか。
大門:(名刺を見て)ええ。
妹尾:そうですか。どうぞ、おかけください。すみません突然ご連絡してし
   まって。
大門:いえ、とんでもない。
妹尾:あ、録音させていただきます。
大門:分かりました。
妹尾:すいません。お忙しいのに。
大門:そんな事ありません。
妹尾:見ましたよ。大門さん、雑誌で取材。かっこよかったなぁ。
大門:あぁ、昔の話ですから。
妹尾:すごい事ですよ。若くして随分と結果を残されてる。
大門:やめてください。
妹尾:持ってきたんです。大門さんの特集の雑誌。1年間家に保管してあっ
   て。
大門:あぁ、そうですか。それはどうも、ありがとうございます。
妹尾:サイン、もらってもいいですか。
大門:はい、いいですけど(とサインして)。
妹尾:ありがとうございます。大切にします。
大門:あのそれで、ご用件というのは。
妹尾:あぁ、山際さんの件で。
大門:……山際って山際慎吾ですか。
妹尾:ええ。
大門:……あぁ、で、山際くんが何か。
妹尾:去年、山際さんがビルから身を投げたことは。
大門:話は聞きました。残念です。
妹尾:山際さん、あなたの働いている『ピースフルサイト』で働いていたと
   いう証言がありまして。
大門:え?
妹尾:という証言があるという話です。でも実際は違う。そうでしょ?
大門:はい。
妹尾:ただ『ピースフルサイト』の入っている高浜ビルに山際さんが頻繁に
   出入りしていたというのは事実のようです。それもあなたの会社の社
   員を名乗って。
大門:……そうですか。
妹尾:理由はまだよく分かりません。
大門:………。
妹尾:後輩なんですよね。
大門:……はい、高校の後輩です。
妹尾:少し調べさせていただきました。
大門:あの、それはどういう。
妹尾:いえ、素性も知らないまま取材なんて失礼かと思いまして。
大門:……それで。
妹尾:山際さんの自殺に関して思うところはありませんか。
大門:そうですね……非常に他人思いの良い奴でしたから…無念です。
妹尾:従順な?
大門:……え?
妹尾:いえ。
大門:………。
妹尾:高校時代、山際さんに何か問題はありませんでしたか。
大門:問題って?
妹尾:ええ。調べたところによると山際さんは高校を中退されてますよね。
大門:あぁ、
妹尾:それに関して何かご存知ないですか。
大門:……ここだけの話にしてくれますか。
妹尾:分かりました。
大門:私も詳しい事は知らないのですが、良からぬ噂がたちまして。
妹尾:噂?
大門:ええ、密売。
妹尾:……はい?
大門:ご存知ないですか? 7年前、港北の高校で生徒が大麻を使用したっ
   て。
妹尾:ニュースで見ました。
大門:その事件に山際くんが関わってるんじゃないかって。
妹尾:それは事実ですか?
大門:さぁ。ただそれでみんなちょっと距離を置くようになって。ヤバイ奴
   なんじゃないかって。
妹尾:え、ちょっと待ってください。それは、
大門:もちろん私も当時はちょっと悪さもしてましたし、山際くんとそうい
   うアレで関係を深めたといっても過言ではないですけど、さすがに薬
   は、ねぇ。
妹尾:………。
大門:まぁそれ以外にも結構変な噂がいくつかありまして。山際くんは幼い
   頃犬とか猫を殺しまくってたとか、死刑宣告を受けた事があるとか、
   香港マフィアに異母兄弟がいるとか。
妹尾:ぶっ飛んでますね。
大門:そうでしょ。でもそんな噂でも信じる人間はいるんですよ。
妹尾:そうですか。
大門:ただ結局、山際くんが高校を辞めた後、彼が事件には関係がない事を
   警察が認めています。
妹尾:それは、
大門:彼を拘束した後も、数人の高校生の大麻所持が発見されて、山際くん
   ではない密売の真犯人が逮捕されたみたいで。
妹尾:………。
大門:まぁとばっちりだったって事です。
妹尾:そうですか……山際さんが高校を辞めてからは?
大門:ほとんど連絡も取らなくなっちゃって。
妹尾:ほとんど?
大門:はい。私も過去のことを払拭するためにガムシャラに働いたもので、
   なかなか会う機会もなくて。ただ一度、偶然会ったんです。
妹尾:それはどこで?
大門:馬車道の喫茶店だったかな。お友達と何か話してるみたいで。
妹尾:お話はされました?
大門:ええ。少し。

     山際、現れる。

山際:お久しぶりです。
大門:久しぶり。何か変わったね。
山際:それは大門さんこそ。
大門:そうかな。今、何してるの? 仕事は。
山際:えっと、まぁ色々。
大門:そう。そっか、お前も全うな人生送ってんだな。
山際:……ええ。先輩は?
大門:広告代理店。ピースフルサイトっていう。
山際:大手じゃないですか。
大門:まぁ、うん。
山際:ピースフルサイトって事は、横浜駅のあの大きいビルですよね。
大門:うん。駅前のね。
山際:……一つ、相談があるんですけど。

妹尾:相談?
大門:はい。

山際:好きな人がいるんです。
大門:え、あ、急だね。
山際:すいません。
大門:いや、いいんだけど。
山際:協力、してくれませんか?
大門:………。

妹尾:したんですか?
大門:それは、少しだけ。

     大門のスマホが鳴って。

大門:………あ、すいません。戻らなきゃ。
妹尾:……またお話伺ってもいいですか?
大門:(少し苦い表情で)もちろん。それじゃ
妹尾:………。

     大門が去り、入れ替わりで上郡、来て。

上郡:調べてるんですって? 1年前のこと。
妹尾:え、ああ。はい。
上郡:やっぱり手紙の1年前の事件はあの飛び降りだったんですね。
妹尾:まだそうと決まった訳じゃ、
上郡:でもまぁ間違いなくそうでしょう。
妹尾:……まぁ。
上郡:何であの事件の手紙が妹尾さんの所に?
妹尾:………さぁ、それはさっぱり。
上郡:本当に?
妹尾:ええ。
上郡:そうですか。で、光明は見えました?
妹尾:何の光明ですか。
上郡:事件解決の光明です。
妹尾:解決も何も自殺ですからね。本来はそこで終わりだと思うんですけ
   ど。自殺は自殺です。
上郡:でもまだ事件は終わってない。
妹尾:って書かれてますけど。
上郡:死にたいとは殺したいという事だ!
妹尾:え?
上郡:でしょ? 妹尾さんが言ったんですよ。
妹尾:いや、そうですけど。
上郡:殺したい相手がいるんですよ、その人には。でも自分が死んだ所で何
   も変わらなかった。だから、1年越しに。
妹尾:……復讐、ですか。あまりにも子供じみてる。
上郡:………。
妹尾:殺したくても殺さない、死にたくても死なないのが普通でしょ。どん
   なに恨んでたって、殺したら終わりです。死んだら終わっちゃうんで
   すよ、そこで。
上郡:それが唯一、一矢報いる方法だった。
妹尾:いやまぁ。だからこんな事やってるんでしょうけどね。
上郡:健気ですね。
妹尾:ですかね。
上郡:私ならそんな事、やりたくても出来ないな。
妹尾:え?
上郡:あ、いや。もし自分だったらって話です。
妹尾:やっちゃダメですよ。自殺も犯罪ですから。
上郡:犯罪ね。
妹尾:そうです。電車への飛び込み自殺で親族が背負わされる賠償金は数百
   万、ひどいものなら億を超える事だってある。
上郡:………。
妹尾:飛び降りだって、山際の事件はなかったみたいですけど場合によっち
   ゃお金が動く訳ですよ。死に目にまで誰かに迷惑かけたくないですね
   俺は。
上郡:……次は?
妹尾:え?
上郡:次は誰に話聞きにいくんです?
妹尾:あぁ。またコレ、届いてまして。

     妹尾、封筒を取り出して。

妹尾:伊佐美沙里、ボランティア団体『ホーム』の代表です。
上郡:……え?
妹尾:大学時代、山際はボランティアサークルに入ってたみたいで。その時
   の同期みたいですよ。でもなんかな。
上郡:え?
妹尾:いや、いいんですけどね。踊らされてるなって。
上郡:その手紙に?
妹尾:はい。話聞きに行ったところで、正直意味あるのかなって。取材する
   だけして何もありません、ただの自殺でしたーなんて事になったら赤
   っ恥ですよ。
上郡:でも何かがあるかもしれない。
妹尾:まぁね、むしろあってもらわないと困ります。

     伊佐美、現れる。

伊佐美:伊佐美沙里、26歳です。
妹尾:初めまして。
伊佐美:どうも。
妹尾:どうぞお掛けください。
伊佐美:どうも。
妹尾:録音、させてもらいますね。
伊佐美:何でしょう、ご用件って。
妹尾:この名刺、あなたのもので間違いありませんか?
伊佐美:(名刺を見て)ええ。
妹尾:山際慎吾さんのことなんですが。
伊佐美:はい。
妹尾:どのようなご関係で?
伊佐美:ご存知なんでしょ?
妹尾:……ええまぁ。
伊佐美:そういう事です。
妹尾:……ボランティアサークルでお知り合いになったんですよね。
伊佐美:はい。
妹尾:同期と伺いましたが。ご年齢が。
伊佐美:訳あって1年休学していたので。
妹尾:なるほど。それはどうして。
伊佐美:話したくありません。それに記者さんなら、調べればすぐに分かる
    んじゃありません?
妹尾:……そうですね。
伊佐美:山際くんとはボランティアサークルで同期だった。それだけです。
妹尾:どのように山際くんと関係を深められたんですか。
伊佐美:どのようにって?
妹尾:いや、シンプルな質問です。きっかけを聞きたくて。
伊佐美:山際くん。高校時代に色々あったと聞きました。
妹尾:薬の件ですか?
伊佐美:薬? 何ですかそれ。
妹尾:ご存知ない?
伊佐美:ええ。私は放火事件の事を言ってます。
妹尾:……あぁ。
伊佐美:それでお母様を亡くされてる。
妹尾:……そのようですね。
伊佐美:私も身内に不幸がありましたので、そういったデリケートな部分が
    合致したと言いますか、まぁそんな所です。

     山際、現れる。

山際:伊佐美さん。
伊佐美:山際くん、
山際:隣、いい?
伊佐美:あ、もちろん。
山際:伊佐美さんって過去なんかあった?
伊佐美:何かって。
山際:あー例えば、すごい辛い事とか。
伊佐美:分かる?
山際:……分かるっていうか、同じ匂いがするっていうか。
伊佐美:え?
山際:俺、母さん自殺しててさ。
伊佐美:……そうなんだ。
山際:何か同じ感じしたから。違ったらごめんね。
伊佐美:いや、お察しの通り。
山際:やっぱり。俺、不幸続きでさ、高校中退して、家燃えて、母さん死ん
   で。ヤバかったんだよね。
伊佐美:大変だったんだね。
山際:一回死のうとした事もある。
伊佐美:………。
山際:でもある人が止めてくれてさ。生きてくれって言われた。頼むから生
   きてくれって。それ言われて、色々複雑な思いもあったけど、それ以
   上に嬉しかった。不幸が重なって、世界に死ねって言われてるような
   気分だったから。だから嬉しかった。
伊佐美:そっか。
山際:母さんさえ生きてれば、もっと前向けるんだけどな。

伊佐美:彼にとってあの火事は、お母さんの死は大きな人生の落とし穴だっ
    たんです。私も両親の死が落とし穴だと思ってたから、すごく彼の
    言葉に共感しました。
妹尾:……あの火事は、
伊佐美:大きかったそうですね。
妹尾:え?
伊佐美:火事、規模が。
妹尾:ええ。その日は町でお祭りをやってたんです。その影響で渋滞があっ
   て消防車の到着が遅れて、初期消火も遅れて、どんどん燃え広がって
   いったって。
伊佐美:私もニュースで見ました。
妹尾:運よく死人は出なかったので、まだアレだったんですけど。
伊佐美:確かSNSで拡散されて、すごく話題になったとかでしたっけ。
妹尾:ええ。そうです。
伊佐美:お詳しいんですね。
妹尾:実は、山際慎吾とは同級生でして。
伊佐美:……そうですか。いつの?
妹尾:中学の、同級生です。
伊佐美:そうだったんですか。
妹尾:あんまり関わりはなかったんですけどね、学校もそこまで来てなかっ
   たし。
伊佐美:山際くんが?
妹尾:はい。
伊佐美:へぇ、そうですか。
妹尾:まぁ多分、山際は俺のこと覚えてません。
伊佐美:分かりませんよ、すごい覚えてるかも。
妹尾:(笑って)そうですかね。でも覚えててほしくないな。
伊佐美:どうして?
妹尾:いや何か、こっぱずかしいって言うか。向こうはバリバリで、俺は目
   立たない方だったので。俺なんか視界にも入ってないと思ってたか
   ら。
伊佐美:そうですか。
妹尾:あ、それで話変わるんですけどボランティアではどのような事を。
伊佐美:ボランティアご存知ないんですか?
妹尾:いえ、存じ上げてますけど。
伊佐美:じゃあその、神田さんでしたっけ?
妹尾:! ……妹尾です。
伊佐美:あ、そうでした。妹尾さん。
妹尾:ものすごい間違え方しますね。
伊佐美:すいません。
妹尾:で?
伊佐美:ボランティアは今あなたが頭に浮かべているような事ですよ。
妹尾:物資支援とか、炊き出しとか。
伊佐美:ええ。でも大事なのはお金ばかりじゃありません。
妹尾:と言いますと?
伊佐美:心です。寄り添う心。ボランティアは寄り添う心です。
妹尾:初めて聞きました。
伊佐美:みんな目に見えるものだけがボランティアだと思ってますけどそれ
    は大きな間違いです。もちろん物は大切ですよ、実際被災地には家
    財道具も思い出のものも全部失った人がごまんといらっしゃいます
    からね。でも、それ以上に心を傷つけている方が大勢います。そう
    いう人たちに寄り添う、一人じゃないと伝えてあげる。それがボラ
    ンティアの本質なのではないかと考えています。
妹尾:さすが代表ですね。
伊佐美:あなたにおだてられる謂れはありません。
妹尾:そういうつもりじゃ。
伊佐美:……今覚えば、私と山際くんが距離を縮めたのも、根底にはボラン
    ティアの精神があったからかもしれません。
妹尾:?
伊佐美:互いに肉親を亡くし、心にぽっかり穴を空けていました。そんな心
    にきっと寄り添いあったんです。
妹尾:……なるほど。
伊佐美:それに比べて最近の人たちはそういう温かい人間の心がないから。
妹 尾:………。
伊佐美:山際くんが亡くなった時、SNSで動画が回ってきました。山際く
            んがビルから飛び降りる瞬間の動画でした。何の加工もされないま
    ま、載せられていました。
妹尾:ありましたね。
伊佐美:その投稿にイイネがたくさん付いていました。何がイイネなのか、
    人が飛び降りている映像を見て、何故評価するボタンを押せるのか
    私には甚だ理解ができませんでした。
妹尾:………。
伊佐美:(妹尾をじっと見て)彼のお母様もSNSに殺された。
妹尾:! 何をおっしゃってるんです。そもそも先ほど放火と仰られました
   けど、あれは火の不始末、事故だったはずです。
伊佐美:でも事実はそうじゃなかった。
妹尾:え?
伊佐美:と、私は考えています。
妹尾:何を根拠に。
伊佐美:あの事故、実は影で犯人だと思わしき人間が警察に事情聴取を受け
    ていたそうですよ。
妹尾:え?
伊佐美:でも責任能力の欠如で直接裁かれる事はなく、表向きは事故として
    処理された。新聞にも乗らなかった事です。
妹尾:……そんな事初めて聞きました。
伊佐美:当たり前ですよ。世に出てないんですから。
妹尾:どうしてそんな事ご存知なんですか。
伊佐美:山際くんは全てを知っていました、それで彼から。まぁでも表向き
    は事故です。犯人が逮捕される事はもうない。
妹尾:そうですよ。
伊佐美:……(少し笑って)どうしました?
妹尾:俺は、その火災があった時。現場にいました。1番最初に現場にいた
   というだけで、警察に事情聴取も受けました。
伊佐美:あなたがその犯人なんですか?
妹尾:疑われたという話です。俺は潔白です。
伊佐美:潔白ですか。
妹尾:ええ。もちろん。その責任能力どうたらとか言うのは残念ながら俺じ
   ゃない。
伊佐美:残念じゃありません。もし私が犯人なら、この場で包丁刺してます
    から。
妹尾:物騒な事言いますね。
伊佐美:妹尾さん。あなたは火災現場でただ山際さんの家が燃えていくのじ
    っと黙って見ていたんですか。
妹 尾:……はい。
伊佐美:何もしなかったんですか。
妹 尾:俺にあの場で何をしろと。
伊佐美:何かをするべきだったと言っている訳ではありません。救いの手を
    差し伸べるつもりがあったのかという話です。
妹尾:目の前の現実を受け入れる事で精一杯でした。
伊佐美:そうですか。ものは言い様ですね。
妹尾:………。
伊佐美:目の前で凄惨な現実が巻き起こっている中で何も出来なかった人間
    は共犯です。紛れもなく共犯です。ただ呆然と眺めている人間も、
    スマホで現場を撮っている人間も、辺りを通りすぎるだけの人間も
    全員共犯。犯人です。
妹尾:……綺麗事ですよ。
伊佐美:はい?
妹尾:そんなのは綺麗事です。実際に目の当たりにしてみてください。俺は
   取材でたくさんの事件現場に出向いてきました。目の前で血を流して
         倒れている人を見ました。目の前で電車に人が飛び込み、片腕が飛ん
         できた事だってあります。何にも出来ないんです。足も手も体の何も
   かもが動かないんです。そりゃ助けられるなら助けたい。助けられる
   ならね。でもそうじゃない。そうじゃない人間がほとんどなんです。
         あなたの方が社会的にはマイノリティーだと思いますよ。社会的には
   ね。
伊佐美:………。
妹尾:今日は以上です。また何かあったらお話聞かせてください。

     妹尾、立ち上がる。

伊佐美:そういえば。
妹尾:?
伊佐美:山際くんのこと知りたいなら、聞かなきゃいけない人がいるんじゃ
        ないですか。
妹尾:………それは、どなたでしょう。
伊佐美:道上潤。山際くんの幼馴染です。
妹尾:………。

     伊佐美、去る。
     妹尾、スマホを構えて。

妹尾:あ、もしもし。道上さんの携帯でお間違いないですか。

     道上、現れて。

道上:道上潤、25歳です。
妹尾:あなたが道上さん。
道上:はい。
妹尾:初めまして、妹尾といいます。
道上:………。
妹尾:山際さんとはいつからお知り合いなんですか。
道上:幼稚園からです。
妹尾:それで小学校までご一緒ということで。
道上:よくご存知ですね。
妹尾:私、中学生の時に一緒で。その時に道上さんはいらっしゃらなかった
   ので。
道上:そうですか。
妹尾:中学で離れ離れになった後も、ご関係は続いてます?
道上:もちろん。僕と山際は親友ですから。
妹尾:親友……ですか。
道上:バカにしました?
妹尾:いえいえ、そんな。
道上:別にいいですよ。ハタチ超えた男が親友とか言ってたら寒いですもん
   ね。僕もそう思います。
妹尾:………。
道上:でも親友は親友ですから。
妹尾:ええ。
道上:それで、お話って。
妹尾:山際さんの昨年の自殺のことで。
道上:ああ、はい。
妹尾:何かご存知ないですか。
道上:随分と抽象的な質問ですね。
妹尾:すみません。
道上:そうですね。心当たりがあるとすれば放火事件。
妹尾:どうして?
道上:あの事件以降、慎吾は変わりました。
妹尾:変わったというのは、どのように。
道上:自暴自棄になって、死にたいと口にするようになりました。
妹尾:死にたい……ですか。
道上:ええ。最愛の母を亡くしたんですから当然ですよね。
妹尾:……でもあの事件はお母様のタバコが原因の事故。
道上:………。
妹尾:ですよね?
道上:あなたもそっち側の人間なんですね。
妹尾:どっち側ですか。
道上:慎吾のお母さんは、タバコを吸っているという嘘に殺されました。あ
   なたもその嘘側の人間。
妹尾:嘘?
道上:ええ。あの人はタバコなんて吸わない。
妹尾:………それは事実ですか。
道上:はい。よく慎吾の家に遊びに行ってましたが、タバコを吸ってる姿な
   んて見たことはない。
妹尾:それはあなたの前では吸っていないだけですよね。
道上:そうやってすぐ悪い方向に考える。
妹尾:………。
道上:人間って絶対悪を欲しがります。慎吾のお母さんがタバコを吸ってい
   た。その不始末で家が燃えた。だからあの人が悪い。単純なもんです
   よ。でもそれは決めつけてるだけ。真実は違う。
妹尾:あなただって、お母様はタバコを吸っていないと決めつけてる。い
   や、そう信じたいだけなんじゃないですか。
道上:そうですね……。そうかもしれません。でも僕は信じてます。あの人
   は何も悪くない。慎吾のお母さんはあの放火事件において悪だと決め
   つけた社会に殺された。そう思っています。
妹尾:………。
道上:放火事件の後、タバコのことがネットに流れて、見ず知らずの人から
   引くぐらいの言葉の暴力を受けて慎吾のお母さんは自殺したんです。
   酷すぎる。
妹尾:山際さんの自殺の件に話を戻してもいいですか。
道上:慎吾のお母さんは本当に優しくて、温かい人でした。
妹尾:道上さん、
道上:これは慎吾の話でもあります。
妹尾:………。
道上:慎吾の父親と離婚して、女手一つで慎吾を育てたんです。母として、
   時に姉の代わりとして。
妹尾:姉?
道上:慎吾には5つ上のお姉さんがいました。両親の離婚で離れ離れになっ
   たんですよ。慎吾はお姉さんが大好きだった。
妹尾:そうですか。
道上:お母さんは慎吾を養うために昼も夜も働いてました。でも会うときは
       いつもそんな事感じさせないくらい明るくて。何で、何でそんな人が
   あんなひどい事を言われなきゃならなかったのか。僕にはわかりませ
   ん。それから、お母さんが死んでから、慎吾はおかしくなったんで
   す。人が変わったように、覇気が無くなって。
妹尾:……ひとつお伺いしたいことが。
道上:何ですか。
妹尾:あるお話の中で、山際さんが薬の売買をしていたという話があったん
   ですが。
道上:………それも大嘘ですね。
妹尾:と言いますと。
道上:そもそもそれは慎吾が働いていたバイト先のバーが薬の売買に使われ
   ていたってだけなんですよ。そこで働いていたというだけで慎吾がそ
   れに関わっていたという証拠なんてどこにもないはずです。
妹尾:しかし、
道上:あいつは事件には関与してない。
妹尾:え?
道上:慎吾はそのバイト先に紹介で入ったらしくて、2回目の出勤の日に取
   り締まりが入ったんです。
妹尾:それで?
道上:その紹介をした男は慎吾を紹介してすぐ辞めてます。
妹尾:………。
道上:こうは考えられませんか。取り締まりが入ることを知ってバイト先を
   辞めようとした、だけどお店はそれを許してくれなかった。だからそ
   の代わりに慎吾を差し出した、って。
妹尾:そんな都合よく。
道上:スケープゴートですよ。それでその男の策略にまんまと引っかかって
   高校を辞めざるを得なくなった挙句に、家が燃やされた。その事件で
   お母さんは自殺……真実なら地獄です。どう思います?
妹尾:どうって。
道上:これが偶然だと思いますか?
妹尾:人生で起きる6割のことは偶然です。
道上:もし慎吾の身に起きた事がその残りの4割だとしたら?
妹尾:………。
道上:復讐、したくてたまらないでしょうね。
妹尾:……死にたいとは殺したいという事だ。
道上:え?
妹尾:いえ。
道上:柚月沙知絵、ご存知ですか。
妹尾:いや、
道上:ご存知ない訳ないですよ。あなたの同級生のはずです。
妹尾:え?
道上:慎吾が中学時代、ものすごく強い恋心を抱いていた人です。慎吾の学
   年の中でも可愛いと評判だった柚月さん。腐女子の、柚月さん。
妹尾:……あぁ、何となく思い出した気がします。
道上:両親が離婚して、中学2年生の時に転校しています。で、名前を変え
   て、今はどこかのビルで受付嬢をしてる。
妹尾:え。
道上:今の名前は志熊沙知絵。
妹尾:志熊。
道上:そうです。記号みたいな名前ですよね。
妹尾:……その人が何ですか。
道上:志熊が転校した後に一度再会したらしいです。再会っていうか一方的
   に慎吾が志熊沙知絵を見ただけだと思いますけど、まぁ再会したみた
   いで。環境の変化って怖いもので、志熊は転校した学校で不良に惚れ
   て、髪を金髪に染めて、いわゆるヤリマ……誰とでも寝るご奉仕型女
   子になっちゃってたんですって。それで、その志熊が付き合っていた
   男に慎吾はついて回るようになって。
妹尾:それで不良に。
道上:はい。
妹尾:そんな、そんな事普通あります?
道上:ベタ惚れでしたからね。
妹尾:好きな女が不良の女になったから、不良になるなんてそんな短絡的
   なこと、
道上:キムタクが検事の役をやったら、検事を目指す若者が増えたらしいで
   すよ。キムタクがパイロットをやったらパイロットを目指す若者が増
   えたらしいですよ。世の中にはどう考えても短絡的な理由で人生の選
   択を変える人間なんて五万といるんです。慎吾もしかり。

     山際、現れて。

山際:でもなれなかった。

妹尾:!?
道上:そう。慎吾はなれなかった。見た目をどれだけ変えても、性格の根っ
   この部分は、そう簡単には変えられない。

山際:変えられなかった。
道上:その傷。
山際:不良のグループに入ったよ。でも不良のグループの中で、不良にいじ
   められてる。世知辛いね。
道上:やめれば?
山際:………。
道上:やめたらいいよ。不良作戦、中止。中止にしよう。
山際:でも悪くない。
道上:え?
山際:自分の中になかった世界を見てるみたい。自分のなかった価値観で世
   界が動いてる感じがする。これまでタバコを吸いたいなんて一度も思
   ったことなかったけど、友達が吸ってるとカッコよくてね。吸ってみ
   ようかなんて考えちゃって。
道上:吸ったの?
山際:ううん。結局吸えなくて、またただのパシリだよ。
道上:………。
山際:彼女のため、柚月さんのために始めたのに、きっと多分、いや絶対彼
   女には届かない。薄々そう感じているから、諦めてるから、浅いんだ
   よね。なり方が。
道上:今引き返さないと、戻れなくなる。抜け出せなくなるよ。
山際:ありがとう、ジュンちゃん。その通りだね。

道上:そう言って結局慎吾はそのまま不良グループと関係を続けました。志
   熊の彼氏を追いかけて同じ高校に入ってもずっと。ずっとパシリで、
   そのまま。挙句には謂れのない罪を着せられ高校辞めさせられてるん
   ですからね。なんていうか……
妹尾:………。
道上:客観的に聞いてるとバカだなって思うんですけど、でも慎吾の中では
   一世一代の大勝負だったんだと思いますよ。いややっぱり何回考えて
   もバカだなとしか思えません。でもアイツは本気だった。
妹尾:………。

     志熊、現れる。

志熊:あの。
妹尾:あ、度々すみません。
志熊:いえ。
妹尾:ひとつお伺いしたい事がありまして。
志熊:何でしょうか。
妹尾:柚月沙知絵。
志熊:!
妹尾:柚月は志熊さんの前の苗字ですよね。
志熊:………それが何か。
妹尾:あなたは山際さんとは中学時代の同級生でいらっしゃる。
志熊:………。
妹尾:どうして前回言ってくれなかったんですか。
志熊:取り立てて話すことでもないと思っただけです。
妹尾:ちなみに僕も同級生です。
志熊:あ、だから。何か会ったことあるなと思ったんです。前も言いました
   よね? 会ったことあります? って。
妹尾:……志熊さんの記憶に残っていなくて残念です。
志熊:そういうあなただって私のこと忘れてましたよね。
妹尾:本題に入りましょう。
志熊:そうしてください。で、私の名前が何でしょう。
妹尾:山際さんがあなたに好意を寄せていた事はご存知ですか。
志熊:いや、どうでしょう。随分と昔のことですから。
妹尾:では受付嬢と会社員として再会してからはどうですか?
志熊:多少、そのような事を感じる事はありました、かね。
妹尾:学生時代、いわゆる不良と呼ばれる男と付き合っていたとお伺いしま
   したが。
志熊:………(鼻で笑って)。
妹尾:何ですか。
志熊:よくもまぁそんなペラペラと人の身の上話を話す人間がいるもんだな
   って思って。
妹尾:………。
志熊:あぁ、もういいや。もうやめます。
妹尾:え?
志熊:足組んでもいいですか?
妹尾:……どうぞ。
志熊:タバコ、吸ってもいいですか?
妹尾:ここ禁煙なんで。

     志熊、電子タバコを取り出して。

志熊:電子タバコならいいですよね。
妹尾:いや、タバコはタバコですから。
志熊:………(机に乱暴に電子タバコを放って)ヤリマンとでも言われてま
   した?
妹尾:あ、いや、奉仕型女子、と。
志熊:それヤリマンですよね。
妹尾:(苦笑)どうでしょう。
志熊:若気の至りってやつですよ。
妹尾:………。
志熊:誰とでもいいから寝たい時期ってあるじゃないですか。それです。
妹尾:……はあ。
志熊:私にも神経が猿みたいな時期があったってだけの話です。
妹尾:あなたが不良の方と付き合い始めたことで、山際さんは不良の道に進
   んだみたいですよ。
志熊:だから?
妹尾:あ、いや。
志熊:え、私のせいで彼は道を踏み外した的な事いってます?
妹尾:そういう訳じゃ。
志熊:そんなソクラテスみたいな事言われても。
妹尾:言いましたか? 僕今、ソクラテスみたいな事言いました?
志熊:正しい人間を虐げるための嘘とかデマとかそういう悪い噂ってとんで
   もない破壊力と速度で広まるんですって。何かの本で読みました。
   あ、別に私自身のこと正しい人間だって言いたい訳じゃないですから
   ね? ただあなたみたいな記者さんが何の根拠もない話をそうやって
   話すことによって、感じる必要もなかった苦痛を強いられる人がいる
   こと、あなた分かってます?
妹尾:………。
志熊:人間、悪い方向にはいくらでも結束するんです。
妹尾:では、志熊さん。あなたには山際さんの自殺未遂に関して思い当たる
   事は何もないという事でよろしいですね?
志熊:よろしいです。私、彼にゲイバーに連れて行かれただけですから。
妹尾:ちなみに。前回お話していませんでしたが、山際さんは『ピースフル
   サイト』の社員ではありませんよ。
志熊:え?
妹尾:ここからは私の推測です。山際さんはあなたに会うために『ピースフ
   ルサイト』の社員を装って、ビルに出入りしていた。
志熊:………。
妹尾:山際さんのお知り合いに『ピースフルサイト』で働いている方がいら
   っしゃるので、多分大方間違いないと思います。
志熊:ピースフルサイトで働く方?
妹尾:ええ。
志熊:名前は?
妹尾:大門さんという方です。
志熊:……そうですか。
妹尾:何か。
志熊:私の彼氏です。
妹尾:え?
志熊:え?
妹尾:お付き合いされてるんですか。
志熊:ええ。それが何か。
妹尾:あの、以前復縁と仰っていたと思うんですけど。
志熊:ええ、復縁です。中学から高校まで付き合っていましたから。
妹尾:……中学時代から。
志熊:何ですか?
妹尾:いえ。ありがとうございます。
志熊:もういいでしょうか。
妹尾:大門さんが山際さんがお知り合いだった事、ご存知でしたか?
志熊:……いえ。
妹尾:わかりました。ありがとうございます。どういう事ですか大門さん。

     大門、現れる。

大門:どういう事、と言いますと?
妹尾:志熊さんとお付き合いをされてるんですよね。
大門:ええ。
妹尾:以前はそんな事一言も、
大門:はい、言ってません。
妹尾:どうして。
大門:どうしてって、聞かれてないし。それに関係ないでしょ、沙知絵と山
   際くんは。
妹尾:本当にそう思ってます?
大門:だったら何ですか。
妹尾:………山際さんから受けた相談、好きな人がいるという相談。
大門:………。
妹尾:そこであなたは志熊沙知絵の名前を聞いていたんじゃありませんか。
大門:どうだったかな。
妹尾:嘘はもうやめませんか。
大門:付き合ってますよ、沙知絵と。でもそれは今の話で、山際くんと沙知
   絵がどうこうなってた時は付き合ってません。付き合ったのはその
   後。
妹尾:………。
大門:まだ疑ってます?
妹尾:いえ。もう一つ確認したいことが。
大門:何でしょう。
妹尾:山際さんが『ピースフルサイト』の社員を名乗っていたのはあなたの
   存在があったからですよね。
大門:…そうですね。
妹尾:それは全て志熊さんとの色恋沙汰にあなたが手を貸したから。
大門:手を貸したって、協力って言ってください。
妹尾:あなたは知ってたんですよね。志熊さんがまだあなたに恋心を抱いて
   いる事、知ってたんですよね。
大門:だったら何だって言うんですか?
妹尾:ですから、あなたは。
大門:夢を見せてあげたんです。
妹尾:は?
大門:いいじゃないですか。中学時代から好きな女のことを何年経っても好
         きでい続けたんですよね。そんな彼の一途な愛を応援したかった。夢
   を見せてあげた。先輩としての優しさです。
妹尾:優しさ……(と呆れて)。
大門:優しさをそんな風に言われる筋合いはないな。
妹尾:本当のことを伝えてあげるのも優しさです。
大門:本当のことを話したら何ですか、どうなるんですか。
妹尾:それは、
大門:あなたは本当のことが正義だとでも思ってる一派なんですね。
妹尾:はい?
大門:そんなのは理想でしかないでしょ。嘘から得られる幸福感だって世の
   中にはある。真実がいつも正しい訳じゃない。
妹尾:………。
大門:もういいですか。
妹尾:あの、高校時代。
大門:?
妹尾:山際さんにバイトとか紹介しました?
大門:……だったら。
妹尾:しましたか? 紹介したんですか。
大門:ええ。僕が働いていたバーに。
妹尾:………あなたが、大門さんが山際さんをハメたんですか?
大門:ハメた? 何の話ですか。俺は、俺みたいになりたいって山際がいう
   から、バイトを紹介しただけです。
妹尾:で、あなたはバイト先をやめた。
大門:はい、辞めました。
妹尾:知っていたんじゃないですか? バーで薬の売買が行われていて、そ
   の取り締まりが入るって。
大門:取り締まりが入ることを事前に知ってる人間なんていないでしょ。
妹尾:でもあなたは知っていた。
大門:知りませんって。
妹尾:じゃあ、そうだ。あなたがリークした。
大門:それ思いつきで言ってます?
妹尾:違いますか。
大門:違います。
妹尾:大門さん。
大門:あなたは……あなたは僕を買い被りすぎだ。
妹尾:………。
大門:事実には順番があるでしょ? 確かに僕はバイト先を辞めるために自
   分の代わりとして山際をお店に紹介しました。でもそれは、ただ人手
   が足りない中で、大学受験のためにバイトを辞めざるを得なかったか
   らで、理由はそれだけです。そこに悪意はない。
妹尾:………。
妹尾:大門さん、あなたの父親は警察の人間なんですね。
大門:………はい。そうですよ。
妹尾:あなたが何をしようとお父様の力でなかった事にしてきたんじゃあり
   ません? 
大門:心外だな。
妹尾:あ、そうか。あなたがバイトを辞めたのも、お父様からの忠告があっ
   たからとか。もうすぐ取り締まりが入るとか言われたんじゃないです
   か? それで慌ててバイトを辞めようとした、しかし人手が足りない
   から山際さんを、そこで利用した。
大門:利用って。
妹尾:違いますか?
大門:想像力が豊かなんですね。でもごめんなさい、違います。
妹尾:………。
大門:信じてもらえないならそれで結構です。ただこれ以上あなたと話をす
   るメリットが私にはありません。失礼します。
妹尾:………山際さんはあなたを殺そうしたんだと思いますよ。
大門:はい?
妹尾:自分のことを2度も陥れたあなたを、殺すために死んだ。
大門:殺すために死ぬ。2度? ん? どういう意味かさっぱり。
妹尾:あなたに社会的制裁を加えるために自ら身を投げたんです。
大門:ちょっと話が読めないな。
妹尾:だから、
大門:彼は飛び降りる時に遺書を残したんですか?
妹尾:え?
大門:残したのかと聞いてます。
妹尾:……いいえ。
大門:それで俺をどうやって殺すんですか。ピンピンしてますけど俺。
妹尾:それは、
大門:探偵さん。
妹尾:探偵じゃありません。
大門:探偵もどきさん、詰めが甘いんじゃありません。そんな推理じゃ、事
   件解決は程遠いですね。人を疑い、どうしても犯人に仕立てあげたい
   ならそれ相応の根拠と事実を提示ください。
妹尾:記事にします。
大門:はい?
妹尾:あなたの事を全て、記事にさせてもらいます。
大門:……参ったな。
妹尾:………。
大門:今更、1年前の自殺と処理された事故の被害者が何で死んだか書いた
         ところで誰も興味ある訳ないでしょ。別に記事にしてもらっても構い
   ませんよ。でもそれはあなたの自己満足だ。きっと何の波風も立たな
   い。俺が何をしたっていうんですか。罪を犯した訳でもないし、あな
         たの推測には何の根拠もない。イタい記者の妄想です。
妹尾:何とでも言えばいい。これが山際慎吾の自殺の真相です。
大門:………好きなようにしてください。

     大門、去っていく。

妹尾:………。

     妹尾、パソコンを開きキーボードを叩き始める。
     そこへ編集長がやってきて。

編集長:妹尾くん。お疲れ様。
妹尾:編集長! どうも。お疲れ様です。
編集長:最近どうよ、順調?
妹尾:もちろんです。いつも通り順調です。
編集長:そう………ところでさ、上郡さん、どうよ。
妹尾:上郡さん? どうって。
編集長:いや記者としてちゃんと出来てるかなって。
妹尾:どうでしょう。正直、微妙です。
編集長:彼女、自らここを志願したから、多分やる気はあると思うんだ。元
    は違う畑だから、優しく教えてやってくれな。
妹尾:違う畑?
編集長:うん。元っていうか今もだけどエッセイストだからさ。
妹尾:エッセイスト?
編集長:あれ、聞いてない? えーっとね。

     編集長、新聞を手に取り何かを探して。

編集長:あ、これこれ。死にたいとは殺したいという事だって。
妹尾:え? それ。
編集長:上郡さんが書いたんだよ。事件に関わる人をもっと知りたいって、
        この週刊誌の編集部にね。
妹尾:………。
編集長:ま、仲良くしてやってよ。
上郡:私のことが何か。
編集長:(振り返って)あぁ、上郡さん。最近どう。
上郡:普通です。
編集長:そう。頑張って、それじゃ、あの頑張って。

     編集長、去っていく。

妹尾:そうだったんですか。
上郡:そうだった、とは。
妹尾:いや。
上郡:この万年筆ね、弟からもらったんです。お姉ちゃんの書く文章が好き
   だから、これでいっぱい書いてって。
妹尾:前に仰ってましたね。
上郡:弟は、死にました。
妹尾:!
上郡:1年前にビルから飛び降りて、死にました。
妹尾:………それって。
上郡:はい。私の弟はあなたが今調べてる自殺事件で死にました。
妹尾:………。
上郡:ビックリです。世間は狭いですね。
妹尾:これ送ったの、あなたですか?
上郡:いえ。私は送っていません。
妹尾:じゃあ誰が。
上郡:慎吾が死んだ理由、分かりました?
妹尾:………。
上郡:分かったんですか?
妹尾:ええ。
上郡:聞かせてください。

     上郡の背後に山際、現れて。

妹尾:山際慎吾。
山際:やぁ。
妹尾:何でここに。
上郡:何を言ってるんです。慎吾は死にました。
妹尾:いやでも後ろに。
上郡:(振り返るが見えず)大丈夫ですか?
妹尾:……。
上郡:聞かせてください。あなたがたどり着いた真相を。
妹尾:………山際慎吾は、大門光太郎という人間を殺すために死にました。
上郡:………。
妹尾:大門は山際の高校時代に1度、そして社会人になってから1度強い精
   神的ストレスを与えています。
上郡:精神的ストレス?
妹尾:ええ。山際は大門に2度、裏切られています。
上郡:それで、
妹尾:それで、その復讐を自殺という形で行なった。

     山際、再び現れて。

上郡:それがあなたのたどり着いた真相ですか。
妹尾:はい。
上郡:なるほど。
妹尾:違いますか?
上郡:どうでしょう、真実は慎吾のみぞ知ります。
妹尾:そうですね。

     山際、大きな拍手を起こす。

妹尾:……山際。
山際:素晴らしい。
妹尾:………。
山際:素晴らしいよ妹尾くん。妹尾健太くん。見事だ。
妹尾:ありがとう。
山際:見事な勘違い。
妹尾:……え?
上郡:妹尾さん。
山際:妹尾くん。
上郡:あなたには、
山際:君には、
山際・上郡:がっかりだよ!

     暗転。

     第2幕。

     7年前。

     椅子が一脚。
     腰を据えているのは山際。

山際:人生落ちるとこまで落ちたら後は上がるだけだって言いますよね。僕
   は、身に覚えのない疑いをかけられ学校から追いやられました。つい
   でに家は燃やされて、母は飛び降りて死にました。最初は、学校を追
   いやられた時は、その時点で落ちるとこまで落ちたと思いました。大
   門さんっていう男の下で、どうしようもないことを山ほどして、挙句
   に薬の密売……。でもまだ下はあった。人生、落ちるとこまで落ちて
   も、いくらでも下はある。奈落です。
刑事:あの、すいません。
山際:何ですか。
刑事:燃やされたんですか?
山際:え?
刑事:いや、今。家は燃やされって。我々の捜査ではお母様のタバコの不始
   末から起きた、
山際:あなたたちですか。あなた達警察が、母がタバコを吸っているという
   根も葉もない情報を世間に流したんですか!
刑事:いえ、そんな事は。
山際:タバコなんて吸いません、ウチの母は。
刑事:しかし、
山際:肺が弱いんです。タバコなんて吸ったら一発で死にます。まぁもう死
   んじゃいましたけど。
刑事:………そうですか。
山際:母は、そのハッタリを信じた何の教養もない人間に言葉で殺されたん
   です。言葉は刃物なんかじゃない、毒です。じわじわと体を蝕み最後
   は死に至らしめる。言葉の毒で母は死にました。
刑事:山際さん、あなたの家の火事には犯人がいるんですね。
山際:ええ。います。
刑事:それは、誰ですか。
山際:………神田。神田健太という男です。
刑事:神田健太。
山際:中学の同級生なんです。神田健太が母を殺しました。
刑事:その神田さんの動機は。
山際:動機? 知りませんよそんなの。あなた達警察でしょ? それくらい
   自分たちで調べてくださいよ!
刑事:おっしゃる通りですね。
山際:あの日、俺の家が燃えた日。神田健太は誰よりも先に現場にいまし
   た。現場で、スマホを構えて俺の家が燃えていく様子を撮ってたんで
   す。その動画をアイツはSNSにあげてます。

     スマホを差し出す山際。
     妹尾(神田)、現れて。

妹尾:(嬉々として)これが家が燃えていく一部始終です。

山際:その時アイツ、笑ってた。俺の家が燃えていくのを見て笑ってたんで
   す………神田のした投稿は今でいうバズった状態になって、一気に野
   次馬が家に押し寄せました。でね、

     妹尾(神田)の周りに人々が群がってくる。

群衆:イイネ、イイネ、イイネ。

山際:イイネ。人の家が燃えているのを見て、イイネ。家の中で誰か死んで
   るかもしれないのにイイネ。あ、そうか、死んでようが何だろうが関
   係ない、イイネ。イイネ、イイネ。俺の家が燃えて、イイネ。その翌
   週、ネット上に妙なスレッドが立ちました。横浜、火事の家の母親、
   ヘビースモーカーだった。って。
刑事:我々も確認しました。
山際:ウチの母がタバコを吸っている画像がある訳でもない、ただ言葉だけ
   並べられた、ただそれだけの情報です。最初見た時はバカだなって思
   いました。吸ってないのに、吸えないのに、何言ってんだって思いま
   した。でも世の中にはそんな事関係なかった。

     群衆たち、スマホ片手にぼやき始める。

ネット民:火事の家の母親、実名ゲット。山際佳代子。
ネット民:タバコ吸って自分の家燃やすとかどんまいすぎる。
ネット民:山際佳代子、元風俗嬢らしいよ。
ネット民:入院してる病院、特定完了。
ネット民:教えろ教えろ。
ネット民:川崎の多摩総合病院。
ネット民:わざわざ川崎まで逃げて入院したのに特定されてて笑った。
ネット民:今から苦情電話しまーす。
ネット民:放火犯と一緒に入院なんて出来やしねえ。
ネット民:苦情、イイネ!
ネット民:俺氏、山際佳代子の仕事先に苦情済み。
ネット民:優秀だな。
ネット民:仕事先って?
ネット民:スナックだった。
ネット民:結局水商売じゃねえか。
ネット民:水商売で放火犯とか害悪でしかない。
ネット民:駆除しよう。
ネット民:駆除しよう。
ネット民:駆除しよう。

山際:スレッドがたってから2日後、事件から10日後。母は病院の屋上から
   飛び降りました。
刑事:………はい。
山際:死刑にしてください。神田健太を死刑にしてください。
刑事:いや、それは、
山際:………(フッと笑い)分かってます。大丈夫です。警察に期待なんて
   してませんから大丈夫です。ただ、どうして母はあんなに酷い事を言
   われなきゃいけなかったんでしょう。考えても考えても分かりませ
   ん、分からないんです。死にたい。神田健太が死刑にならないなら死
   にたい。死んで、母さんは何も悪くないって教えてあげたい。殺して
   やる。絶対に俺が、俺の手で、殺してやる。

     1年前。
     葬儀場。
     参列する人びと。
     その中、上郡・道上・伊佐美だけ涙を流していて。
     奥(映像?)に山際の遺影が飾られていて。
     参列者の中には志熊と大門の姿もある。

上郡:………ありがとうございます。
伊佐美:あの(と上郡に近づいて)。
上郡:?
伊佐美:伊佐美沙里といいます。
上郡:伊佐美さん。
伊佐美:山際くんとは大学時代に、サークルで。
上郡:あ、その節はどうも。
伊佐美:この度は………(とまた泣いて)。
上郡:あ、すいません。あ、どうも。ありがとうございます。
伊佐美:すいません。取り乱しちゃって。
上郡:あ、いえ。はい。
伊佐美:生前、彼にはものすごく良くしてもらって。
上郡:そうでしたか。
伊佐美:一緒にボランティアで……(とまた泣いて)。
上郡:あ、いや。え。大丈夫ですか。
伊佐美:すいません。私、その。
道上:あの。
上郡:………えっと。
道上:お久しぶりです、道上です。
上郡:ジュンくん?
道上:はい。
上郡:ありがとう。来てくれたんだね。
道上:当たり前です……。
伊佐美:伊佐美沙里といいます。
道上:……あ、どうも。
伊佐美:山際くんとはボランティアサークルの同期で。
道上:そうでしたか……あの、お姉さん。ちょっとお話が。
上郡:話?
道上:はい。

     道上、上郡を連れて少し離れた場所へ行く。
     ついてくる伊佐美。

道上:お姉さん実は、(と伊佐美に気づいて)え、あの。
伊佐美:はい?
道上:いや、えっと。
上郡:あの、2人にしてもらっても良いですか。
伊佐美:あ、そういう感じなんですね、ですよね。すいません。

     伊佐美、少し離れて、懲りずに様子を伺う。

道上:見ましたか、SNSの動画。
上郡:………ええ。
道上:あの慎吾が飛び降りた動画、撮ったの俺なんです。
伊佐美:ええ!

     振り返る道上と上郡。

伊佐美:あ、すいません。
上郡:(気を取り直して)それは、どういう。
道上:慎吾に頼まれました。これは全部、慎吾の計画です。
上郡:計画?
道上:はい。慎吾はアイツを殺そうとした。
上郡:アイツ?
道上:神田健太。
伊佐美:誰ですか、それ。
道上:慎吾の家が燃えた……ちょっと!
伊佐美:いいじゃないですか、仲間外れにしなくたって。
道上:仲間はずれって。
上郡:その神田健太……さんがあの事件に関わってるの?
道上:……(伊佐美が多少気になりつつも)はい。
上郡:それってどういう。
道上:神田健太があの日、慎吾の家を放火しました。
上郡:放火? あれって火の不始末だって。
伊佐美:お母様のタバコのどうとかってニュースで。
上郡:ウチの母はタバコは吸いません。
伊佐美:じゃあ、何の火の不始末?
上郡:それは、火なんていくらでもあるでしょ、生活してれば。
道上:そこなんです。慎吾のお母さんのタバコが火事の原因とされていまし
   た、でも慎吾のお母さんはタバコを吸ってない。そもそもじゃあ何の
   火の不始末なのかあやふやなまま、事故として処理されてるんです。
伊佐美:なんかそれっぽくなってきましたね。
道上:調べました。ある方に協力をしてもらって。
上郡:ある方?
道上:あの人。

       道上が指さした先、大門。

伊佐美:え、あの人どこかで。
道上:大門光太郎ってご存知ですか。
伊佐美:あ!
道上:いや、ちょっと何ですか。
伊佐美:思い出した。大門光太郎って、あの雑誌で特集されてましたよね。
    若き敏腕CMディレクターって。
道上:そう。
上郡:彼と慎吾が関係あるんですか?
道上:ええ、大門は慎吾の高校の先輩で、慎吾がかなり慕っていた人間で
   す。慎吾が高校を辞める原因になったバーのバイトも彼から紹介され
   たものです。
上郡:それって、
伊佐美:え、あの人のせいで高校辞めさせられたんですか。
道上:そうじゃなくて、あ、いや、まぁそうなんですけど。
伊佐美:え、え、どっち?
道上:そういう見方も出来ますけど、実際はそういう訳でもなくて。
上郡:というと?
道上:慎吾、お母さんが亡くなった後、一度死のうとしたんです。その時に
   大門さんが止めてくれたみたいで。そういうアレコレもあって本人は
   恨むってより、感謝してるみたいで。

     山際、今にも飛び降りそうな姿で。

大門:山際。
山際:大門さん……。
大門:今、何しようとしてる。まさか。
山際:そのまさか(と微笑んで)。
大門:………。
山際:もう分からないんです。今生きてる意味も、これから生きていく意味
   も何もかも、もう。分かりません。
大門:………俺だって分かんないよ。
山際:………え?
大門:そんな事俺だって分かんない。知れるなら、俺だって知りたい。
山際:………。
大門:分かんなくていいんだと思う、分からなくて当たり前なんだと思う
   よ。生きてる事にまで意味なんて求めなくていいんだよ。ただ生まれ
   たから生きてる、それだけでいいんじゃないかな。
山際:………。
大門:俺のせいだろ、俺のせいなんだよな。俺があのタイミングでバイト紹
   介しちゃったから。だから。
山際:違います。
大門:え?
山際:違いますよ。俺、大門さんの事恨んだことなんてない。だって、俺に
   新しい世界見せてくれたの大門さんでしょ? そうでしょ。今の今ま
   で一回だって大門さんを恨んだことなんてありません。ただ母さんが
   死んだのが、何で母さんがあんな死に方いけなかったのか、それがど
   うにも分からなくて、許せなくて。
大門:………生きてほしい。
山際:え?
大門:生きて復讐する方法はいくらだってある。死んで、何にもならなかっ
   たらどうするの。
山際:それはその時。
大門:……協力するから。俺にできることは何でもするから。だから、今は
   生きることを選んでくれないかな。
山際:………。

道上:そうですよね、大門さん。
大門:………あなたは。
道上:慎吾の、山際慎吾の幼馴染の。
大門:そうですか……(上郡を見て)あ、この度は。
上郡:お世話になりました。
大門:あの、俺が。俺のせいで、
上郡:そんな事ありません。あなたのお陰で慎吾は一度生きることを選んだ
   んですから。
大門:………。
道上:大門さん、覚えてますか。一度馬車道の喫茶店で慎吾に会った日のこ
   と。
大門:……ええ。
道上:あれ、偶然なんかじゃないですよ。
大門:え?
道上:慎吾はあなたと再会をするためにあの喫茶店に行ったんです。
大門:それは。
道上:慎吾は志熊沙知絵に会いたがっていた。自ら命を絶つことを決めた
   後、最後にずっと好きだった志熊さんに。
大門:………。
道上:ただ志熊さんがあなたの事をまだ好きだと知っていた。そしてあなた
   も、志熊さんのことを、
大門:まんまと利用されたって事か。
道上:………。
大門:あ、いや。そんな気はしてました。そんな気がしたから、彼の相談に
   協力したんです。それに山際と再会して、ずーっと仕事漬けだったの
   が、何かちょっと高校時代に戻ったみたいで、悪くなかったんですよ
   ね。だから、だから死なないで欲しかったな。
上郡:………本当にありがとうございました。
大門:いえ。
伊佐美:あの、伊佐美沙里といいます。
大門:え?
伊佐美:すいません。サインもらってもいいですか。
大門:はい?
上郡:ちょっとあんたね。
大門:あ、いや。僕はいいんですけど、お葬式ですよね。
道上:すいません、すいません。
伊佐美:ほんと、ちっさくていいんで。
大門:はい。
伊佐美:あ、沙里ちゃんって書いてもらっても。
大門:……(サインを書いて)それじゃ。

     大門、去る。

道上:ちょっといい加減にしてくださいよ。
伊佐美:すいません。
上郡:ジュンくん、それで大門さんがどんな協力を?
道上:あぁ、大門さん、実は父親が警察の人で、無理言って調べてもらって
   もらったんです。
道上:大門さんに慎吾の名前だしたら、すぐに協力してくれました・
上郡:それで。
道上:あの事故、実は影で犯人だと思わしき人間が警察に事情聴取を受けて
   いたそうですよ。
上郡:え?
道上:でも責任能力の欠如で直接裁かれる事はなく、表向きは事故として処
   理された。新聞にも乗らなかった事です。
上郡・伊佐美:………。
道上:神田健太、慎吾の家を放火したとして一度逮捕されてます。
上郡:……え。
道上:でも。彼は心神耗弱で不起訴になってる。
伊佐美:何ですか、しん……何ですか。
道上:心神耗弱です。いわゆる責任能力不在ってやつ。
伊佐美:そんな。
道上:7年前、港北の高校で大麻を使用したとかで何人かの高校生が拘束さ
   れた事件覚えてますか。
上郡:あったね。
道上:その拘束された高校生の1人が神田健太です。
上郡・伊佐美:………。
道上:彼が拘束されたのは火事についての1度目の事情聴取を受けた後で
   す。
伊佐美:一回事情聴取受けてるんですか?
道上:ええ。彼は火災の時、事件現場に真っ先にいたとの複数人からの証言
   で任意の事情聴取を受けています。その時は格段、薬物のことは話題
   には上がらなかったみたいで。そして彼はその数日後、2度目の事情
   聴取を受けました。
上郡:どうして2度も?
道上:タレコミがあったんです。事件直前、神田が慎吾の家の周りをウロつ
   いているのを見た人がいて、それで。
伊佐美:じゃあ、犯人じゃないですか。
道上:その事情聴取で、火事の日の夜、神田は大麻の作用で精神的に不安定
   な状況にあり、記憶が曖昧だと話しています。その事から、
伊佐美:心神耗弱?
道上:ええ。精神鑑定でもそのように。
上郡:そんな都合のいい事。
道上:そう思いますよね。それでも当時の警察はその言葉を受け入れ、彼は
   精神病棟に入りました。未成年という事も相まって放火で裁かれる事
   はなかった。神田健太は薬を使って逃げたんです。
伊佐美:………。
上郡:それで神田は精神病棟から出て、それで?
道上:普通に生きてます。
上郡:………。
道上:慎吾が身を投げたのは、この一件にピリオドを打つためです。
上郡:え?

     道上、封筒を取り出し上郡に渡す。

道上:これ。慎吾からお姉さんに。渡してくれって。
上郡:………。
道上:死んだら渡すように言われてました。

     徐に封筒を開き、中から手紙を取り出す上郡。

山際:姉ちゃんへ。先にアッチへ行く事、許してください。僕が死ぬのは絶
   望したからではありません。信じるためです。許すために自分の命を
   もって、彼にチャンスを与えるためです。人は過去を悔やみ、反省し
   て前に進む生き物だと母さんはずっと言い聞かせてくれました。ずっ
   と恨んでたって何も生まれないし、誰も救われない。だから僕は前に
   進むために、彼を許す努力をします。命を無駄にしている訳ではない
   から、誤解しないでね。ただ………ただもし僕の許しを彼が拒んだ
   ら、彼が何も変わっていないのなら、この手紙を世間に公表してくだ
   さい。この手紙で、僕はアイツを、神田健太を殺します。あの放火事
   件と母さんの死と、そして僕自身の死。全ての真相を告発する。だか
   ら姉ちゃんごめんなさい。先に死んでごめんなさい。僕はアッチで母
   さんと一緒に楽しく過ごしています。いやどうかな。過ごしてるとい
   いなと思います。最後に一度でいいから姉ちゃんに会いたかった、会
   えばよかったと思っています。ありがとう。またどこかで会いましょ
   う。慎吾。

     上郡、黙って手紙を見つめている。

伊佐美:許すために死ぬ。
道上:はい。
伊佐美:それで、それでその神田健太は山際くんが死んで、どうしたんです
    か? どうなったんですか。
道上:それは……まだ分かりません。神田が妹尾健太と名前を変え、今、週
   刊誌の記者になっている事は興信所で調べてもらって分かっていま
   す。ただそれ以上は。
伊佐美:………。
上郡:泣いてた?
道上:え?
上郡:慎吾は飛び降りる日、ジュンくんの前で泣いてた?
道上:………(微笑んで)笑ってました。
上郡:………。

山際:行ってきます。
道上:慎吾。
山際:ビックリするかな。
道上:え?
山際:柚月さん……あ、いや、志熊さん。ビックリするかな? 俺が急に死
   んじゃったら。
道上:………するかもね。
山際:ジュンちゃん。もし志熊さんが俺が死んだ事で泣いてくれたら、その
   時は、
道上:その時は?
山際:どうしようね。
道上:何だよそれ。
山際:志熊さん、よく自分に嘘ついてるから。言いたい事あるはずなのに何
   にも言わずに笑ってるから。
道上:うん。
山際:だから素直になってって伝えておいて。早く、大門さんに好きって言
   いなよって。
道上:………それでいいの?
山際:好きな人と付き合える事は幸せだけど、好きな人が本当に好きな人へ
   の気持ちを隠して付き合ってくれるのは、何か寂しいでしょ。志熊さ
   んには、本当に好きな人と幸せになって欲しいから。それは俺なんか
   じゃない別の人。彼女には別に好きな人がちゃんといる。その人と彼
   女は幸せになるべきだと思ったんだ。そう思えるくらい、俺は志熊さ
   んが好きなんだなって。
道上:………。
山際:幸せになって欲しいな。志熊さんには。
道上:なるよ、きっと。
山際:志熊さんには、くれぐれもよろしく言っておいて。
道上:………。
山際:じゃあ、ジュンちゃん。あとは頼んだよ。
道上:慎吾、やっぱり  
山際:母さん、母さん今行くからね。待ってて。
道上:………。
山際:ジュンちゃん。ここからが俺の新しい人生だ。

     道上、ゆっくりと山際から離れる。
     飛び降りる山際。
     志熊に目をやる道上。
     志熊、ハンカチで涙を拭っていて。

道上:志熊さん。
志熊:………あなた。
道上:はい。ジュンです。
志熊:ゲイバーの。
上郡:え?
伊佐美:ゲゲゲ、ゲイバー?
道上:ええ。
上郡:ええって。
道上:あ、ゲイじゃないですよ。
伊佐美:え、え、ゲイじゃないの? ゲイじゃないのにゲイバー?
道上:ゲイじゃないのにゲイバーです。
伊佐美:いやちょっとよく分かんない。
道上:山際は志熊さんの事が好きで、それで大人になっても彼女に猛烈アプ
   ローチを続けてて。その一環で、
伊佐美:ゲイバー?

山際:こんばんは。
道上:あらいらっっしゃい。

伊佐美:豹変……。

志熊:こんばんは。
道上:え、何、慎吾、こんな可愛い子連れてきて。
山際:志熊さん。
道上:志熊? 記号みたいな名前。
山際:ちょっと。
志熊:あの、えっと。
道上:あ、初めまして。ジュンです。よろしく。

上郡:ノリノリだな。
伊佐美:ノリノリですね。
道上:仕方なくです。慎吾に頼まれたからやるしかなくて。
志熊:あのそれで、ジュンくん。
道上:あ、そうだ。慎吾、死ぬ直前まであなたの話、してました。
志熊:………。
道上:慎吾に夢を見せてくれてありがとうございました。
志熊:いや、
道上:大門さんのこと、好きなんですよね。志熊さん。
志熊:………。
道上:志熊さん?
志熊:山際くんは知ってるんですか、私の過去のことも全て。
道上:はい。中学時代からずっとあなたの事を。
志熊:そうですか。
道上:あなたをゲイバーに連れて行ったのも、あなたが中学時代、影でボー
   イズラブ漫画を読んでいる腐女子だと知っていたからです。
志熊:(思わず笑って)腐女子ってそういう事じゃないんだけどな。
道上:そうですよね。バカなんです、基本アイツ。
志熊:そんなに私なんかのこと。
道上:本当に好きだった。慎吾が突然バーに行かなくなったのもあなたと大
   門さんの会話を聞いたからです。
志熊:そっか、大門と山際くん、同じ会社ですもんね。
上郡:え? それは、
道上:(上郡を制して)はい。

     山際、現れるが大門によって声をかき消される。

山際:志熊さ、
大門:最近、その彼とはどうなの?
志熊:彼って?
大門:会ってるんでしょ? ウチの会社のヤツと。
志熊:何で知ってるの?
大門:いや、風の噂で聞いたから。
志熊:まぁ、うん。
大門:いい感じ? 付き合ったんでしょ。
志熊:………まぁ。
大門:幸せそうで何より。
志熊:今、私幸せに見える。
大門:……何で?
志熊:いや、聞いてみただけ。
大門:見えるよ。恋して幸せじゃない人間なんていないでしょ。
志熊:……恋してればね。
大門:え?
志熊:気づいてるんでしょ、私の気持ち。
大門:……何の話?
志熊:私は光ちゃんのことが、
大門:あー、ダメダメ。それ以上は言っちゃダメ。
志熊:光ちゃん。
大門:俺は沙知絵とは幸せになれない。少なからず今は。
志熊:何それ。
大門:とりあえずそういう事だから。俺には応援しなきゃいけないヤツがい
   るからさ。今は。
志熊:………どういう事。
大門:そういう事。とりあえず、そういう事だから。
志熊:………。

道上:慎吾はあなたの幸せのために身を引きました。
志熊:………。
道上:あ、今の言い方は恩着せがましいですね。すいません。
志熊:いやでも、そういう事なんですよね。
道上:……はい。
志熊:山際くんは優しい人でした。私の話したい事にちゃんと耳を傾けてく
   れる、私が欲しい言葉をかけてくれる、本当に……優しい人でした。
   最後の最後まで優しいんだな、山際くん。
道上:……そうですね。
志熊:彼の優しさを蔑ろにしちゃいけませんね。ありがとうございます。
上郡:あのそれで。
道上:(志熊に)あ、それじゃ失礼します。本題はここからです。現状、神
   田健太、えっと今は名前を変えているので、妹尾健太という男です
   が、彼が慎吾の飛び降りた映像をどのように見ているかは分かってい
   ません。ここからが最後の仕上げです。

上郡:そこから計画は動くことはなく数ヶ月の時が流れ、私はジュンくんを
   呼び出しました。

上郡:お久しぶりです。
道上:あの、すいません。計画が滞ってて。
上郡:で、あなたは。
伊佐美:あ、お忘れですかね。伊佐美です。
上郡:それは知ってます。何でいるのか、という話です。
伊佐美:え、え?
上郡:私、ジュンくんにしか連絡してないはずですけど。
道上:あ、いや。すいません。
上郡:え、ジュンくんが?
道上:すごい連絡来るから。
伊佐美:私だって、協力したいんですもん。
上郡:どうして。あなたはどうしてそんな。
伊佐美:ボランティアです。
上郡:はい?
伊佐美:寄り添う心です。
上郡:え、え、何の話ですか。
伊佐美:私、私気づいてあげられなかった。山際くんは私のツラい事を感じ
    とって、寄り添ってくれたんです。だけど私は、彼の苦しみに、死
    んでまで晴らそうとした恨みに、気づいてあげられなかった。それ
    がずっと苦しくて、悲しかった。だから協力したいんです。もう山
    際くんいないけど、いなくて心は寄り添える。死は絶望じゃないと
    思うんです。
上郡:え?
伊佐美:前に東日本大震災の被災地に行きました。家族を津波で失ってたっ
    た1人取り残された人、恋人を失った人、山ほど見てきました。そ
    の中でね、ある男性と話す機会があって。その人は結婚を約束した
    恋人を亡くしていました。その人が言ったんです。その亡くなった
    彼女さん、すごい寂しがり屋だからきっと今寂しくて仕方ないと思
    うって。だから俺が早くアッチに行ってあげなきゃって。その人、
    笑ってました。ずっと死ぬっていうのは絶望なんだと思ってたんで
    すけど、その人は死の先に希望を見てた。死んだら最愛の人に会え
    るって希望を見てた。ステキだなって思いました。
上郡:それでその人は?
伊佐美:その一週間後かな、避難所の裏で首を吊って亡くなりました。
上郡:………、
伊佐美:死は絶望だという思い込みがきっと死にたい気持ちを悪者にしてる
    んだと思います。でもそうじゃない人だっている。山際くんはきっ
    とそうじゃない側の人。だから、彼の死に寄り添いたい。
道上:伊佐美さん。
伊佐美:お願いします。協力させてください。
道上:お姉さん。
上郡:わかりました。よろしくお願いします。
伊佐美:(ガッツポーズ)
上郡:え?
伊佐美:あ、いえ。ありがとうございます。
上郡:それで、本題に入りますが、私、妹尾健太に接触しました。
道上:え?
上郡:彼の働いている、雑誌の編集部に。
伊佐美:すごいですね、スパイですね。ミッションインポッシ  。
上郡:まだちゃんとは話せてはいませんが、計画を進めるなら今です。
道上:それはどういう。
上郡:我々が何かアクションを起こしたとして、私は彼を監視できる場所に
   います。計画を今こそ、進める時です。
伊佐美:計画って何か、手はあるんですか。
上郡:それは……。
道上:あの葬式の日から、色々考えたんです。それで。
伊佐美:それで?
道上:妹尾健太に自ら、慎吾の飛び降り事件について調べさせるというのは
   いかがでしょう。
伊佐美:ん?
道上:飛び降り事件を調べさせ、芋づる式に過去の放火のことを。
上郡:なるほど。
伊佐美:おやおや、私はついていけてません。
道上:葬式の日に、志熊と大門の名刺をもらってます。彼らを巻き込むのは
   申し訳ないですが、まぁ、協力してもらいましょう。
上郡:そうしましょう。
伊佐美:え、ん?

道上:そして、この日から我々の計画はスタートしました。
上郡:まずは彼が慎吾の飛び降り映像に対してどのようなリアクションをし
   たのか、問題はそこでした。

道上:郵便です。妹尾さん。妹尾健太さん、いらっしゃいますか?
妹尾の声:あ、はい。

     妹尾、道上の元へやってきて。
     上郡、徐に妹尾の座っていた席に腰掛ける。
     机に置いてあるパソコンを開く上郡。

道上:えっとではここにサインをお願いします。
妹尾:え、サインいります?
道上:はい。皆さんにいただいています。
妹尾:郵便なのに?
道上:お願いします。
妹尾:はぁ……(とサインして)。
道上:ありがとうございます。
妹尾:ご苦労様です。

     上郡、辺りを気にしつつキーボードに触れようとして。
     上郡の元へ戻ってくる妹尾。

妹尾:え、ちょっと!

     上郡の元に駆け寄ってくる妹尾。
     慌ててパソコンから離れる上郡。

上郡:すいませんすいません。
妹尾:何してるんですか?
上郡:………ブラインドタッチ。練習しようと思って。

     とまたキーボードに触れようとする上郡。
     妹尾、駆けつけて。

妹尾:触らないでください!
上郡:……すいません。

上郡:失敗しました。でも、まだチャンスはある。

上郡:そういえば、1年前ってアレありましたよね。
妹尾:アレ?
上郡:飛び降り自殺、横浜のあの、おっきいビルで。
妹尾:あぁ、ありましたね。あのSNSでめちゃくちゃ動画が拡散されてた
   ヤツですよね。
上郡:あ、見ました? SNSの動画。
妹尾:もちろん。すごい話題になってたじゃないですか。
上郡:まさかイイネとか押してないですよね。
妹尾:あ、いや、
上郡:え、押したんですか。
妹尾:ちょっと胸が疼いちゃって。もちろん記者としてね。
上郡:………。

伊佐美:イイネ、押したんだ。
上郡:ええ……押してた。
道上:計画はプランBで行きます。
上郡:………。
道上:我々は、妹尾健太を殺す。

伊佐美:そこから計画は着実に進んでいき、志熊、そして大門と妹尾健太は
    取材を続けた。そして次は、

上郡:ちょっとどういう事?
道上:どうしたんですか。
上郡:次の取材は伊佐美さん、あなただって。
伊佐美:あ、はい。
道上:え、何で。何で伊佐美さん。
伊佐美:あ、すいません。私送ったんです。自分の名刺。
道上:何で。
伊佐美:だって、なんか2人はすごい楽しそうで、私すごい仲間はずれにさ
    れてるから。寂しいじゃないですか。
上郡:楽しい訳ないじゃない。
伊佐美:いやなんか、イキイキしてるし。
上郡:してない、イキイキしてない!
道上:行かないでください。
伊佐美:え?
道上:ダメです、あなた絶対余計な事いう。
伊佐美:言いませんよ。
上郡:いや、言うな。絶対言うな。
伊佐美:でももう送っちゃったんですもん。ここに来て名刺の人物と会えな
    いなんて事になったら、ね? 計画がね? 狂いますよ。
上郡:何でそんな勝手な事するの。
伊佐美:だって、なんか2人はすごい楽しそうで、私すごい仲間はずれにさ
    れて……。
道上:いやもう、それ聞きました。
伊佐美:とりあえず、ちゃんと全うしてきますから。
道上:とにかく、余計なことは言わないでください。あなたは放火事件に関
   しては絶対に触れないこと。いいですね。
伊佐美:はーい。

伊佐美:(妹尾をじっと見て)彼のお母様もSNSに殺された。

道上:触れてんじゃん!
伊佐美:すいません、つい。
上郡:ついって、つい触れるかな、そんな事。
伊佐美:勢いで言っちゃったんです。
道上:これだから、あんたには行ってほしくなかったんですよ!
伊佐美:すいません、すいません。
道上:どこまで言ったんですか。
伊佐美:え?
道上:妹尾に、どこまで余計な情報与えたんですか。
伊佐美:えっとぉ、どこまでだったかな。
道上:ちゃんと思い出してください!

伊佐美:あの事故、実は影で犯人だと思わしき人間が警察に事情聴取を受け
    ていたそうですよ。
妹尾:え?
伊佐美:でも責任能力の欠如で直接裁かれる事はなく、表向きは事故として
    処理された。新聞にも乗らなかった事です。

道上:俺のまんま言ってるし。
伊佐美:すいません、楽しくなっちゃって。
上郡:不謹慎!
伊佐美:すいません。
上郡:え、どうする。どうするの? かなり警戒したんじゃないかな。
大門の声:やっぱりあなた達だったんですね。
道上:!

     大門と志熊、現れて。

道上:大門さん。志熊さんまで。
大門:急に山際の事聞かれて、変だと思ったんです。
道上:すいません、巻き込んじゃって。
大門:あ、いや、それは全然いいんですけど。
道上:志熊さんもすいません。
志熊:あ、いや。全然。私も光ちゃ……大門が山際くんと深い関係があった
   事、この間知ったくらいなので。
大門:……僕たちに協力できることはあります?
道上:え?
志熊:なんか困ってる感じですよね?
道上:はい、アイツ(伊佐美)のせいで。
伊佐美:全部あたしのせいですか?
上郡:十中八九そうだね。
伊佐美:すいません。
道上:今後どうしようかと思って……。

     と道上のスマホがなる。

道上:……はい? え、あ、はい。道上です。あー、え、僕ですか。はい分
   かりました。明日ですか、大丈夫ですけど。分かりました。あ、は
   い。失礼します。

     スマホをおく道上。

道上:伊佐美さん。
伊佐美:(テヘッと)
道上:僕の名前だしたんですか。
伊佐美:え、どうだったかな。
上郡:もしかして、
道上:妹尾は次に僕に会いたいって。
伊佐美:すいませんでした!
道上:……どうしよう。どうやったら、
大門:あの妹尾という男は山際にどういう関係が?
上郡:彼が慎吾の家を燃やした真犯人です。
志熊:え……。
大門:そうでしたか……。
道上:………。
大門:あの……俺を悪者にするというのはどうでしょう。
道上:え?
大門:いや安直な発想なんですけど、俺が山際を追いやったという線路を敷
   くんです。そこに乗せて、俺が悪だと信じさせれば、
上郡:全ての矛先が自分だと分かった時に、倍以上の苦しみになる。
大門:そういう事です。
伊佐美:さすが元ヤン、元ヤンの発想ですね。
大門:(カチンときて)関係ないと思いますけど。
志熊:でも、いいの?
大門:だっておいしいじゃん、その役回り。
志熊:あぁ。すいません、この人恐ろしくナルシストなんです。
大門:おい。
伊佐美:あぁ、自分に酔っちゃう系?
大門:(キッと伊佐美を睨みつけ)……いかかでしょう。
道上:本当にいいんですか?
大門:ええ、俺は別に何でも。山際には償い続けなきゃいけない貸しがあり
   ますから。
道上:ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。
志熊:あの、私も何か出来ませんか。
道上:……じゃあ、大門さんとお付き合いをしている事、志熊さんあなたの
   口から妹尾健太に話してくれませんか。
志熊:いいんですか?
道上:もう終わらせようと思います。クライマックスに行きましょう。
志熊:分かりました。これで彼の死は報われるんですよね。
道上:はい。

上郡:そして我々が敷いたレールの上に妹尾健太はまんまと乗った。
道上:妹尾さん。これが全てです。

妹尾:(鼻で笑って)それで?
道上:え?
妹尾:それが何だ。俺が悪い、そう言いたいのは分かった、分かりました。
   でもだから何だっていうんだ。現に俺は法で裁かれてない。それを今
   更、あんたらにどうする事が出来るって。
上郡:どうにも出来ません。
妹尾:だろうな。だろうよ、そうでしょうね。結局所詮自己満足だ。
道上:………動機は何ですか。
妹尾:え?
道上:あなたはなぜ、慎吾の家に火をつけたんですか。
妹尾:あぁ。そのことね。それはそうだな……あぁ、それこそ復讐だよ。
上郡:復讐?
妹尾:うん。あの家のアバズレ、あ、その山際慎吾くんのお母様。あの人腹
   たつんだよ。正義ヅラして、俺が吸ってるとこ、注意してきてさ。
上郡:それは、
妹尾:あぁ、大麻ね。ご存知の通り、俺大麻吸ってたんだけど。それを、説
   教くさく、タラタラ言ってきたんだよ。港南町のところにスーパーあ
   るでしょ、あそこで。
上郡:それで?
妹尾:それでって? え、終わり。
上郡:は?
妹尾:それで腹たって燃やした。
道上:え、それだけ?
妹尾:それだけ?
上郡:それだけの理由で……燃やしたの?
妹尾:それだけって。言うんだよなそうやって、人の傷ついたことを、それ
   だけって。あのオバさんのせいで、俺のプライドズタズタになっちゃ
   ってさ。あんたらはそれだけって言うかもしれないけど、俺にとっち
   ゃあんな屈辱的なことはなかった。
伊佐美:………ひどい。
妹尾:あの日、お祭りだったろ? だからいい見世物になると思って。でも
   さぁ、死ななかったじゃん。何か生き残っちゃってたじゃん。あのオ
   バさん。だから、ネット上にオバさんの悪口いっぱい書いた。警察に
   証言してさ、オバさんがタバコ吸ってたって。
道上:あのスレッドもあなたが。
妹尾:そうだよ。バカだよな、あんなんで信じちゃうんだもん。みんな。
上郡:あなたが全部、
妹尾:あぁ、アレに関しては俺だけを責めるのは見当違いだろ。バカみたい
   に泳がされた人間が日本中にいる。俺を裁くってなら、そいつらも全
   員共犯なんだから、裁かれるべきだ。
道上:………。
妹尾:まぁ、あんな過去のことを今だに熱心に調べた事はすごいと思う。
上郡:過去じゃない。
妹尾:え?
上郡:私にとっては過去じゃない。夜寝る時、朝起きた時、電車に乗ってる
   時、友達と話してて思わず笑っちゃった時、いつでもすぐにあの日、
   病院に行って、大火傷で包帯をグルグルに巻かれたお母さんの姿が浮
   かぶ。あぁあたし笑っちゃてるよ、もうお母さん笑えないのに。慎吾
   も、もう笑えないのに笑っちゃってるって。ずっとあの日から前に進
   めない。それに加えて慎吾まで死んじゃうんだもん。もうどうしたら
   いいか分からない。
妹尾:それはご愁傷様です。何と言われようと俺にとっちゃ過去の話だ。そ
   こに感傷的な思いなんて微塵もない。すいませんね。
上郡:人はどうして死にたくなるんだと思います?
妹尾:あれ、自分の傑作、引き合いに出しちゃいます?
上郡:ええ。人は殺したいから死にたくなるんです。私今、めちゃくちゃ死
   にたい。こんな人生ならいっそ失くしてしまいたい。でもそれは私が
   あなたを殺した後の話。
妹尾:社会的に殺されるんですか、俺、今から(と笑って)。
上郡:いいえ。社会的じゃない、肉体的に殺します。

     上郡、包丁を取り出して。

妹尾:え、
上郡:罪を償うつもりがないなら、命を持って償わせるまでです。
妹尾:(大笑いして)やれるもんならやってみろ。
上郡:やりますよ。
妹尾:やれよ、早く。………人を殺すのは簡単じゃない。
上郡:………。
妹尾:(ニヤッとして)。

     山際、現れる。

妹尾:山際。
上郡:……あなたが過去に囚われてないなんて真っ赤な嘘。あなたが一番あ
   の日に囚われてる。山際慎吾に囚われてる。

    上郡、包丁を妹尾に突き刺す。

妹尾:うっ………。
上郡:慎吾、お姉ちゃんやったよ。お姉ちゃん、神田健太を殺すから。

     もう一度包丁を神田に突き刺す上郡。
     さらにもう一度、もう一度。
     床に膝から崩れ落ちる妹尾。
     上郡の手に優しく触れる山際。

山際:姉ちゃん。ありがとう。もう十分。もういいよ。
上郡:慎吾、お姉ちゃん……お姉ちゃん……。
山際:ありがとう。ありがとう。

     崩れ落ちる上郡。

山際:おしまい。これでおしまい。もう、おしまい。

     上郡をじっと見つめる道上たち。

上郡:………あぁ………死にたい。

     包丁を自分の首に当て、勢いよく包丁を首元に振り下ろす上郡。


〈完〉

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