変えたい常識シリーズ「痛いほど効く、辛いほど効くってホント?」
【良薬口に苦し】
苦いと刺激が大きいということですから。体に効きそうということですね。熊の胆や薬草はどうも苦いですよね。
忠告も耳が痛いけど自分のためになるという論語からの諺ですが、人は刺激が価値があると思うことですね。
僕はPTとして治療家でもありますが、若い頃は力尽くでマッサージやストレッチをやっていた頃もあります。
自分が腱鞘炎になってこのまま仕事ができないんじゃないかと思ったこともあります。
そして徐々に気づくことになります。
強い刺激は体にとっては侵害刺激になって体は防御反応を起こし、体の変化は起きにくいということを。
【辛いものを耐えるのが美徳】
スポーツの世界でも、修行の世界は辛いものを耐えるというのが必須であり、その忍耐が美徳とされているのが普通です。
確かに、人は基本的に怠惰ですから、努力していること、忍耐を持っている人は賞賛に値します。
しかし、忍耐は長くは続きません。心身共に耐える限界があるからです。ゴータマシッダールタはそれを実験的に証明しています。
最終的には「快適」な状態で悟りに行くわけですが、結局人は生物的に生命の限界では冷静ではいられないのです。
治療家としても、ヨガの実践者としても、武道家としても最終的には「優しさ」や「快適」というところに繋がると思っています。
もちろん、怠惰や快楽ではりません。「楽」という言葉は下手をすると、そっちに行ってしまいます。ですから、努力がいらないわけではありません。しかし、方向性は「優しさ」でなくてはいけないということです。
【弛緩や快適は感じづらい】
なぜ刺激的なものに価値を人は感じるのでしょうか?
それは「感じるものは刺激」だからです。
逆説的な視点ですね。そしてそのまた逆を考えると、「弛緩や快適は感じない」ということです。
感じないものに価値を作ることは難しいのです。
その感じないものに価値を置くためには、感覚を鋭くさせ、刺激的なものは本来は必要のないものだということを理解するまでの修行が必要です。
一般の方はもちろん消費社会の情報に流されていますからそういう本質に気づくのは難しいですね。
社会は、また多数派を相手にしますから、刺激を沢山与える程に喜ぶ民衆の需要に応えることになります。悪循環ですね。メディアもどうでもいい芸能人のスキャンダルを取り上げるのも一般のニードに対応するためです。
感覚の鋭い人や、自然的な感覚の持ち主は修行などしなくても分かってると思います、、、。だって、現代的な生活をしていない人にとって、お金やハリウッド映画は必要ないですよね。
【京風出汁の美味しさ】
塩っぱい味の濃い出汁よりも、京風の旨味のある薄い出汁を美味しいと思うには味覚を洗練させないとですね。
物事のクオリティを上げるためには、しっかりと味わう必要があります。強い刺激に慣れている人は中々その刺激から離れられません。
ある意味刺激には依存性があります。
薄味に依存性はありません。
ある意味で人は依存したがっていると言ってもいいかもですね。依存したい。だからその需要に依存性物質で答える。これが消費社会でしょう。
でも本当にそれが必要なのかどうかは?ですよね。本当に必要なのは、当たり前と思っている普通のものかもしれません。
家族、友人、仕事、空気、食べ物、水、諸々の「当たり前」を「有り難い」に変えるとそこに、本当の価値があるような気がします。
まどろっこしい話をしましたが、治療家としても、ヨガを伝える者としても、予防医学を啓蒙する者としても、いろんな立場で共通している事が「優しな」なんだなぁと思ったのでシェアしたくなりました。
ひとつ宣伝も。
僕の友人で中国医師の黄さんという方がいます。彼に出会って、まさに治療家として必要なのは「優しさ」であると再確認させてくれた人です。
彼がまとめた優しさの筋弛緩法があります。マッスルリセッティング法といいます。
治療主義だけでなく、セルフケア法もあります。よかったらHPをのぞいてみて下さい。講習会もオンラインで始めます。僕もイントラとして講座を担当します。とっても優しい方法で体が緩んでいくんです。
刺激が強いからいいということではない。そこは分かって欲しいなぁ、、、。もちろんこれも自戒の念を込めてですけどね、、、。