Tome Biosciences の大型資金調達からわずか9ヶ月でのリストラに見る米国ライフサイエンススタートアップエコシステム事情
【以下、Facebookに投稿したものを転載】
2024年8月終盤の時事ネタです。
Tome Biosciences といえば昨年12月にいきなりステルスモードを脱して錚々たる投資家陣からの$213M の資金調達を発表して業界を騒然とさせた遺伝子編集のスタートアップ。
そんな華々しいスタートを切った同社、その後9ヶ月でこの記事にあるようにリストラだの身売りを模索しているだの、そして別ソースではCEOも退任するとかいう記事が出る事態に。
錚々たる投資家陣:アンドリーセン・ホロヴィッツ(のバイオヘルスファンド)、アーチ、グーグルベンチャーズ、アレクサンドリアキャピタル(ボストンのバイオテク向け不動産デベロッパー最大手)、そして富士フィルム、等。
SECのEDGARデータベース見てもこの資金調達に関する届け出(いわゆる私募調達のフォームD)が全く出てこないので、Rule 144Aという大手機関投資家向け私募調達を使ったか別名義を使うなどの黒魔術を使ったのでしょう。
そこまでしてステルスモードを貫いたのはポテンシャルの高い技術だけど成熟度が低くて開発の時間稼ぎをしたか、知財が自社単独特許だけでは商売ができない穴があってそれを埋めるために水面下でライセンス交渉したり複雑怪奇な特許戦略を展開したり、などの「大人の事情」があったのでしょう。
ちなみに比較的アーリーステージのスタートアップが知財や競合企業の買収のために大型資金調達する、というのはよくある話です。単独の会社の知財だけで製品作ることがどんどん難しくなっているライフサイエンス業界ではよくある話です。
上の調達直後にも$65M でReplace Therapeutics という会社を買収したりしているので、上の投資家陣が資金注ぎ込んでひたすらディリスク(リスク最小化)しながら育てた会社だったと推察します。
アメリカの有力VCはもはやそういう「巨額の資金を何回のラウンドに渡って注ぎ込んでその都度ディリスキングを図り、大企業の食指が動くよう相当リスクを潰した手堅い事業物件に仕立て上げ、巨額のエグジットを目指すゲーム」をしないと巨大ファンドを集めて運用することはできなくなっているようです。
一社あたりトータル$20Mなどの比較的少額を数多くのスタートアップにばら撒いて$100M でエグジットする、というモデルで$1B のファンドでリターン出すどころか元本返すのは一般的なスタートアップの成功確率考えても、また一社あたりにかかる手間を考えても無理がある、と言ったとことでしょうか。
日本のライフサイエンススタートアップの場合、上記金額からゼロが一つ取れた規模のゲームなので「日本でシリーズAやったけど追加投資の金額が追いつかず、シリーズB以降の調達はアメリカのVCから」という目論見はよっぽど皆が欲しがる技術や製品でも無い限り上のようなゲームにはフィットしません。少なくとも冒頭に出てくるようなファンドからの投資は極めて難しいでしょう。マイナーリーグのファンドか「日本マネー入り」のファンドならまだしも。
とはいえ、いくらそういう「巨額の倍々プッシュ」みたいなゲームやっている「メジャーブランド」投資家でも今回のTome のような状況に至ることもあるわけで世の中わからんもんです。まあ投資家陣の剛腕で何がしか回収はするのでしょうけど。
Tome のCEO、2021年に$2Bでメルクに会社売ってエグジットした実績のあるこれまた「メジャーリーガー」ですが、別のニュースソースによると、どうも今回のリストラで退任するとか。これまた世の中わからんもんですが、こういう人はもう働かなくても良いだろうし、大成功も大失敗も経験しているからこそ引くて数多、なのです。
でも「わからない」からこそ面白いし当たった時の高揚感が凄いわけですし、そこで巨額の資金が回るから一個一個の会社の成否を超えた総体としての「エコシステム(とやら)」は繁栄するのです。
健全な「エコシステム」は投資家と創業者が大成功する一攫千金ゲームのみならず、一従業員やプロの経営者としてスタートアップを何社も渡り歩きながら、時には大企業と行ったり来たりしながら、を含めたキャリアアップしてここの会社の成否の如何を問わず「次の選択肢」が増やせる、そんな環境なのです。「就社・就職」ならぬ「就エコシステム」とでも申しましょうか。
そういう環境が成立してやっと「新卒(中退も)でスタートアップ」がキャリアの選択肢になるのです。スタートアップは「大義(社会課題)に殉じる」、「撃ちてし止まん」でも特攻隊でも無いんです。ましてや「心中する」対象でもありません。「石の上にも三年」ぐらいはやったほうが良いですけど(笑)