見出し画像

「経営って何?」~姪からの問いに答えて

東京在住で都内の私立女子高校三年生の姪から先日こんな問いをLINEで受けました。

(ある大学の)経営学部に「なぜ経営学を学びたいのか」と志望動機を書いて提出するのだけど、伯父ちゃんはどうしてMBAを取ろうと思ったの?またどうして経営コンサルタントになろうと思ったの?コンサルタントとして得るものややりがいって何?経営コンサルタントとして働けて楽しい」と思う瞬間はある?楽しくなくてもやりがいを感じたときを教えて欲しい!

(以上も含め、本文中の姪とのやりとりは基本原文のままですが個人名・団体名など特定しないよう若干編集しております)

この姪、が生まれた時には自分はもうアメリカで働いておりだいぶ「日本離れ」も進んでいたので(その経緯は「私の非・履歴書」前・後編で書いております)今まで良くて年に一回顔を見るかどうか、状態でした。

そんな不義理状態なので妹夫婦の記憶では自分の現職が「経営コンサルタント」のままなのは仕方ないな、と苦笑しつつ、こんな質問をされると「もうそんな年齢になったのか」と「伯父さんゴコロ」が湧いてくるものです。

いつもの自分なら滔々と長口舌を振るうところですが、今回はちょっと思うところあって自制し、以下のような返事を打ちました。

とりあえず一つお尋ねします。今の時点で、大学、そして経営学部は何を勉強するところだと思ってますか?何か調べたりせずに書いてみてください。

これに対する姪からの返事。

大学は、各分野の専門的な知識を得てそれを自分で繋げていく所。
経営学部は過去の経営で上手くいった事例から成功要素を取り出して、今の世の中に転用、応用方法を学ぶ、学びたいと思ってる!

これはちょっと紋切り型だな、と思い少し突っ込んでみました。

じゃあ「世の中」で何かその「成功要素」を応用して取り組みたい問題とか課題はある?

これに対しては以下が返ってきました。

今身近で働いている人、特にお父さんを見ていると、働き過ぎだと思うし、学校の先生も大変過ぎると思う。働く時間が長すぎることが問題だと思う。たとえ自分が好きなことを仕事にしていても労働は労働だから持続性のある働き方を考えたいな。パソコンが持ち運べるようになって昔よりも仕事のことを考えることが多くなってることも、もし自分がやりたくない職に着いたら、と思うと心配になるな。

とここまでやりとりしたところで、これまでこういう話をあまりしてこなかった相手と対話するのは面白く「働きすぎ」やリモートワークと言った今日的かつ大きな問題ではあってもこの機会に姪の直面する課題には役立たないなと思い直しました。

そこでギアを切替え、ちょっと長いかな?と思いつつ書いたのが以下の連続LINE投稿です。多少編集しているのでここからは引用形式は取りません。

以下姪への長いメッセージ。

正直に言えば、僕は経営学を学びに、というよりは日本の銀行員で終わりたく無い、また子供の時住んでいたアメリカにまた戻ってみたい、という動機でがまずあって、その手段としてMBA留学を選びました。

留学先にスタンフォードを選んだのも、当時銀行でシステム関連の仕事をやっていてITのビジネスへの応用に興味が湧いたので「シリコンバレーの大学」である同大学でその分野の勉強ができるかな、と思ったからです。

ところが入学してみて自分が大きく勘違いしていたことがわかりました。「テクノロジーのビジネスでの活用」は仕事の現場で身に付けるものであって、MBAプログラムはむしろ会社などの組織のリーダーとして必要な知識(姪の言うところの「成功の理由」)そしてそれらの知識を組み合わせてより大切な「自分が責任を持って任された会社をどう経営するか」という判断に必要な総合的な考え方を学ぶ場でした。

さらに、MBAは「教わるところ」ではなく、自分の考えを一緒に働く人、お金を出してくれる投資家の人にどう伝えれば説得できるか、動いてもらえるか、というスキルを世界中から集まった優秀な同級生とお互いの経験をシェアしながら身に付ける「お互いから学ぶところ」だとわかりました。

そんなところなので科目にもよりますが、教授も「教えを授けてくれる先生」というよりは「生徒の知識や考えを最大限引き出しつつ、クラス内での議論を活発なものとし、学んで欲しいテーマへと誘導する役」でした。先生というよりは司会者(モデレーター)、だったかもしれません。

それを理解したところで僕がスタンフォードで出会ったのはテクノロジーを使って世の中の問題を解決するような製品を作り、会社を立ち上げる「起業家」という人たちです。授業の教材としても取り上げられましたが、同級生に実際起業した人がいたし、授業のゲスト講師としてその日に取り上げる会社を始めた人が登場したりしました。

同時に、そういう「起業家」の才能そして事業に大きな可能性を見出し、リスクをとってお金を投資しつつ様々な形で会社の成長をサポートする「ベンチャー投資家(ベンチャーキャピタリスト)」とも触れ合いました。

シリコンバレーをシリコンバレーたらしめている人たちです。(注:これは我ながらいささか単純化が過ぎるな、と理解しております)

そんな環境で勉強する中で卒業する頃には自分もそんな「起業の世界」に入り込んでみたいと思うようになり、日本に戻るのも銀行業界に戻るのも止めて、サンフランシスコベイエリアに残りました。

じゃあなぜ即「起業」の世界に入らず、一旦経営コンサルタントになったのかって?(注:妹夫婦そして自分の親にはこの辺の経緯説明不足でした)

それは英語はできたかもしれないけどアメリカで働いた経験もない自分がいきなり「テクノロジーの世界」で「起業家」になれるわけもないと思ったので、まずアメリカでの経営経験を積むための「足掛かり」として戦略経営コンサルタントになったのです。(注:これは20年以上前の話です。またビザの都合もありました。)

その時のお仕事はアメリカやヨーロッパの大きな会社の経営問題を一緒になって考え戦略を立てる、というものでした。そこで一番面白かったのはお客さんである会社の社員と一緒になって問題を掘り下げ、その人たちが自分たちのものとして実行したくなるような方策や計画を立て、その判断材料となるようなデータを集め、分析手法を開発する、という部分でした。

言い換えれば「外から・上から目線で正解を教える」よりは「現場の人にと一緒になって一緒に答えの出し方を考える」のが面白かったのです。そして一番やりがいを感じたのはそこで一緒に働いたお客さん自身が自分と働いた後に以前とは違った考え方や行動をするようになった時です。

いわゆる経営コンサルタントとしては「邪道」というか「お客には感謝されても(コンサルティング会社内では)出世できない」タイプの仕事ぶりだったかもしれません。

同時に数字や文章、図表やイメージを使って「人に理解してもらい、協力してもらい、納得して動いてもらう」ためのコミュニケーション能力も磨けたし、またテクノロジー以外にも製薬、自動車、金融サービス、エンタテインメント、消費財などの様々な業界の仕組みを理解できたので6年間のコンサルタント生活は回り道としては良いものだったと思います。

そしてその後、いろんな偶然もありましたが、MBAの時に憧れていた「起業」の世界に移ることができました。

そこではエンジニアでも科学者でもない僕ですが「自分のアイディアで会社を始める」こと、そして「モノづくり」はできないけど「会社作り」はできるな、という自覚があったので、上に書いたような能力・知識を活用して「起業家と働ける経営者」として成果をあげることができました。

「自覚」とは書きましたが、そんなビジョンや自己理解が最初っからあったわけではなく、試行錯誤や失敗を繰り返しながら理解したことです。

スタートアップ(=日本でいうところのベンチャー企業)を2社「経営者」そしてこれは僕のこだわりですが「日本と無関係な世界」で体験した結果、最近ではその経験から学んだことを生かしてこれから会社を起こそうとしている人、起こしたばかりで「会社作り」に困っている人、あとは大きな会社でシリコンバレーのベンチャー企業と何か一緒にやってみたい、というところの相談に乗っている状態です。これまた「日本専門」ではなく「普通の」アメリカ人やインド、南米、ヨーロッパの人も相手にやっています。

これも「経営コンサルティング」と言っても良いのですが、自分としては「起業家と二人三脚でやっている」意識なので「メンター」「アドバイザー」「コーチ」、感覚的には「師匠」みたいな関わり方のつもりでいます。

ではここで話を戻しますが、自分にとって「経営学」とは「学問」として知識や情報を「勉強した」というよりは、会社経営を「お金と組織を預かって、お客さん・株主・従業員というステークホルダーがそれぞれ求めるものを満たしながら、何がしか世の中を良いものにする行為」を行っていくための視点・考え方・能力を実例に基づき、仲間と共に身に付けるものだと思っています。

さらに言えば僕は「会社」というのは優れた経営者にかかれば「お金を出してくれた人にはそのお金を増やし、働いてくれた人にとっては生活の手段と成長する機会、そして製品を買ってくれる人の役に立つ」条件を同時に満たしつつ、次々に新たな製品を産み出し、優れた人を育てつつ、周囲から尊敬されながら世界を少しでも良くする「美しいマシーン(beautiful machine)」になり得ると思っています。

(注:このパラグラフ、筆者の普段の論調と解離してないか?とのツッコミもあろうかと思いますがこの時はこの文章がほとんど考えることなくスラスラと出てきたので、これはこれで自分の「本音」だと思ってます。)

(注:全ての構成要素が見事に噛み合う「美しい精密機械」ないし良い人モノカネを取り込んで自己再生・成長し続ける「美しい半永久機関」の方がより適切かな、とも思いますがどちらもきちんと記述すると長く・クドくなるので「マシーン」ぐらいで。)

そんな「美しいマシーン」を死ぬまでに一つは作ってみたいなと思い、一緒に作れそうな優秀かつ人間として魅力的な仲間が世界中から集まってくるシリコンバレーにずっといる、というわけです。(注:シリコンバレーがそのためのone and only placeかどうか、の議論はまた別の機会に)

以上「こう考えなさい」というつもりで書いているわけではありません。自分自身の現時点の考えで「志望理由」を書けば良いのです。僕の体験は「ちょっと人より変わったことをしてきた伯父さん」のものとして参考にしてください。

一つだけお願いしたいのは志望理由はなんであれ「入るため」のものとしてではなく、当面、例えば大学の最初の2年間ぐらいはきちんと取り組みたい(=コミットできる)ものをベースにしてください。

「パパのような働き方を皆がしないで済むような新しい働き方のできる会社にお勤めしたり、自分で作ってみたいので、そのために必要な知識と、その知識を組み合わせて考える力を身に付けたい」でも良いと思います。

もうちょっとアドバイスするとしたら、大学ではできれば初めの方に「データ分析/統計学」と何がしかのプログラミング言語を学んでおくと将来どの分野に進んでも必ず役に立つ日がきます。

STEM (Science, Technology, Engineering, Mathematics)分野そのものを専攻しなくてもその分野の人がどんな風に考えたりどんなモチベーションで行動するのかを知っておくのは「経営」する上で大事です。「理系(STEM)の人」はお父さんとお姉ちゃんがそうだからサンプルとしては十分かな?

とは書いたものの、大学の最初の1〜2年は「経営学」に縛られず、面白そうだと思った科目を幅広く勉強してそれらがどう相互に関わり合うのかを考える良い機会です。リベラルアーツってやつですね。僕が大学で取って面白かったのは心理学、哲学、論理学、美術、社会思想史あたりでしょうか。

補足:以上はどんなスキルも陳腐化は免れないけど「人間と数字(データ)を理解して他者に働きかける力」は時代や生きる・働く環境、使う道具(=テクノロジー)が変わっても活きるものなので基礎能力として身に付けてくれたら嬉しいです。

とっても長くなりましたがこのような話、お母さん(妹)にも叔父ちゃん(弟)にも、おじいちゃんおばあちゃん(両親)にはまとまってしたことありません。僕が実際何をやってきたか、やっているかもあまりわかってもらっていかもしれません。(注:ごめんなさい)今回聞かれたので長年思ってたことを書き出してみました。

そしてこれに対し、姪からはこんな返事がありました。以下はLINEメッセージをほぼそのまま転載しています。

ありがとう😊
ママとパパから「おじちゃんは経営コンサルタントだよ、そしてMBAもとったんだよ」と聞き、今回連絡をしたの。

やはり伝わってませんでしたね(苦笑)。

経営学という学問に対しぼんやりとしたimageしかなく、その学問を学んだら将来は何を考えてどのような人生を歩むのかな、と疑問しかなかったのだけど今回おじちゃんの言葉により、人との関わりの中で学び人と良いものを造り上げることを学ぶ学問であるのだ(言葉足らずだけど)と思え、何かが見えた気がします。
私が「志望理由書で困ったからヘルプ!」とSOSを出したときに、このような形で私が求めているもの以上のもの、求めていると知らなかった要素を引き出し、教えてくれ道をバァーっと目の前に広げてくれるるおじちゃんのことを「師匠」と呼びたい人が沢山世の中には居るのだろうなと強く思った!

こう書いてもらえれば伯父冥利に尽きるかな、と思ったのは親バカならぬ「伯父バカ」でしょうか?(笑)

以上、大変私的なコンテクストではありますがこれまで書いてきたものとは切り口も違い、また自分自身少し新鮮な感覚で書けたので面白いと思っていただける人もいるのかな、と思い記事にしてみた次第です。

いいなと思ったら応援しよう!