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零細二次字書き=私が思うこと

表現が良くないかもしれない。
「大手」サークルさん、「神字書き」さんと比較しての言葉選びだ。それでも良くないかもしれない。これは私のことだ。

知名度が低い零細字書きの私が、思うことを書く。
今回も他の視点には触れず、それを非難する意図はなく、ただ私が思うことを書く。

マイナー書きであること

私は二つの作品の二次創作をしている。
どちらもBL、いわゆるマイナーCPを書いている。

ジャンルAは、ベテラン作品で一定の人気こそあれこと二次創作においては勢いがあるとは言えない。書いているのはそのマイナーCPだ。お察しである。
ジャンルBは、時の覇権とは言えないが作品そのものも二次創作においても長い間強い人気を博している。しかしマイナーCPだ。
(なお私が「マイナーCP」という時、そこに貶す意図は全くない。自虐によりあわよくば小笑いを取ろうとしている下心は認める)

デリケートな話ではあるが、どうやら二次創作界隈では一部「こんなの誰が読むのw」とか「それはいらないからこっち書いて」というような空気があるところもあるらしい。
ちなみに私の考え方は「マイナーだからって卑屈ではないし好きに書くので馬鹿にするのもやめてね」という感じ。棲み分けで行こう。

希望の光、無人島かと思ったら人がいた時。

作品を公開するにあたりいくつかのSNSを利用している。そのひとつがX(旧Twitter)()だ。
そこで同志を見つけた時の感動がすごい。
お知らせポストにいいねやRT(P)がついたり、フォロワーさんが増えたりしたらその方のプロフィールを見に行く。この行動、ストーカーじみているかもしれないが、わかる方にはわかると思う。

推しCPが違えば「違うのに読んでくれたの?! ありがとうございます!!!!!」だし、推しCPが同じなら、もう祭である。

私にとってマイナーで活動する醍醐味は、求めている人に作品を届けられることだ。私と同じように飢えている人が、私が書いたものによってちょっとだけ満たされるかもしれない。その可能性が創作の強い原動力だ。

しかし、字書きの悲哀と希望

私は“字書き”だ。つまり書いているのは小説。小説は漫画やイラストに比べてお迎えのハードルが高い。

絵描きさんに表紙を描いてもらった小説本が「小説ならいらないです」とポイされたという噂も聞く。悲しい現実である。

私の経験上、現地で拙作を迎えてくださる方は同じCPでも漫画作品と比べると多く見積っても1/5程だ。気を抜くと卑屈になりそうな数。

表紙に関しても、これまで作った本のほぼ全てがセルフデザインのため大してセンスはない。リアルイベントにて通りがけに目を惹かれて、という方はほぼいないし、哀しいかなそれは理解している。

限られた時間、限られた予算、混雑したエリアでの買い物はそれなりに消耗する。その中で欲しい作品プラスαを買おうと思うなら、目に入ってきた作品を選ぶのは自然なことだ。

ただこれまでに1人だけ、ふと足を止め、あらすじを見つめてから「一冊ください」と言ってくれた方がいらっしゃったのだが、何故目に止めて下さったのか、全く謎である。

一方で、人気があるジャンル、大手CPであればその分迎えてもらえるチャンスがある反面、人気CPだからこそたくさんの作品に自分の創作が埋もれてしまって届かないという悩みもあるのではないだろうか。
※超人気ジャンルや大手CPの創作経験はないため全くの想像

しかしこれからも続いていく。

これはジャンルの人気度、大手/零細関係ないところかと思うが、一人ひとりの方のお顔を思い浮かべると、正直実数などどうでも良くなる。自分が好き勝手かいたものを見つけ出して手元に置いて下さるのだから。迎えてもらえる数が少ないからといって卑屈になることはないという点は強調したい。

家にある在庫を眺めて「やっべ」となることはある。

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