愛は戦争を起こすが、戦争を防ぐこともできる!
私にとっての親父は、昭和の頑固親父。仕事、仕事。家庭を見ず仕事仕事。そんなイメージだった。
小さいながらに、家のことを一切やろうとしない親父が嫌いで仕方なかった。
家の全てをお袋をしており、時折きつそうな顔をする時もあった。
外で呑んで帰ってきたり、出張だと行って家を開けたりとザラだった。
今思えば、この仕事があったから自分たちは学校へ行け、ご飯も毎日食べれていた。会社で親父がどれだけ怒鳴られ、罵倒されたかなど知る由もないなかった。
そんな親父が今直面しているのがお袋の介護だ。
病気をわずらい、自分で上手く動けなくなってしまった。半分寝たきりた。
人生大半の家事をお袋に頼ってきたつけが回ってきたのだと自分は思った。
親父はこの年で本当に苦労する。と言っていたが、負けず嫌いなのと、お袋に寄り添えてなかった申し訳なさからとの思いで、毎日、毎日、毎日。仕事以上に懸命にやっていた。
あれだけ、頭を下げなかった人が、お袋のためなら頭を下げ、教えを請うようになったり。自ら進んで家事をしている姿をみると人は変わるものだと驚かされた。
ある日、久しぶりに親父、お袋の様子を見に行ける時ができた。
実家には衰弱してきてはいるが、まだ受け答え出来る母と、母を必死で看病し、痩せ干せた父がいた。
食べれてる?と聞くと、父はあまり食欲がわかないんだと応えてくれる。
母は食べれているようだが、衰弱は明らかにわかる。
こんなとき息子としてなんて声をかけてよいか正解がわからない。
頑張っている2人に頑張れはまずおかしいし、無理するなと言ったところで、性格上出来ることはないかを模索してやるべきことをやる人たちだ。
見ているこちらが痛々しい。
ふと、机の上に沢山のジュースが置いてあった。
これどうしたの?と父に聞いたら、ヘルパーさんや看護に来てくれた人、この前は病院に行ったとき看護士の、方たちに配ったよ。と嬉しいに話していた。
私:ん?どういうこと?何で?
父:気持ちだよ。気持ち。些細なものでも渡しておかないとお母さんにもしものことがあったら真っ先に見てくれないだろ。
正直、それって...。
父には言えなかった。父にはそれしかできなかったのだ。今自分に出来ることは何かを考えた時、病気は治せない、ただ人にお願いは出来ると考えたのだろう。
大切な人を想う気持ち。
守りたいと想う気持ち。行動。
愛によって人は大きく行動が変わる。
それを間近で見た。
それと同時に、あっ世界で起きている戦争の動機は「愛」なのかもしれない。とも思えた。
それぞれがそれぞれの愛があり、守りたいものがある。
正義がある。そのベクトルが違うだけで、お互いを殺し合ってしまう。
お互いの立場に立てば、納得出来るところもあるかもしれない。
自分の意見を貫き通す。これによって人は人を殺し負の連鎖を繰り返しているのだ。
ただ、この愛から始まった戦争を辞めさせるのもやはり愛なのだろう。
相手を受け入れる愛、自己犠牲の愛。
これらも間違いなく世界を変えていく。
来年も素晴らしい1年でありますように。